* 膝と心に絆創膏 *












「大石くん、大丈夫!?」


応援席の最後列にそっと腰掛ける大石くんに声を掛けると、
うな垂れた首を持ち上げてなんとも言えない苦笑いを返してきた。


今日は体育祭。
今、目玉の一つである選抜リレーを終えたところ。
その最中にアクシデントが起きた。

大石くんがバトン受け取った時点ではうちのクラスは1位だった。
でもカーブで勢い余って転倒。
2位、3位…見る見る順位を落とした。
巻き返しを図れないまま、他クラスのアンカーが先にゴールテープを切ることとなった。

大石くんが全力で走ったからこその転倒だってみんなわかってる。
クラスには誰も大石くんを責めるような人はいなかった。
だけど…だからこそなのか、
大石くんは最後までみんなに頭を下げた。

みんな、クラスの代表として頑張ってくれた選手たちを讃えている。
そして気持ちは次の競技に向かっていて、そちらの選手たちに声を投げかけている。
それなのに応援席の一番後ろの列、みんなからは見られない位置で未だ一人申し訳なさそうにしている大石くんを見えていたたまれなくなってしまった。


「ナイスガッツだったね!」

「……ごめんな」

「いや、褒めてるんだけど」


何を言っても、大石くんは苦笑いしか返してこない。
違う。責めたいわけでも同情したいわけでもないのに。

頑張ってる姿、めちゃくちゃカッコ良かった。
そう伝えたいのに、今は何を言っても大石くんの心に届かない気がする。

どうしたらいいかわからずに足もとに目線を落とすと、ふいに赤いものが見えた。


「てか大石くん、血出てるじゃん!」

「え?あ、ほんとだ」


どうやら気付いていなかったらしい。
きっと、人が怪我していたらすぐに気付くのに。
それなのに自分のことには無頓着なのが大石くんらしいというか、なんというか。


「保健室行こう!」

「でも、次の競技が…」


丁度、競技が始まるとアナウンスがあった。
大石くんのこと、大方、自分が負けてしまった分みんなの分を応援しないと…
とでも思っているに違いない。

なんでそうなんだろう、大石くんは。


「みんなは大丈夫だから!ほら、行くよ!」


腰に手を回して腕を肩に担いで立ち上がると
大石くんは驚いて腕を振りほどこうとした。


「そんな大袈裟にしなくても自分で歩けるよ」

「いいの!」


何がいいのかわからない。
でも、嫌だった。
大石くんばっかりがいつも、人に頼られて、
大石くんは、自分のことは自分に抱えて。
そんなの嫌だ。


「弱ってるときくらい、頼ってよ…」


でもそれは、頼ってもらえないくらい私が頼りない存在なのかもしれない。
大石くんはいつもしっかりしていて、だからみんなに頼られて、
自立しているから、周りに頼る必要はなくて…。
そう思ったらそれ以上は何も言えなくなって、
腰と腕を掴んだ手をそっと下ろした。

でも本当にそうなの?
大石くんには辛くなるときはないの?
周りを頼りたいと思うときはないの?
私には何かできることはないの?

遠くでピストルの音がする。
ああ次の競技が始まったのだと認識したときに、
ふいに肩に重みが加わった。

大石くんの手。


「じゃあ、お言葉に甘えて肩だけ借りるよ」

「…うん!」


盛り上がるグラウンドの端を抜けて、私たちは保健室に向かった。
一歩おきに肩に力が加わるのを感じて、
本当は結構痛いんじゃないかな、って気付いた。


「…大丈夫?」

「大丈夫だよ。ありがとうな」


そう言われるだけで嬉しくなってしまって、私も単純だ。
頼られてるというより、頼ってもらってる、みたいな。
これだから私は大石くんには敵わないなと思った。




保健室に入ると、薄暗かった。
先生居ないじゃん。


「先生いないね」

「そうだな…」


私の肩から手を離してひょこんと大石くんは椅子に腰掛けた。
ふむ…。


「あ、先生テントじゃん?」

「そうかテントで応急処置できたのか」


窓の外を見ると、昼間の太陽の眩しさに目が眩んだ。
日陰になっているテントの下に、保健の先生の姿と救急箱が見える。


「どうするテント行く?」

「大丈夫。大体わかってるから」


そう言うと大石くんは立ち上がり棚から何やら取り出してきた。
脱脂綿、ガーゼ、消毒液。
さすが保健委員長。


「私にやらせて」

「自分で出来るよ」

「いーの!たまには頼ってって言ったでしょ」


そう言って私は大石くんから道具を奪った。
大石くんは困った風な笑顔を見せたけど、
さっきまでの苦笑いとは違った。それはわかった。

脱脂綿に消毒液を浸した。
いざ傷口に当てようと見てみたら、
よく見たら思ってた以上にすり剥いてるじゃん…。

そっと触れさせると、大石くんの足がぴくんと震えた。


「ごめん、痛かった?」

「あ、いや…。看病される側ってこんな気持ちなんだな」

「あはは、する方が慣れてる側らしい発言だね」


これだけすり剥いて血も出てたら痛いだろうに、
結局大石くんは一度も痛いとは言わなかった。
消毒液を塗って最後に大きめの絆創膏を貼った私に
「ありがとう」と言ったそれだけだった。


感謝されるって気持ちのいいものだ。
大石くんはきっと、人に頼られる機会が多くて、
だから人に感謝されることが多くて、
結果もっと人に頼ってほしいって思ったりもするんじゃないかな。
だけど、自分ももっと周りを頼ってほしいと思ってる私がいるんだけど…。


窓の外を見た。
何やら競技が一つ終わった模様。

うちのクラスは……お、勝ってるじゃん!


「勝ったみたいだよ」

「さすがだな」


表情とか、雰囲気とか、漏れ聞こえてくる音から盛り上がりは感じるのに
壁一枚隔てているだけでウソみたいにここは静かだ。


「…大石くん」

「ん?」

「同情とかお世辞とかじゃないから。
 さっきのリレー、本当にカッコ良かったよ」


ほんのわずか、気のせいかもしれない程度に頬を染めて、
大石くんは照れくさそうに鼻をこすった。


「そのままゴール出来てたらもっとカッコ良かったんだろうけどな」

「でも、そしたらこんな話してなかったかも」

「それもそうだな」


ははは、と大石くんは笑った。
いつもの笑顔だ、と思った。


「それじゃあ、戻ろうか」

「うん」


立ち上がると、一歩進んで、振り返って、大石くんは力強く言い放った。


「勝とうな」

「うん!」



席に戻ると丁度、先ほどの競技に勝利した勇者たちがクラスの輪に迎え入れられているところだった。
大石くんがこんならしくない膝小僧に絆創膏を貼っていること、
誰か気付くかな、
でも誰にも気付いてほしくないような、
そんな気もしながら私たちもその輪に加わった。
























テニミュ秋の大運動会2019お疲れさまでした!
めちゃくちゃ楽しかった〜!
大石は紅組にもかかわらず白組に居たお陰で
大石の転倒を目の前で拝めましたありがとうございました(笑)
でも全力尽くしてるからこそなのわかったし、
江副くん格好良かったよ〜お疲れさまでした!

大石に看病されたい人生だったけど、
大石を看病するのも悪くない、と気づいた一日でした(笑)


2019/10/08