* 最後の嘘 *












 貴方に吐く嘘は

 これで最後だと信じたい。




「ごめんね…」

「いや、謝ることは無いよ」


放課後の教室には、適度な静寂が満ちていて。

貴方の顔を見るだけで、切ない気持ちになる。


辺りを包む、夕闇。

何処までも濃くて、何処までも眩しい。


「俺の方こそ、ごめんな。突然あんなこと言われたって、困るだけだよな」

「いや、そんなこと…」


否定するため宙に浮いた手は、

行き場が無くなると力を入れずに握って

軽く下ろされるだけだった。


どうしたら良いのか分からない、緊迫。

ピリピリしている訳でもなく。

だからといって甘い訳でもなく。

どうしようもない、優しいばかりの緊張。




大石君から告白を受けたのは、先週の放課後のこと。

委員会の事で遅くまで残っていた私達二人。

他愛の無いお喋りをしながら進めた仕事だけど。


一瞬の沈黙の後、私に声を掛ける大石君の表情は真剣で。

その時も、真っ赤な夕陽が窓の外に見えたのを憶えている。

大石君の顔と、重なって。

綺麗に光っていたけど、あまりにも眩しすぎた。


 『ずっと、好きだったんだ』


そう言われた後、私は沈黙を作るしかなかった。

とても、その場で返事をすることは出来なかった。

戸惑う私に、大石君は表情を崩して。


『あ…ごめん、変なこと言って。気にしなくて良いから』


そうは言われたけど、気にしないことなんて出来なくて。

無言で終えた仕事の後、返事は今度する、とだけ伝えた。


それから、一週間。

色々なことを考えて、色々なことに気付いた。

その間の私達の触れ合いは前と何ら変わりはなくて。

ただ、私が大石君のことを真っ直ぐ見れなくなった。


それとも、今までが斜めから見ていたのかもしれない。

とてもじゃないけど、正面からじゃ受け止められないと思った。

それほどまでに大きな存在だと思った。




「ゴメンネ…ごめん…」

「……泣かないでくれよ」

「ごめ、ゴメン…っ」


いつの間にか、私はしゃくり上げていて。

気付かない間に涙を流していたことに気付く。

目から零れていく雫は、すぐに私の両手を浸して。

どうしてこんなに胸が苦しいのか考える余裕さえ、与えてはくれなかった。


「泣きたいのは、寧ろ俺の方なんだから…」

「ごめん、ホントに…!」


最早何に対して謝っているのかさえ分からなくなってしまって。

兎にも角にも、私は泣いた。

教室の静寂は消し去られていて。

夕暮れだけが物淋しく――。


「…っ!?」

「………」

「大石、君……?」


ぎゅっと引かれた私の腕。

私の体は大石君の胸の中に転んで。

全身を包む温かい感触に浸りたくなった。

そこを妙なほど冷静な脳が、邪魔をする。


「ごめん…だけど、最後だから…」

「ん……」

「…もう俺のことで泣くのは、やめてくれな?」

「うん…」


静かに瞳を伏せると、大きな滴が零れた。

身を任せることも出来ず、

だからといって突き放すことも出来ず。

中途半端な自分に嫌気が差した。


だけど、私には無理だから。


でもせめて涙が治まるまでの間だけ、

貴方に染まることを許してください。




  貴方に吐いた嘘は

  これが最初で最後だと


  そう信じていたい。























今の私だったら、こうするしかないと思う。


2003/04/16