* 新しい私を見て! *












それは日曜日の夕方の話。


「いかがでしょうか。だいぶさっぱりしたと思います」

「イメージ通りです。ありがとうございます!」


開かれた鏡越しに自分の後ろ姿を確認して、大満足にそう答える。
今日は、1年以上伸ばしていた髪をばっさり切った。

別に特別な理由があったわけでもなく、
暑いし、短い方がシャンプー楽だし。
なんとなーく伸ばしてたから思いつきで切った。


「お疲れさまでした」

「どうもありがとうございました!」


椅子を回してもらって、立ち上がる。
髪に触れると、軽い毛先に胸が躍った。


「このあと、誰かに会ったりするんですか?」

「いや、おうちに帰る予定です。」

「そうですか、それは少し残念ですね。
 やっぱり切りたてが一番整ってますから」


そっか、そういうものか。
なんも考えてなかった。
普通は、誰かと会う予定がある日に髪切ったりするものなのかな。


「見せたい人とかいないんですか?」


聞かれてまた、考える。
見せたい人……。
好きな人は、居るけど。
見せたいとかそこまで考えてなかった。


「あー、家族に見てもらいます」

「そうですか」


美容師さんにクスッと笑われながらレジに進んだ。
お母さんにもらってきた五千円札を出してお会計した。


「ありがとうございました!」

「ありがとうございましたーまたお越しください」


カランカランとベルが鳴るドアをくぐって、美容室を後にする。
涼しい店内から、一気にもわっとした空間。
暑いなー。
こういう日はさっさと家に帰ってクーラーのついた部屋でゆっくりするに限る。よね?


見せたい人に、会いに行くとか、偶然すれ違うとか。
……それはないな。

私の好きな人は、今日は部活の大会で一日中どっかに行ってるから。
っていうか、付き合ってるでもなんでもなくて、
私が勝手に片想いしてるだけなのに
髪切ったからって見せにいくの変すぎでしょ!


「ただいまー」

「お帰りなさい。あら、だいぶすっきりしたわね」

「首めっちゃ涼しい」

「可愛いじゃない、似合ってるわよ」


言われながらリビングに向かう。
あーーー涼しい。天国!


「もうすぐご飯できるから、手洗っておいで。からあげだよ」

「やった!からあげ!!」


髪型いい感じだし、晩ご飯は好物だし、今日は良い日だ。


そのあと晩ご飯食べながら、
お父さんは「今はそういう髪型が流行りなのか」とか謎な感想言ってたけど、
兄ちゃんは「悪くないんじゃん」って言ってたし、
お母さんはまた「すごく良いわよ〜」と言ってくれた。

お風呂入って、シャンプーめっちゃ楽〜ってテンション上がって、
ドライヤーで更にテンションぶち上がって、
さてそろそろ寝ようと布団に入って目を閉じる。

20cmくらい切り落としてかなりイメチェンしたから、
きっとクラスメイトにはすごくびっくりされるよね。
みんなの反応楽しみだなー。

………大石はどんな反応するかな。
大石って、私の好きな人。


自分が意味不明な髪型してるしあんま髪とか興味ない説?
いや、あれは意味不明と見せかけて
実はめっちゃこだわり抜いた髪型って話も聞いたことある。

まあ実際は、大石だし、
「似合ってるよ」って褒めてくれるんだろな。
いつもみたいな爽やかな笑顔で。

………。

切ったときはそんなこと考えてなかったけど、
なんか急に、この姿を見て欲しくなった。



私は布団を飛び出してリビングのお母さんに突進する。


「お母さん!明日いつもより早く起こして!」





  **





眠い。

むにゃむにゃと大きなあくびをしながら家を出た。


今日はいつもより30分以上早く家を出た。
私のリサーチによると、大石の登校時間は今頃だ。
教室に着いて色んな人が居たら、それどころじゃなくなる。


寝癖は水で濡らしてドライヤー掛けた。
珍しいことするからお母さんがビビってた。
「髪短くしたら寝癖が目立つから」って言い訳した。
言い訳ってか本当ではあるんだけど、
今までだったらドライヤー掛けるとかしてたかな、私。


でも、今日くらいは。

新しくなった私の姿、一番良い状態で、まず君に見てもらいたいと思って。


たぶん後ろには居ない気がするし、
見当たらなかったらあとでペース落とせばいい…
そう思いながらせかせかと早歩きで通学路を進んでいると…

居た!
前方に、見慣れた後ろ姿を発見!


鏡…なんてそんな素敵なもの持ってない。
ケータイの画面に反射させて必死に前髪を整える。

よし、行くぞ。



「大石、おはよ」


もっと大きな声を出したつもりだったけど、
喉がすぼまってるみたいで思ったより自分の声が小さかった。

だけど大石はちゃんと立ち止まってくれて、こっちを振り返った。

そして固まる。


「……あ、か!おはよう、誰かわからなかったよ」


へへっと笑いながら、横に並ぶ。
そして一緒に歩き出す。


「髪、だいぶ切ったんだな」

「うん。20cmくらい切った」

「それはすごいな」


よく考えたら大石と二人きりで喋るって普段あんまりない。
なんか恥ずかしくって、やたら前髪触ったり、
後れ毛を耳に掛けたりを繰り返してしまう。

私は、大石には、どういう風に見えてるのかな。


「思い切ってイメチェンしたんだけど、どうかな?」


ちなみに、近くに立って見上げると、
離れて見ているとき以上に身長差が感じられるし、
やっぱり顔整ってるって思うし、
つまり、カッコイイ。
困る。好き。


予想通りだと、「似合ってるよ」とか言いながら
爽やかな笑顔を向けてくれる。
そう思ってたのに。


「え、っと…」


戸惑った風に視線が泳ぐ。


あれ。
思ってたのと違う。

目が合わなくて、
寧ろ顔はそっぽ向いてて、
かろうじて見えてる耳が、赤くて。



「すごく…可愛いよ」



え。

ええええええ〜!?



「ごめん、あんま聞こえなかった!もっかい!」

「え!?いや、すごく似合ってるよって」

「あれー!?!?」



聞き間違いじゃないよね?
本当にホントに!?


顔が熱くなった気がして、
耳に掛けた髪たちを頬の方に引っ張った。


髪型が変わってどうなる?

髪洗うの楽になる?
イメチェンになる?
人を驚かせられる?

それだけじゃなかった。


新しい髪型は、私にちょっとの勇気をくれて、
君に見てほしい、なんていう恋心を育ててくれた、そんな気がした。
























外見に無頓着めのわんぱく中学生が
好きな人に少しでも良く見られたいと思うようになるお話。
こっちが背が高くてカッコいいなと思いながら見上げてる間、
向こうは新しい髪型もいいなと思いながら上目遣いに当てられてるというw
うーーーん早起きして大石に声掛けて一緒に登校したい人生だった!


2019/08/19