* 知らないよ。 *
「なあ、この前噂で聞いたんだけどよ、大石の好きなやつって」
「―――」
朝登校すると、いつも通りに廊下で男子がたむろしていた。
曲がり角の一歩手前、聞いてしまった。
偶然、聞こえてしまったんだ。
信じられなかった。
好きな人だなんて、いないと思ってた。
だから、いつか私の力で振り向かせてやろうって思ってた。
それなのに…。
「好きな人、いたんだね…」
どうしようもない気持ちになって、私はトイレへ向かった。
そのまま教室になんて行けなくて。
教室に行けば、貴方が居るから。
目が合ったら、その瞬間。
顔が思いっきりほころんでしまう気がして。
「……あはははっ!」
誰も居ないと知ってトイレの中で大笑いをすると、
私は教室までダッシュした。
教室に行けば、朝が早い貴方は必ず居る。
今日は朝練は無いって、チェック済みだし。
「おっはっよー!」
「おはよう。今日は随分と元気だな」
「そう?そぉかな?うふふふっ」
「…?」
やっぱり、笑顔が戻らない。
貴方の顔を見るだけで幸せなのに、
その笑顔が、私だけの特別になる日が来るのかなって。
「それじゃ、また後でね〜」
「あ、はあ」
妙に浮かれている私が理解できないようで、
困った表情をするその人。
それを尻目に、自分の席に座った。
『噂で聞いたんだけどよ』
『大石の好きなやつって』
『うちのクラスの―――』
「好きな人なんて、いないと思ってたのにな〜」
上がりっぱなしのほっぺは押さえて。
天井を見上げながら、考えた。
私が振り向かせるつもりだったけど、
既にこっちを向いてくれているなら。
知らないふりして言われるのを待つのもいいかもね?
「私、何も知らないもんね〜」
自分のずる賢さに余計笑った、ある日の朝。
これが自分の好きな人の話だったら幸せなんですがね。
2003/04/27