* 恋の相対性理論 *












「…入れない」


がしゃんと校門に手を掛ける。
金属がひやりと冷たい。

まさか、まだ開校していない、とは。

早く来ることにだけ意識が行ってて、
そこまで頭が回っていなかった…。
でもそうだよね、学校って夜閉じて朝開くよね。そうだよね。


時計を確認する…丁度6時半になろうというところ。
まだ開かない?いつ開くのかな??
前に6時台にテニスやってる音聞いたことあるよ?!


「(まだ若干暗いしさ…)」


明け始めた東の空を見る。

日の登りきっていない2月の空気は冷たい。
小走りできたから体はあったまってるけど、
止まるとやっぱり出ている脚と手は寒い。
小刻みにすり合わせたり、
指に息を吹きかけたりして暖を取る。


大石くん…いつもこんな時間に登校してるのか。偉いなぁ。
暗いし寒いし、何より眠いし。
夏だったら涼しくて良かったりするのかな…?
それでもやっぱり、眠い…。

そんなことを考えながら時が流れるのを待った。
やっと明るくなってきたけど寒いし眠いし淋しいしつまらんし…
15分程度のことが、すごくすごく長く感じた。

結局、門は何時に開くんだろう。
そして大石くんも、何時頃来るんだろう…。


「(ねむ……)」


ふわぁぁぁ、と上を見上げながら大きなあくびをして、
あふ、と顔を正面に戻したら、


「あれ、さん?」


なんとそこには大石くんが!!!


わああああああくびしてるとこ見られて恥ずかしい!し!
あれ、そういえば私は大石くんより先に登校して
机の中にチョコを入れるのが目的だったのでは?!
そうだよ!のんきに「いつ来るんだろ」とか考えてたけど
そもそもこんなところで会ってる時点で作戦失敗してるじゃん!!


「お、おはよう!」

「おはよう。随分早いんだな。昨日も結構早かったみたいだけど」

「いやぁ、なんかちょっと早起きしちゃって…」


とか、しれっと答えているけども
あんだけ大きなあくびをした直後でうさんくさいったらありゃしない!
なのに「そうか、偉いな」とか笑って言ってくるから
本当にいったいこの人はどれだけ優しくて人が良いんだ…。

はあ。好き。


「大石くんは、いつもこの時間?」

「ああ。門が開くのとどっちが先かって感じかな」


腕時計を確認しながらそう教えてくれた。
偉いのは大石くんの方だよ…と思ったし、
そういえば、私が昨日早く登校したのも気付いててくれたんだ…って
ちょっと嬉しかったりして。


「もうすぐ先生や事務の職員さんたちが来る頃だと思うんだけど」

「へー、7時前くらい?」

「そうだな、大体」

「そっか。あれー、でも前にテニス部が6時45分くらいに
 もう練習してる音聞いたことある気がするんだけど」

「あ、それはたぶん試合前で無理いって早く開けてもらってたんだよ。
 よく知ってるな、そんな時間からやってたことあるって」

「いやぁたまたま…」


話が弾んて、息が弾む。
喋るたびに白い吐息が空気中に飛び出してきては溶けて消える。
さっきまで指先を温めるだけに使われていたそれが、
音を手に入れて、踊り出したみたいだ。

そのとき、少し遠くの何かに気付いた大石くんは
笑顔で挨拶を投げかけた。


「おはようございます」

「おはよう大石くん。あれ、今日はもう一人居るね」


歩み寄ってきたその人は、先生…じゃないな、確か事務員の人だ。
私は名前すら把握できてない…けどきっと大石くんはわかってて、
相手も大石くんのことをすっかり認知している様子。


「はいはい開けますよ」

「今日も寒いですね」

「本当よ?風邪引かないように気をつけなさいね」


事務員さんは門を開けてくれて、
大石くんの背中をばんばんと叩いた。
そして「あなたもね」と、私にも声を掛けてくれた。


校門に続いて、校舎の昇降口も開けてくれた。
学校って、こうやって開いてくんだ…。

しんとした下駄箱で靴を履き替える音だけがして、
大石くんと話しながら階段を登っていく。


「静かだね」

「ああ。早起きの特権かなって思ってる」


特権か…なるほど。
私は、寂しいね、って意味で静かって言葉を使ったけど、
大石くんにとってはそれはマイナスではなくて、寧ろプラスなんだ。


「こうやって静かな階段や廊下を歩いていると…
 気持ちがリフレッシュして、今日も一日頑張ろうって思えるんだ」

「そっかー。ごめんね、邪魔して」

「そんなことないさ!別に、一人になりたいってわけじゃないから」


そこまでいうと、大石くんは言葉を止めた。
一気に、静かになる。
この静けさなのかな、大石くんが好きなのは。

教室に入る手前、大石くんは、一度立ち止まった。
窓の外に目をやる。
今日も晴れ。


「こういう、ゆったりとした時間が好きなんだ」


それは、私もあなたの“ゆったりとした時間”の一部になれてるって、思っていいのかな?


教室に入って、自席について、鞄を開けて、
あ、そういえばチョコ…と思っているうちに
大石くんは自分の鞄の中身を机に入れ始めた。
置き勉なんてしない、毎日予習復習を欠かさない大石くんの机の中はさっきまで空っぽだった。
そこにこれを入れたかった、私は。


「(でもこりゃあ、システム上無理だ…)」


最速目指しても同時にしかなれない。
先回りできない。
つまり。


「(今、渡すしか…)」


ドキンドキンドキン。

胸が大きく脈打ちだす。


行け!

今しかない!

さあ!!!


「(行けない…)」


大石くんの斜め後ろからの姿を見て、
力をぐっと込めたけど勇気が足りない。

今日も背筋が伸びてかっこいいな。
伏目がちなまつげが綺麗。
……好き。


今しかない。
今が最高のチャンスだ、それはわかってる。

でも、このゆったりした時間、
せっかく共有できた時間が、もし壊れてしまったら…。

なんとか流れを、作れたら。


「大石くんは、早めに登校して何をしてるの?」


とりあえず声を掛けた。
大石くんは体ごとこちらを振り返って、
「今日の予習とか、あとは委員会関連のことかな。は?」と
爽やかに答えると同時に私に質問までしてくれちゃって。
「私?私は普段は友達と喋ったりだけど、今日は早く来ちゃったしどうしよっかなって」
と正直に答えた。

正直、ではあるけれど、
隠していることもあって…。
チョコ……。


「小テストの勉強は余裕か?」

「え、小テストなんてあったっけ。数学か!」

「俺はこれからそれをやるよ」


そうかいつも小テストのための勉強なんてしないから気にしてなかったー!
さすが大石くんだな、見習わなきゃ。


「範囲どこだっけ」

「96Pから112Pだよ」

「わ、結構広いな。んー、まあこのへんなら大丈夫かなー」

「数学得意なのか?」

「うん。めっちゃ理系頭!」

「へぇ、意外だな」

「意外かなー。大石くんは?」

「俺もどちらかと言うと理数系かな。英語は力を入れてるけど」

「あー大石くん英語のときいつ当てられてもちゃんと答えられててすごいと思う!」


どんどん話が盛り上がる。
勉強の邪魔しちゃいけないと思うけど、
何か忘れてることがある気がするけど、
楽しくって話が止まらない。

一人で待っていた間はあんなにも時が経つのが遅かったのに、
どうして、好きな人と話しているとこんなに時間が過ぎるのが早いんだろう。


ガヤガヤ、と廊下に声が聞こえた。
ドキンと心臓が鳴る。
でも、その声は他の教室に消えていった。


「そろそろ、他のみんなも登校してくる頃だな」

「そうだね…」


時計を見ると、7時半はとうに回っていた。
いつの間にこんな。

早くチョコ渡さないと、誰かが来ちゃう前に。


すると、またガヤガヤが耳に飛び込んでくる。
まだ遠いけど、この声は、うちのクラスメイトでは…。


一年に一度だ。
去年は涙を呑んだ。
一週間前から準備してたんだ。
今朝はこんなに早起き頑張ったんだ。

行け!
行け!!


「大石くん、これ、ハイ!」

「え……えっ!?」


席まで突進して小包を渡して、ダッシュではるか斜め後ろの自分の席まで戻った。
大石くんはこっちを振り返ってきたけど、
その途端にクラスメイトたちが入室してきて
密度的にも音量的にも一気に部屋は賑やかになった。

さっきまでの静けさが嘘みたい。

心臓が止まらない。


「さーってとチョコは…ってあるわけねー!」

「バカだろお前」

「大石!誰かチョコを俺の机に入れたくて様子伺ってるやつとかいなかったか!?」

「いや…いなかったと思うよ」

「チックショー!!」


そんなやりとりをしてるクラスメイトたち。
そんな中、大石くんが顔な真っ赤でチョコを鞄に隠したことにも気づかずに。



渡した。

渡せた。

渡せた…!


少なくとも去年よりは前進。
あとは貴方の返事次第。


さっきまでのゆったりとした、二人で共有した時間はどこへやら。

返事は怖いけど、達成感がすごい。


今日は早起き頑張ってよかった。






















タイトル、やかんに手を置いていると時間が無限に感じるのに、
君と一緒にいると同じ時間が一瞬に感じる、てやつよりw(アインシュタイン)

『君への恋は待っちゃくれない』の続編です。
大石と二人きりになるなら朝だよねって話。
二人きりになるのが目的ではなかったけどこれ結果オーライすぎだよねw
はーーー大石とこんな青春ラブしたい人生だった(←)


2019/03/14