『1999年7の月、空から恐怖の大王が下りてきて、人類が滅亡する』。

そんな予言があったことも忘れるくらい時が流れて、
今日まさに、一つの時代が終わろうとしている。



2019年4月30日。

今日は、平成最終日だ。











  * 振り返れば20年越しの打ち上げ花火 *












仕事もプライベートも、毎日充実しているし、
平成最終日というこんな日を一緒に過ごす仲間はいる。
ただし、令和になるという日付が変わるその瞬間を一緒に迎えるような人は居ない。
飲み会を終えて帰宅して、
日付が変わるまであと10分くらいかぁとテレビをつける。

そこには、渋谷のスクランブル交差点に集まった人々が映っていた。
レポーターが、
「あなたにとって平成はどんな時代でしたか」
「令和はどんな時代にしたいですか」
「平成にやり残したことはないですか」
そんなことをインタビューして盛り上がってくる。

そんな中、一人暮らしをしている家で
テレビの前で体育座りをしている私。


平成のうちにやり損ねたことー…。

結婚かな。笑。


自虐してる場合じゃなくて。
本当に、まさかこんなことになるとか想像もしなかったよね。

なんでこうなっちゃったかなー。
学生時代を振り返っても、決してモテないわけではなかったけど。
ただ、初恋を引きずり続けてたのはあったかもな。なんてね。

告白できなかったことが心残りだったなー…とか。
今更思ってもどうしようもないことだけど。



そんなことを考えているうちに、あと数分で平成が終わる。
令和が始まる。


一人で虚しいけど、歴史的瞬間に何もしないのも勿体ない気がするし。



「(よっしゃ、平成ジャンプってやつやってやりますか〜)」



某人気グループ名になぞらえて、
昭和に生まれて平成の間に結婚出来なかった人たちを揶揄して平成ジャンプというらしい。
…私じゃん。
これはやらないわけにはいかないよ。


『5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・』


テレビのカウントダウンに合わせて、地面を蹴った。




ゼロッ!!






着地すると。




「………は?」




何故か私は街中に居た。


「え…?は?」


驚きすぎて頭が停止。

待て待て落ち着け。

私は35歳。
昭和生まれの独身喪女。
平成が終わって令和を迎えるその瞬間、
自宅で一人渾身のジャンプをかましたところ。

着地に失敗して頭でも打ったか!?


可能性を探りながら辺りを見渡す。
ここはどうやら渋谷のスクランブル交差点。
何故真っ昼間なの。


周りに行き交う人を見渡すと…。



あー、最近また厚底流行ってるよね。
それにしてもみんな履き過ぎでは?


今ヤマンバいた(笑)
まだいるんだ(笑)
絶滅危惧種見ちゃった(笑笑笑)

…多いな?
それ以外にもガングロの人いるし?
やたらキャミソールルックの人多いし…
眉細くないか…?

「だっちゅーの」は古いでしょww
その手に握られるストラップ付きのケータイ電話(いわゆるガラケー)、
iモードとか懐かしすぎて草生えそうw

なんか、時代が、古………


と思ったとき、足元に何かが転がってきた。


…旧500円玉!!!
久しぶりに見た!


さすがにわかる。
何かがおかしい。
漫画の読み過ぎとか思われるかもしれないけど、
これは、時が駆けッ……時、が……。


な、何か日付がわかるものを…!


その場できょろきょろしてるだけなのに息切れしかけてるのを感じながら、
点滅し始めたスクランブル交差点を抜けて
安定の大盛堂書店に駆け込んだ。
(スタバはどこだスタバは!)

週間ジャンプを手に取る。
今週号の新連載は…と。それどころじゃない。
今週、は。今は。


………。

平成11(1999)年〜!?




どうしよう。
どうしたら元の時代に戻れるのだろう。
というか、果たして私は元の時代に戻れるのか?

………。



考えてもわからない。
せっかくだし、思い出の場所を巡ったりなどしてみようか。

そう思って、地元へ足を伸ばしてみた。
(なんとか切符買えた。ありがとう、旧500円!!!)





  **





「懐かしいな〜…」


十数年前には毎日見ていたその景色に目を当て、声が漏れる。

何もかもが懐かしい。
校舎も、あの木も。

ここは我が母校、青春学園の前だ。


見える景色は、全部私の記憶の中のそのまんまだった。
“現代”ではもう変わってしまっているのかもしれないけど。

最近、訪れようなんて気すら沸かなかったからなぁ。
元の時代でも覗きに行ってみようかなぁ、なんて思い立った。
…元の時代に戻れたらね!!!


さすがに中には入れないし、ぐるりと回ったら場所を変えよう。
次は自分の家でも見てみるか、
どうしよう昔の自分と会ったら…時空ねじれちゃう?
あ、それともそれがきっかけになって戻れるとか!?


そう閃いてその場を移動しようとしたとき、
校門を通り抜けてきた人物に思わず声を上げた。


「大石君!?」

「えっ?はい」


あ。

思わず呼んでしまった!


おかしいよね向こうからしたら突然知らないおばさんから声掛けられてる感じだよね!

そんなこと考える余裕もなく、思わず声を出してしまった。

だって、私にとって大石君は
すっと忘れられない初恋の相手だった。

それ以前も気になる人なんかはいたけれど、所詮その程度で、
だけど大石君は、
可能ならば、付き合いたいし、触れてみたい。そう思った。
明確に、これが“恋”なんだと感じた。

その後、他にもなんとなーく付き合った人はいたけど…
憧れの初恋を上回れるような人には出会えなくて…
そうこうしてるうちに年を取って…
タイミング逃して…

つまり、私が喪女こじらせた原因の一部は大石君にある。笑
なんてね冗談。
告白してフラレたならともかく、私はそれすらできなかった。
だから大石君を恨む理由どころか恨める権利すらない。
どうして諦めちゃったんだっけな…。

確か、「ここまでに告白する」って期限を決めてたんだ。
でもそれができなかった。
そのタイミング、いつだったっけな…。


種々考えを巡らせていると、
目の前の大石君は困り顔でこちらを覗き込む。


「あの…どちらさまでしたっけ」


礼儀正しく、申し訳なさそうに、大石君は問いかけてきた。


1999年の7月…中3だよね、
この頃私は大石君と同じクラスだったはず。
だけどさすがにわかんないか。
あの頃とは髪色も髪型も違うしメイクしてるし、
…20年分老けてるし。(辛い)


です、って、言うわけにはいかないよね…。
一瞬考えた末、偽名を名乗ることにした。
ええとどうしようどうしようどうしよう…。


令和。



頭に浮かんだ二文字になぞらえて、
「“レナ”と言います。よろしくお願いします!」と名乗った。

何を宜しくするんだ、というツッコミもなしに、
大石君は「宜しくお願いします」と会釈した。
そういう気配りなとこも、柔らかい所作も、好きだったなぁ。
と思いながら…さて、これから私はどうする。



「あの、私…この学校のOGなんです」

「そうなんですね」

「それで懐かしくなって校舎を見に来たんです」

「そうですか。…で、どうして俺の名前を…?」



ごもっともな質問をされ、固まる。
どうしようえーとえーとえーと…。

………。
面倒くさくなった。

本当のことを言おう。
ドン引かれたらそれまでだ。



「嘘です。本当は、私は過去にアナタに会っています」

「あ、そうなんですね。すみません憶えてなくて…」

「いや大石君は謝ることは何もないよ。
 だってね、知り会ったときは私も中学3年生だったから。
 私は20年後の未来からやってきたんだわ」



…はい?


私だったら、そう言ってしまう。
コイツ、ヤバイんじゃね?的意味を込めて。

しかし大石君は、ん?と笑うだけで、
少し眉間に皺が出来た気もしたけど、笑顔で、
「どういう、ことですか」と冷静に聞いてくる。




「あのね、信じられないかもしれないけど、
 私、20年後の未来からタイムスリップしてきたの」

「………ハイ」



明らかに納得していないのか、
頭の回っていないような声で大石君は答えた。
でも仕方ない。私は本当のことを言っている。
少なくともおかしいことを言っているつもりはない。
(と、世間のおかしく見える人たちの心理も
 もしかしたらこんな感じなのかな…と考えてしまう。)



「えっと…アナタは、20年後から来て、
 中3の頃俺の知り合いだった、レナさんなんですね?」

「そうです」



眉間に指を当てたまま聞いてくる大石君に、
私はなんのためらいもなく答えた。
だって、本当に本当なんだもん。


「…信じてないね?」

「いや、信じてますよ」


大石君はそう答えたけど、どうだか。
そして私はふと閃く。


「ね、大石君、校舎の中少し案内してよ」と言った。


一人だから仕方ないと入るのは諦めていたけれど、
大石君が一緒だったら話は別だ。


大石君は少し悩んだ風だったけど、
「本当に少しだけですよ」と言って、
今し方通り抜けた校門の方向を向き直った。

そして二人、校舎に歩を進める。



「わー、懐かしい!」



げた箱のなんとも言えない匂いに、泣きそうになった。
上履き忘れるとコレを履かされて恥ずかしかったなぁ、
なんていう哀愁の念を抱きながらスリッパでペタペタと歩く。
放課後、部活も終わったような時間、人影はない。


「どこに行きたいんですか」

「当然、3年2組でしょ」


さらりと答えると、大石君はそれ以上の返答に困ったように見えた。

どうして俺のクラスを知ってるんですか、なのか、
アナタも3年2組だったんですか、なのか、
どう声を掛けようか迷っているうちに目的地についてしまった様子。



「っあ〜〜なつかしー!」



たたっと教室に駆け込む。
なんでだろう、ここに辿り着くまでにいくつかの教室を覗いたけど、
やっぱりここがしっくりくる。そんな気がした。

でも…中3の1学期末!?
さすがに自分の席までは憶えてないなぁ。



そう思いながら黒板を見ると、
そこには9月1日と書いてあって。

あれ、今日は7月のはずでは…。



「あれ、9月?」

「あ、明日から夏休みなので。今日は7月19日ですよ」

「あー!」


あー…。


「そっか、まだハッピーマンデー法なくて7月20日が海の日でそこから夏休みなんだ!?」

「え?あ、はい。海の日は7月20日ですよね?」

「いやいや、違うんだよ。残念ながらそうじゃなくなるんだよ。
 っあー、これ以上はネタバレになるから言えない…」


そう言って私は自分で自分の口を塞ぐと、大石君は笑った。
少しずつ、大石君も私を受け入れてきてくれているような気がした。


「本当に、未来から来たんですね」

「だから、そう言ってるじゃん」


得意げに答えると、
「俺、SF小説とかも良く読むので、興味深いです」と言った。
そういえば、大石君たまに教室で小説読んでたっけ。
ジャンルまでは知らなかったけど。
あと確か、宇宙とかにも興味あったよね。

20年経っても思い出せるなんて、
私は本当に大石君のことが好きだったのだなぁと今更実感する。


大石君は、鞄を一つの机の上に置いた。
そこが、自分の席かな?

大石君がその席の時は…あー、私はもっと反対端だった気がするな。


「本当に未来から来たんだったら、もっと色々教えてくださいよ」

「お、言うね?でもこれ以上言っちゃうと
 大石くんが未来を生きる希望失っちゃうかもしれないよ」

「大丈夫ですよ」


私の警告に対し、
大石君は背景に夕日を背負いながら、はっきりとした口調で。



「俺は俺の未来をいきますから」



私の話を作り話だと思って信じていないからか
私と君は違う人生を生きるってことか
時代に流されるだけじゃない、
そのときそのときで考えて自分の信じた道を生きている君らしい。

こういうところだ。
これだから私は大石君を好きになって、
だけどきっと大石君はそうではなくて、
私は大石君に告白できなかった。

泣きそうになった。


「…じゃ、わかった話すね。やめてほしくなったらいつでも止めて。
 あと、絶対に誰にも言っちゃダメだよ?」

「はいはい」


はいを繰り返したその返事は幼い子をあやすようで、
あ、やっぱり信じていないな、とか
私のこと子ども扱いしやがったな?とか
ちょっと悔しかったけど、
当時の距離感を思い出して嬉しかったりもした。

同級生から見ても、大人っぽかったなぁ当時の大石君。

20歳分年が離れた今も、しっかりしてるなぁって感心する。
…でもさすがに、まだ男の子だなって感じる瞬間もあるけど。



「コナン君みたいなメガネが世の中に出回ってるよ」

「コナン君みたいなメガネって?」

「ほらここ押すとメガネのレンズに色んな情報が表示されてさー」



「切符の代わりにね、ピッてするだけで電車も乗れるし」

「ピッてどういうことですか」

「それは未来を生きてみてのお楽しみ」



「近々東京−大阪間は陸路1時間でいけるようになる」

「速いですね!のぞみでも充分早いけど…」

「まあ、実現は私も知らない未来の話になるけどね」



「日本は外国人だらけになってる」

「じゃあ日常的に英語を使ったりするんですか?」

「さすがにそうはならないなー。
 でも使おうと思えば機会はたくさんあるよ。
 大石君英語得意だもんね、頑張ってね」



どんどん沸いてきて話が尽きない。
そんな中で大石君は、
どうして俺が英語が得意なこと知っているんだ?
と言いたい風に眉をしかめる。

しかめつつ窓の外を見て、「あ!」と声を上げる。



「しまった…そろそろ行かないと」

「何かあるの?」

「今日、地元の夏祭りなんです。
 英二…俺のテニス部の友達と、一緒に回ろうって約束して」


夏祭りか。
そういえば毎年夏休みの始まりにあったなー。

………。


「途中まで、私も一緒に行ってよい?」

「はい。レナさんさえ良ければ」


そう言ってくれたので「良かった」と添えて二人で歩き始めた。
勝手な思い込みだけど、大石君もまんざらでないように見えた。

もしかして、菊丸くんと待ち合わせる前に、
荷物を置いて着替えるために一旦解散してたのかなー。
そのための時間を奪っちゃってもうしわけない。
でも一緒に時間を過ごせて、嬉しいな。


日が暮れる。

なんとなく、もうすぐ終わりそうな気がする。


さっき教室でした色々な話の続きみたいに、
私は一つの話題を口に上げる。


「実は私、平成の次の元号も知っちゃってるんだよね〜」

「えっ」

「でもさすがにこれは教えられないな〜」


あれ、でも、
20年以内に変わるっていうヒントは察しが良ければわかってしまったね。
天皇陛下はご健在だからねー
そこ誤解しないでねー。


「気になりますね」

「ま、生きてれば、いずれわかることだからさ」

「………そうですね」


大石君の背中を見上げて、得も言われぬ気持ちになった。
生きてれば。
いずれ。

私、死んじゃってないよね?

中学3年生だった私が今日に至るまでに過ごした20年という時間、
これから大石君も過ごしていくんだよね?

とか、色々。


「こっちです」


なるほど人通りが多くなってきて、
屋台も目に入るようになってきた。
待ち合わせに向かいたい大石君は
たまに振り返って私の存在を確認しながら人の隙間をどんどん進んだ。

人混み、すごい…。



たまに振り返ってはくれるものの、
大石君は歩くのが速くて、
周りに人が多くて、
私は……大石君の袖を掴んだ。


当時は絶対できなかった。
でも私は今、やってやった。

フラれても失うものはないし。
拒否されても冗談めかして交わす術はあるし。
あの頃の私とは、違うんだ。



大石君は少しびっくりしたように振り返って、
まっすぐ見やった目線とかち合うと、
目線を泳がせて、
また正面を向き直った。


……。



「ねぇ」

「…はい」

「大石君って、今好きな人いるの?」


聞くと、大石君は足を止めて振り返って、
私と目を合わせたまま固まって、
わずか、気にしていなければ見逃すくらいわずかに頬を染めて、
目を逸らしながら答えた。


「それは…どうでしょう。
 というか、どうしてそんなこと聞くんですか?」


これは……
落としてしまったナ。笑。


「大方、年が近かったら私みたいなのいいなーとでも思ってるでしょ」

「なっ、な…!」

「おーおー顔真っ赤にしちゃって可愛いねぇ、いいよいいよ、
 こちとら君の倍以上生きてるんだい表情見りゃ大体言いたいことは想像つくよ」


バンバンと背中を叩く。


大石君は、否定してこなかった。
どうやら、大方図星というところだ。

いやね、わかるよ。
こちとら30数年生きてるんですよ。
色んな人と付き合ってきたんですよ。
好意を寄せられているときにどんな反応が与えられるかくらい、
熟知してるっつーの。


…でも、自分から好きになった人から
好意を寄せてもらえる経験はなかったなぁ。


「でもね、違うよ。それは年上補正だよ」

「…え?」


待ち合わせ場所に着いた様子で、大石君は足を止めた。
私は手を離す。



「年が近かったら、大石くんは別に私を好きにならないよ」



大石君は、何も言ってこなかった。
コメントしづらいからか、考えているのか。

視線を逸らして、逸らして、時計を見つけて、
携帯電話を取りだした。


「あれ……英二間に合わないのか」

「え?」


あ、と大石君は頭を掻いた。


「すみません、そういえば、ちゃんと説明してなかったですね。
 今日は地元の夏祭りで、花火が名物でなんです」


ん?
花火…?


「特に一発目が大きいので、初めから見られるように待ち構えていないと」。
と大石くんが説明してくれている間、
私は別のことを考えていた。


中3。
20年前。
夏休みの始まり。

花火…?



思い出した……!




ノストラダムスの大予言がある、1999年の7月。

この頃私はクラスメイトの大石君に片想いをしていた。

とても私に釣り合うような人ではなくて、
いつも陰ながら見ているだけで幸せあった。

だけど、もしあの視界に入れたら。


なんとか自分を奮い立たせて、告白しようと決めた。

こういうものは期限を決めないと逃げてしまうから、
1学期のうちに告白して、一緒に打ち上げ花火を見たい。
そう思った。

失敗しても、暫く顔を合わせずに済む。
成就すれば、素敵な夏になる。

そう思いながら日々過ごして、
教室、廊下、玄関、通学路…。


ついに私は、チャンスを掴めなかった。

チャンスがなかったんじゃない。
勇気がなかったんだ。


―――結局そのまま、私は大石君への恋心を諦めた。

20年前の、記憶。




「俺は見やすい場所に移動します。レナさんも行きますよね」



本当は、見たかった。

これは、20年前に喉から手が出るほど欲しかった状況だ。



でも、首を横に振る。

わかる。私はここまでだ。



「ごめん、私は行けないや」


何かを察した大石君は振り返りかけた足を止めた。


「私、もう行くね」

「………そうですか」


なんとなくの予感が、確信に変わってくる。
私は、これから戻る。
元の時代に。


「最後に……ごめん。嘘をついた。
 私の名前はレナなんかじゃない」


時計の長針が真上を指す。
そろそろだと人がざわつく声がする。



「それでね、さっき隠してたやつ」



遠くで ヒュルルルル と甲高い風切り音がする。

終わりだ。



「君も生きる、新しい時代の名前は……!」






ドン!!!





思わず耳を塞ぎたくなるような大きな音にぎゅっと目をつむり、

そっと目を覚ますと…

私は自分の家に居た。



「……ただいま」



テレビの画面を見ると「令和元年」の文字が示されていた。


戻ってきたんだ、元の時代に。

夢だったのではないか、と思いたいくらいに、
私は半日を過ごしたつもりで居たはずなのに、
単に、数秒後の未来に進んだだけだった。


なんのために私は、20年時を遡ったのだろう。




  **




それから、二ヶ月ほどの時が流れた。
すっかり令和フィーバーも落ち着き、普通の日常。


そんなもんなんだ。
ノストラダムスの大予言だって、あんだけみんな騒いでたのに、
未だにあれのことを憶えてる人って、どれくらいいる?

結局地球も人類も滅亡なんてしなかったし、
全部忘れて、みんな平和に暮らしてる。



ふとカレンダーを見て、気付いた。

この日付は…2ヶ月前、
平成が終わって令和が始まるあのとき、
私がタイムトリップしたその日だ。


そういえば、こっちの時代に戻ってきたら
久しぶりに母校を覗きに行こうとか考えてたんだったな。

うん、今日は時間あるし、覗きに行ってみよう。



そう思って、仕事帰りに足を運んだ。

なんか、怖い気もする。
同じなままなはずがない。
どれくらい変わってしまっているんだろうって。

なんだか、置いて行かれたような気持ちになりそうで…。




しかし辿り着いた母校、青春学園。

少なくとも置いて行かれたような気持ちにはならなかった。


木、伸びたな。


…そんなもんか。

いや、よくよく見ると門が新しくなっている気がするし、
校舎の色も変わっている気がする。
鉄棒、あんなだったかなー…。


思いの外記憶は曖昧だ。
気付いた以外にも色々変わってるんだろうし、
さっき挙げた中に実は変わっていないものもあったかもしれない。


でもやっぱ、懐かしいな。


そんな思い出校舎を眺めて、
さあ、行こうか…と振り返ったら。



さん…?」



え…っ?

……………誰。


「はい、ですけど。えっと、どなた…」

「あの、大石です」


……えっ。


「大石君ー!?」

「思った通り、会えて良かったよ!」


いやっいやいやいやいや
ちょっと待ってどういうこと?
えっ!?


「今、確信に変わったよ。
 20年前の俺と会ったのは…さんだったんだね」

「……ハイ」


混乱がすごい。

私は2ヶ月前に、20年前の大石君と会ってて。
そのとき大石君は私がだと気付いてなくて。
でも中3のとは知り合いで。

私にしてみれば2ヶ月前の出来事。
でも、大石くんにしてみれば…20年前の出来事!?


「この日を20年待ってた」

「嘘、ホントに…?」

「ああ。どうしても、また話したくって」


ドキン。

もう、恋心なんてどこかに行ってるはずなのに、
大石君と話すと今でも胸が鳴ってしまうんだと知った。



さんあのとき『年が近かったら、きっと好きになってないよ』って言ったよな」

「…うん。憶えてる」


っていうか、大石君もよく憶えてるな。
20年前のこと…それだけ印象に残ってたんだ。


「言うとおりだった」


大石君は憂い気な顔を見せる。
私は、どういう表情を返せば良いのかわからない。


「その後、“レナ”さんの正体が誰か、ずっと考えてた。
 …正直、俺はレナさんにあの日、恋をしていたから」

「…そうだったんだね」

「だけど、中3の俺の記憶のさんとは結びつかなかったよ」


そうだろうね。
あの頃の私は、もっと引っ込み思案だった。
今でこそ色んな経験積んで少しずつしくなって、
でも自信も大きくなって、
色々前向きに考えられるようになったけど。

…そうやって、私も変わってきてたのか。
目の前の大石君が、私の記憶よりも大人っぽくてカッコ良くなっているみたいに。


「あのとき、年齢を重ねた人として俺の前に現れたから、だから好きになった。
 それは、俺が今日まで会いに行けなかった理由と同じだ。
 あのとき会ったアナタは、とても輝いていた。
 いい人生を、いい時間を過ごしてきたんだなって想像できた」


そこまで一気に述べてから、
ぽつりと、少し小声気味になって。


「君の人生に影響を与えたくなかったんだ」


そう言った。


私は、君の人生に影響を与えたかったし与えられたかった、
なんて今になっていうのはちょっと違うかな、
と思ったから言わなかった。


夕日が沈む。
あの日の教室から見た風景を思い出す。


大石君は腕時計を見る。


「そろそろ行かないと。今日、夏祭りだろ?
 奥さんと娘と待ち合わせしてるんだ」


なんと…!
そっか、大石君結婚してるんだ。
言われてみれば、左手薬指には指輪か。
…そうか、そういうこともあるよなぁ。


さんは見に行かないのかい、花火。
 良かったら一緒にでも」


大石君は、そう笑った。

でも、首を横に振る。


「やめておく。家族水入らずで楽しんできなよ」

「…そうだな」


それじゃあ、と大石君は立ち去ろうとして、
そういえばアレを言わなくちゃと思って。
「大石君!」と背中に声を掛けた。
大石君は足を止めて振り返る。私は腕を広げる。


「ようこそ、令和へ」

「…やっと追いつきました」


その時大石君が敬語になったのは、
今間違いなく20年前のあのときの気持ちになってるんだろうなぁと思った。



こうやって、私の片想いは20年越しに幕を閉じた。
成就はしなかったけど、
今の私が、20年前のアナタには
輝いて見えていたんだって、それを知れただけで満足だ。


ノストラダムスの予言は現実にならなかった。
だから私たちが今の時代を生きられてる。

ジャンプしたつもりだったけど、
一歩一歩踏みしめたから今の私がある。


感謝の念を込めて、20年前のその日を振り返りながら帰路についた。




Thank you for the 20 years!!!
























令和になった記念。
平成ありがとうという気持ちを込めて。
昭和生まれより。笑

↑という意図でGW明けに書き始めたのですが、
書き終わらないうちに時が流れてしまったので
テニプリ20周年祝に変更させて頂きました!

実は大石の好きな人は当時も主人公でしたとか、
20年待った後にプロポーズしにきてくれるとか、
そういうミラクルな展開もありだと思うけど
敢えて現実にシビアに行きました。
それでも強く生きる。令和はそんな時代にしたい(笑)

何はともあれ、テニスの王子様20周年おめでとうございます!!!


2019/07/19