* 私の声よ君に届け *












テニス部に好きな人ができた。


そのことをクラスメイトであり親友でもあるちゃんに話したら、
「じゃあ次の大会応援に行こうよ!」
ということになった。


「前に行ったことあるけど楽しかったよ!
 私は不二先パイファン〜」


ちゃんは楽しそうにそう教えてくれた。

ファン、か。
そういう意味では、私もファンみたいなものかな…。


好き、っていうけど、いうほど関わりはなくて
私が一方的に見ていて好きになっただけ。
一応、同じ委員会で話したことはあるから
存在くらいは認識してくれてるかなーと思うけど、
顔と名前は憶えてもらえてるか微妙…ってレベル。


「ところで誰なの?好きな人ってのは」

「んっとね…副部長の大石先輩」

「あー、保健委員長の人か!なるほどねー」


そう。
委員会でテキパキと仕事をこなす様を見て憧れて、
誰にでも変わらず優しくて、
例に漏れず私にも優しくしてくれて…

その結果、ころりと恋に落ちてしまった。
私は、大勢の一人でしかないことはわかっているけれど…。


「あ、でもさ、突然私なんかが行ったら変に思わないかな」

「だーいじょうぶ!人が多すぎて多分向こうはわかんないよ」

「そっかな…」


多少の不安は抱きながらも、やっぱり楽しみで、
ドキドキしながらその日を待つことになった。




  **




大会当日。


「こんな感じなんだー…」


確かに、人が多い。

しかも。


 「次ゴールデンペアの試合だぜ!」


応援に来ている人たちだけでなく、
同じく大会に出場しているであろう
他校の選手たちも観にやってきていた。

有名なんだな…大石先輩。
なんか気後れしちゃう…。

でも確かに、これだけ人が居れば
向こうはこっちに気付くこともないだろう。
変に思われることもないよね…。


「さぁ、しっかり応援してアピールしないとね!」

「えっ!私はそんな!」


慌てて否定しているうちに、コールが聞こえた。
コート上の選手たちは握手を交わし、いよいよ試合が始まった。

テニスをしている大石先輩はどんな感じなのか…。

どんな試合展開になるのか…。


ドキドキしながら見守っていた、ら。


「ピンチだね…」

「……」


大石先輩と菊丸先輩の“ゴールデンペア”の方が
格が上だという感じは周りの会話から聞き取れた。
でもその分調べ上げられてしまっているのか、
弱点ばかりを突かれて苦戦しているみたいだった。


「テニスってサーブする方が有利なんだって。
 今までなんとかサーブのゲームは押さえてきてるけど、
 今のゲームは初めて相手にリードを許してる」


あまりテニスに詳しくないちゃんが教えてくれた。


追い詰められているということは、
コート上の二人の表情を見てもわかった。

あんなに苦しそうな表情の大石先輩、見たことない…。


眉をひそめたままサーブを放って、ラリーが続く。


アドバイスなんて言えないし、
私にできるのは応援だけ。

でも声に出す勇気もなくて、
ただただ心の中で何度も

「大石先輩ガンバレ」
って唱え続けることしかできない。



 「30−40!」

 「おいおい本当にブレイクされちまうぞ」



大石先輩…ガンバレ…。



 「サーブのコースが甘い!」

 「狙い打ちされるぞ」




大石先輩…ガンバレ…!



 「ギリギリ届いた!」

 「でも、次反対コーナーに振られたら…!」



大石先輩…!




「オオイシセンパイ!!!」




スパンと相手が見事なショットを反対コースに向かって打った、その瞬間、
私の口から大きな声が出ていた。


そしたら世界が

スローモーションになって

その中で大石先輩だけが加速した、

そんなように見えた。


届いた!



「40オール!」



大石先輩が打ち返したショットは
見事に相手コートのコーナーギリギリに決まった。

すごい。
すごい大石先輩…!


 「この激戦の終盤にもなってまだ
  あの速さで走ってあんなショットが打てるのか…」

 「大石秀一郎…菊丸のサポート役のイメージがあるけど
  本人も底力があるんだよな…やはり黄金コンビは手強いな」




「キャー!すごい!見てた!?…?」

私の肩を揺すってきたちゃんが、
顔を覗き込んできて戸惑うのはわかる。

だって私の目からは…涙が。


大丈夫!?」

「ごめ…大丈夫」


すごい。
すごいよ大石先輩。

テニスが上手いこと。
人を惹きつけるプレーができること。
諦めない気持ちを持っていること。


ちゃん…私、やっぱり先輩のコト…好き」

「うん、わかるよ。すっごいよくわかる。
 …さっ、私たちも最後まで応援しよ!」

「うん!」


コートの中では大石先輩が次のサーブの準備をしていた。


「さぁここからだ英二」

「もち!」


そしてサーブが放たれた、その後、
黄金ペアは相手にそれ以上1ポイントも与えない強さでこの試合を制した。




  **




「はぁ〜…」


帰り道、一人になってから思わず大きな溜め息がをついた。

大石先輩、カッコ良かったな。
好きだな。

……。


「(苦しい)」


私は応援していた大勢の中の一人に過ぎない。
なのに私の中で大石先輩はどんどん特別になっていく。


「(告白、したい、のかな。でも、怖いな)」


自分の気持ちをどう整理したら良いかもわからないまま、
残り一日を過ごして眠りにつくことになった。






翌日。

ちゃんとは、昨日楽しかったねーなんて話をして。
でもそれ以外は、ただの普通の日。

放課後に委員会。
普通なら憂鬱なはずだけど、
先輩と会えるから幸せな時間。
でも今日は、幸せなだけじゃなくて、しんどい。

心臓が持たない…。


昨日の先輩はカッコ良かったなー…
前に立って話してる姿も素敵だし…

なんて考えながら過ごすそんな時間も終わり。


さて帰ろう、と荷物を片付けていると。


さん」

「はい?……!?!?」


なんと私に声を掛けてきたのは、大石先輩で。

なんでどうしてなんの用だろ!?


「帰り、同じ方向だったよな。
 良かったら、一緒に帰らないかい」

「え…いいんですか」


あまりのことに少し外れた返事をしてしまう私に、
大石先輩は笑って「ぜひ」と言ってくれた。

えええなんでそもそも名前も憶えてくれてるかなって思ってたのに
帰り道同じ方向なのも知ってて誘ってくれて…!
何が起きてるのっ!?


私が委員会終わるのを待ってくれてたちゃんが居る教室の前を通り際、
本当は「おまたせ!」て言うべきところ
ちゃん、またね!」と手を振った。

え、と廊下の方を向いてきたちゃんは、
私の横に大石先輩が歩いているのを見ると
空気を読んで「また明日ねー!」と大きく手を振ってくれた。

もう、何が、なんだか。


「友達?」

「あ、はい!クラスメイトなんです」

「そっか、さんの教室はここなんだ」


そう言って教室の看板を見上げる。
大石先輩と、こんな会話ができているなんて…!


きっと他にも、帰り道同じ方向の人居るよね。
どうしてわざわざ私に…。
っていうかそもそもなんで知ってたんだろ…。


階段を下って、
靴を履き替えて、
校庭を突っ切って、
校門を出て、
通学路へ出る。

大石先輩との帰り道。
会話はないけど、こうして並んで歩いているだけで幸せ…
なんて思っていたら大石先輩は口を開いた。


「ごめんな、今日。突然声を掛けたりして」

「いや、あの、嬉しいです。
 大石先輩が私のことを知ってるだなんて思ってなかったので…」


思った通りにしか喋る余裕がなくてそう答えたら
「何言ってるんだ、同じ委員会だろ」って笑った。

同じ委員会。確かにそう。
でも、委員長として前でいつも喋っている大石先輩は特別で、
一委員として委員会に出席しているだけの私なんて、
その他大勢のうちの一人にしかならないって思ってたから…。


少しの間があってから
「昨日、テニスの試合があってさ」と言った。

心臓がドキンと鳴る。
昨日の、あの、カッコイイ大石先輩をまた思い出してしまった。


言ってみようか。

「私も見に行ってました」って。
「大石先輩の応援をしに行ってました」って。


……言えない。


「そうだったんですね。どうでしたか?」


その他大勢を貫く覚悟も、
特別に名乗り出る勇気もなくて、
そんな答えをしてしまった。

すると大石先輩は視線を逸らすと
「やっぱり違うのか…」と頭を掻いた。

え、何が?


「どうかしましたか?」

「え?あ、実は…昨日の試合中に
 さんに似た声の人から応援してもらったのが聞こえたんだ。
 もしかしたら…って思ってたけど、俺の勘違いみたいだ」


ハハッと笑うと、
さんはスポーツやったりとかスポーツ観戦したりとかは興味ないのかな?
なんて聞いてくる。


違うよ先輩。

違ってないよ。


「私、です」

「え、なんて?」

「昨日応援してたの、その声、多分、私です」


届いてたんだ。
私の声が。
恥ずかしいけど、嬉しい。
たとえその他大勢でも、足を運んで、声を出して、良かった。


「やっぱりそうだったんだ…ありがとう。
 とても励みになった」

「本当ですか…良かったです」

「あのとき…もう本当にダメかと思ったんだ。
 でも、さんに応援してもらえて、力が沸いてきて…」


そう説明しながら横にいる私の顔を見つめてくる大石先輩。
そしてその顔が、見る見る赤く。


え。え。
もしかして。

いや待って落ち着いて。
まさかそんなわけ。

ドキン ドキン ドキン。



「…誰か、お目当ての選手でもいたのかい」



おや。

もしかして核心を突くような一言が…
なんて考えていたのは私の都合の良い妄想。
大石先輩は前を向き直りながらそう聞いてきた。


「いえ、単にテニスに興味があって」?
「友達が不二先輩のファンで」?

またそうやって逃げるの、


昨日の先輩の諦めないあの姿に、勇気もらったんじゃないの?



「大石先輩、です」



足を止めてそう言った。
大石先輩は数歩先へ行ってから立ち止まって振り返ってきた。


言ってからの間が嫌に長い。


「昨日は大石先輩を応援しに行きました」


きっと、さっきの大石先輩と同じくらい赤い顔になっている。
そして先輩と違うのは、私は今にも泣きそう。


「あ…こりゃ大変」


大石先輩は、さっきよりもっともっと赤い顔になった。

これは、どうなの?
返事は、どうなる?


「ごめんな」


ズキン。


心臓が大きく唸った。
フラれちゃったのか、私。


涙が今にも零れそうで下を向く。
泣き顔見せるなんて、情けないし申し訳ない。

そう考えている私に、大石先輩が「ごめんな」の続きとして発した言葉は。


「さっきは勇気がなくて保険かけるような聞き方をしてしまった」


…え?

どういうこと??


「昨日は…さんの応援のお陰で勝てたといってもいいくらい、
 本当に力になった。だから、あのポイントの後、
 もしも勝てたら告白しようって決めてたんだ」


う、そ…。


さん、君のことが好きだ。
 良かったら俺と付き合ってくれないか」


涙が、溢れた。
掠れる声で「ハイ」と答えた。


「夢みたい…」

「俺だって昨日応援してもらえたときは嬉しくて…
 自分の都合の良い空耳だったんじゃないかって疑ってしまったくらいだ」

「そんな」


声を合わせて笑って、
でも恥ずかしくて顔は合わせられない。


なんで私なんかを?
応援の前から?
それともそれがきっかけで?

疑問はたくさんあるけれど、
目の前の顔の赤さと
自分の顔の熱さと
心臓の鼓動の強さがこれは夢じゃないと訴えかけてきているようだった。






















その他大勢で安心している自分もいるけど
特別になりたい感情が走り出した主人公ちゃんの話。
はーーーいいなあ青春ラブしたいなぁ。

仕事中に裏紙に書き溜めて完成させました()


2019/04/30