* それとも私と聞かずとも *
『今から帰る』
それだけ書かれた簡素なメッセージが届いてスマホが揺れる。
秀からの文字での連絡はいつもこんな感じで、
元気なのかいつも通りなのかはたまたこれ以上なく疲れ果てているのか、
文面から得られる情報だけでは推測しきれない。
まあきっと、“いつも通りには”疲れているのだろうなと予想はできる。
今病院を出たとすると、家に着くのはあと1時間くらいか。
『りょうかい。今日はカレーだよ!』
返事を打ちながら時計を見る。
着く頃に間に合うようお風呂を沸かしておこうと逆算し、
晩ご飯は余裕で間に合いそうだなと煮込み始めた鍋を見る。
今日も疲れててすぐに寝てしまうのだろう。
でも、どんなに疲れていようと秀はおいしそうに料理を食べてくれるし、
お風呂から上がればお先ありがとうと言うし、
おやすみの挨拶をしてから眠りにつく。
出来すぎた人だと思うし、
そんな秀に私はちゃんと貰った分だけ返せているだろうか…と考える。
疲れて帰ってくるであろう秀に、
なおさら疲れた気持ちにさせるわけにはいかない。
家事で乱れきった髪を梳かして、
メイクまではしないにしろビューラーで睫を上向きにして、
その帰宅を待った。
**
先ほどお風呂が沸いてご飯が炊けた音がして、
そろそろ良いかなとカレーを煮込む火を止めた。
たぶんまもなく着く頃…。
そう思ってクイックルで廊下を往復したところで玄関付近で音がした。
ピンポンしてくれていいって言ってるのに、
律儀に自分で鍵を開けようとするんだから。
私は「はーい」と声を掛けて、覗き窓を確認してドアを開けた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
顔色で、これは毎度の疲弊パターンだ、とすぐに察する。
そもそも元気一杯に帰ってきたことなんてほとんどないけれど。
「疲れてるでしょ。お風呂沸いてるけど、ご飯とどっち先にする?」
荷物を受け取りながらそう問うと、
靴を脱ぎながら「ん…お風呂かな」と答えた。
「わかった。じゃあ…」
「」
リビングに戻りかけると名前を呼ばれたので
なんだろうと振り返ると、両腕がこちらに伸びていた。
珍しいなこれは相当なことだぞ、と思いながら
受け取った鞄を床に下ろして腕の内側に潜り込んだ。
首の回りにぎゅっと抱きつかれたので、
ゆっくりと腰を抱き返す。
疲れてるだけかな何かあったのかな、
と考えていると長い間の後に聞こえた一言で答えはわかった。
「………疲れた…」
「おつかれさま」
何かを隠している感じもない、これは本当に心底疲れ切っているのだろう。
ぽんぽんと背中を叩きながら、
私にできるのはこれくらいしかないな、ともどかしさも感じた。
秀は私の首元に顔を埋める。
スー…ハー……と、長い深呼吸が耳元で聞こえる。
「の匂いがする」
「ちょっとやめてよ」
笑いながら背中をバンバンと強めに叩いたら、
首回りの腕は解かれて、
顔が離れて、
髪の間に指を通すと耳の辺りに触れながら薄めた目元で見つめてきて、
唇に唇を触れさせてきた。
それは一瞬で離されると、
今度は少し口を開けて押し当てられて、
私の口内にも舌を侵入させてきて…。
あ、これ、
スイッチ入ったな…?
思うや否や
何かが ムクムクッ と
お腹を押してきてて。
………。
「…疲れてるんじゃなかったの」
「それとこれとは話が別」
「別って……」
言い終わる前に、また口を塞がれた。
荷物を置き去りに、
私が抱き上げられて、
リビングのソファになだれ込む私たち。
お風呂は追い炊きすればいいか。
カレーは熟成が進んだ方が美味しいっていうよね。
寝付きも良くなる気がするし。
自分の中で納得できる言い訳を思いついたところで
混ざり合う熱を感じながら瞳を閉じた。
お医者さんの大石と結婚した専業主婦設定でしたとさ。
大石の扶養に入っている時点でこの主人公は勝っている(笑)
疲れて帰ってきた大石に安らぎを与えられる存在になりたい人生だった!
2019/06/03