* 走り続けて *












大きなグラウンド。
書かれた大きな輪。
そこから発せられている闘志と緊張感が、
周りに広がる観客席にまで伝わってくる。


今、引かれたラインの後ろに、
16人の選手が並ぶ。
皆見据えるのは、

 遥か遠くのゴール。


「位置に着いて!」
「――」

『パァン!』

銃声が鳴り響いた瞬間、
線の後ろに立つものは一人もいない。
目指すのは、
遥か遠くのゴール。


…今日この場で催されているのは、夏季陸上競技関東大会中学生の部。
三年生にとっては、中学校最後の夏。
長い練習を重ね、区大会、更に県もしくは都大会を勝ち抜いたものだけが
出場できる、まさに遥かな高み。
しかし、もちろん選手の目標はそこではない。

目指すものは、
遥か遠く―――。


『ワァァァァ!!』

観客席からの声援を背に浴び、
選手たちはひたすら大地を蹴る。
大きな円弧を、人波が描いてゆく。
たった数分の戯曲(ドラマ)。
しかしその中に描かれているのは、
内に秘めるの夢と、遥かなる目標。

一周400mのトラックを二周。
これは、女子800m、決勝。


「いっけー、ー!!!」

皆が叫ぶ、その中に、この物語の主人公となる、
は居た。

自分の今まで抱えてきたもの、
積み重ねてきたもの、
全てを、吐き出しながら。
ひたすらに、頭が足を急かす。

「ラストのコーナーだ!」

監督席からも、部活の顧問でありコーチでもある先生が、
強く叫ぶ。
他の部員の期待も乗せ、は走った。

そして遂に、先頭を捉える。

最後の直線に入った頃から、
急激に加速し、
ゴール2メートル前で並び、
そしてテープを切る瞬間は、
その者より30cm前方。

『パァンパァン!!』

審判が、ゴールを告げる銃声を鳴らした。
は、確かに感じていた。
自分の胸がゴールのテープを切る感触。
しかし、一瞬信じることが出来ず監督の方を振り返ると、
瞬間部員が駆け寄ってきた。
そして皆、思い切りに飛びついた。

「キャー!やった、!!一位だよ一位!!!」
「あたし…ホントに…?」
「良くやったな、
「監督…!」

『次は全国だ』

そう言われて、は初めて笑みを見せた。
嬉しさの余りに、少し目の端には涙が浮かんだ。
仲間に頭を叩かれようが、
ほっぺを抓られようが、
全てが嬉しかった。

耳の奥には、いつまでも観客の声援が鳴り響いていた。




   ***





「…!」
「うん…次は…ゼンコ……むにゃ」
「…早く……起きなさい!!」
「ほげぇぇっ!?」

『ゴロゴロ…バタン!』


何者かに包まっている布地を引っぺがされ、
は地へ落ちた。

「……っ痛いなぁ!!」
「早く起きないのが悪いんでしょう!」
「……あり?」

は首を傾げた。
自分が居るのは、部屋のベッド…の横。
前に居るのは、他でない自分の母。

「あんまりのんびりしてると遅れるよ!」
「はぁ〜い…」

『パタン』

「……はぁ」

母が部屋から居なくなると、
一つ深い溜め息を吐いた。


「夢かぁ〜…。ちぇっ」

つまらなそうに口を尖らせて、
カーテンを開けた。

朝の光が、目に眩しい。

薄目に木漏れ日を眺めながら、
ぼそりと呟いた。

「折角、全国行けたと思ったのにな…」


…そう。
が陸上部であって、期待のエースであるということは
まさに現実なのだが、
未だに、全国へは一度も行ったことが無い。

関東からは上位4人までが全国大会出場権を得られるのだが、
は前回五位だった。
それも、かなり僅差の。
ラストの直線で差を詰め、
今まさに抜かん…というところでゴール。
もしそれが800m走でなく
805m走でもあったものなら、
ほぼ間違いなくは全国への切符を手に入れていた。
しかし、現実は重い。


「夢じゃなくて本当に行きたいよぅ〜」


ボスン、とベッドに倒れこむと、
天井の一点を見つめた。

前回、ゴールの3メートル手前。
何故思ったとおり動かないのか、もっと速く走れないのか、
自分の足を呪いたくなった。
もう少しだけでも速く走れれば、
抜けた…のに。
気が付くと、ゴールのラインは超えていて。
自分の胸は、横に走るものの斜め後ろで。

「ああ〜悔しい〜!!!」

そのころのことを思い出し浸っているに、
雷が落ちた。

「いいから早くしなさい!!」
「はいぃ!」

ぶつくさ言いながら、は着替えた。
どうせ夢でなんだったら、
全国大会の自分を見たかったなーとか。

「ま、現実で叶えるから良いんだけどね!」

そう振り切ると、
は鏡の前で笑顔を一つ作り、部屋を後にした。

現実での夏季大会は、これから。
あと2ヶ月ほど後のことだ。
それまでに、練習を積んでもっと強くならなければならない。

階段を下りながら、
は自分に復唱した。
監督の、口癖でもある言葉だ。

「そのためには、ひとぉーつ!自分の力を信じること。
 ふたぁーつ!常に自分の体の健康に気をつけること。
 みぃーっつ!練習は休まず熱心に取り組むこと…ん?」

玄関の時計を、見た。

「……遅刻だぁっ!!」
「だから早くしなさいって言ってるのに!」
「あわわわ…」

は素早く洗顔を終えると、
朝食を全て口に詰め込み、家を出発した。

「ひっへひは〜ふ!」
「ちょっと、ちゃんと飲み込んでから行きなさいよ!!」

そんな母の声を後ろに、
は玄関を飛び出した。


「…ったく。困った子だね。
 ま、健康なのは何よりだけどね。部活にも熱心だし」

が居なくなった後、
母はそんなこと呟いていた。



もちろん、はそんなこと知る由も無い。




「うぉぉぉぉ!遅れるぅぅぅ!!!」

朝のまだ早い時間、
通りの人通りは少ない。
大声を出しても、誰にも白い目で見られる心配はない。
とはいえ、まあ近所迷惑ではあるが…。

しかしさすが陸上部期待のエースとでも言うべきか、
速かった。
家から学校までの2km以上ある距離を、
7分掛からず走ってしまうのだから、
驚きである。(それも荷物を背負って)



「ギリギリセー…フ?」

学校のグラウンドに少し息を切らして
登場した
辺りを見渡すと…。

「どこがギリギリセーフだ」
「あ、監督…あはv」

もう既に、他の部員は練習に励んでいたのだった。

「お前も早く始めろ!」
「はい!すんませぇ〜ん!!」

部室で素早く着替えると、はグラウンドに飛び出し
皆に合流した。
…といっても、どんどん抜かしていってしまうのだが。
今はフリーランニングといって、
自分のペースでとにかく15分間走り続けるというものである。
陸上部はアップとして毎日必ずこれをやる。

早朝の澄んでいる空気の中走るのは、
最高に心地が良かった。
風を切り、は走った。

なんだか今日は調子が良い、
そんな気がしていた。

「少し…ペース上げてみようかな、いつもより」

全国のことも見据え、
は自分の足を速めた。

流れるように後ろへ過ぎていく景色。
いつに無く軽い足取り。
良いリズムで弾む呼吸……。

「(…ん?)」

走ってる最中、は一瞬足を止めた。


「(……今…?)」


「な〜にやってんの!」
「およ」

後ろから追い付かれた親友のに、
声を掛けられた。

「フリーランニングの最中だよ?
 止まると監督にどやされることぐらい分かってるでしょが」
「あ、うんうん」

の歩調に合わせて、
はまた走り始めた。

少しの間、二人は話しながら走った。

「やっぱさ、は次の大会全国狙うんでしょ?」
「もっちろん!一年の頃から夢見てたことが遂に!だよ」
「いや、まだ達成して無いでしょ」

走りながらも、二人はど付き合っていた。
一年の頃からずっと同じ部活で過ごしてきた、
クラスの友達より深い絆がある。

「あ、それが聞いてよ〜今日の朝さぁ、
 夢で全国行ってきちゃったよー!」
「マジで!?どんなだった?」
「それがいいところで起こされちゃって…」
「あはは、らしい」

らしい、と言われ、
どういう意味だろう…と一瞬悩んだが、
気にしないことにしてに訊き返した。

「そういうは、今回の目標は?」
「う〜ん。そうだなぁ〜。やっぱ最後の大会だし?
 都のベスト8に入りたいなー」
「んじゃ、お互い頑張ろうね!」
「もっちろん!それで、そんなちゃんは
 こんなペースで走ってていいんですか?」

喋りながら走っていたものだから、二人のペースは
お世辞にも速いと言えるものではなかった。
現に、既に五人以上に抜かれている。

しかし、は笑顔を少し濁した。

「ん。ちょっと今日はこんぐらいで走る」
「そぉ?んじゃ、おっ先〜」
「はいはい」

が自分より前を走り出して、
は胸に手を当てた。

「(さっきの……?ううん、気のせいだよね)」

は一回上にトンと軽く跳ぶと、
また、足を速めだした。

「やっぱり先行くね〜!」
「あ、何それー!!」

前方を進んでいたを楽々抜かすと、
そのまま残りの時間走り続けた。

その後の部活は、いつも通り、
特に何も無く終わった。
…かに見えたが、
にはいつもの明るい笑顔が無く、
地面の一点を見つめて
思い詰めたような表情をしていた。

気付いたものは、誰もいなかったが。



   **



「秀ちゃん」


学校の授業も終え、掃除などでざわついている廊下から、
は隣のクラスの大石に声を掛けた。

一応、この二人は付き合っている。
きっかけは、大石の告白だったとか。
去年、二人は同じクラスだった。
は大石のことを友達としか見ていなかったが、
告白されてからは大石のことを男として意識するようになり
今ではラブラブカップルである。


「ね、今日部活ある?」
「いや、今日は先生の都合で休み」

教室の中に顔だけを覗かせて尋ねてくるに、
大石は答えた。
それに対して、はくりんとした目を輝かせて言った。

「やっぱりね!手塚君がそんなこと言ってたからそうだと思ったんだ!
 でさ、一緒に帰ろっ」
こそ、部活は無いのか」
「うん…今日はちょっと…ね」
「…どうかしたのか?あんまり無理はするなよ」
「ううん!ダイジョブダイジョブ!!」
「…それなら、いいけど」

は笑顔を見せた。
大石も軽く微笑み返した。

二人楽しく喋りながら歩く道は、
短い距離に感じられた。
分かれ道で手を振ると、二人は別の方向へ歩き始めた。

暫く歩いて後ろにもう大石が見えなくなったのを確認すると、
は少し小走りになった。
しかし、直ぐに止まると大きく息を吸った。
そしてそれをゆっくりと吐きながら、空を見上げた。


「(これは…何……?)」





   ***




「おい、はどうした」
「…さあ?知りません」
「ったく、昨日に続けて何なんだ…」

次の日、は部活をまた休んでいた。

あのが休むなんて…と、
部員の中でも小さく囁かれた。


……それだけではなかった。
は、その後ずっと部活を休み続けていた。
朝練も、放課後も、週に一度の昼練も。
どれにも、参加していなかった。

もうすぐ大会のメンバー決めなのに、
と少しは気にしつつも、
部員は自分の練習に励んだ。




   ***




―大会のメンバー決めの日。


日曜日、学校のない日に他の部員のいない校庭で、
時間を掛けてタイムや記録を測定する。

の姿は、そこにあった。

「おっはよ〜ございますっ!」
「あ、!!!」

朝、前のような笑顔で部活開始時間にギリギリで飛び込んでくると、
先生にこっ酷く叱られていた。
もっと早く来い、何で今まで休んでた、などと先生の喝が飛ぶ。
は、すんませ〜んと言い残すと、部室へ逃げるように飛び込んだ。


フリーランニングの時間、
は妙なほどにゆっくり走っていた。
いつもはどんどん人を抜かしていくというのに、
今日ばかりはどんどん抜かれていた。

久しぶりだから慣らしてるんじゃない、
記録取るときはもっと速く走るよ、
などと他の部員が噂していた。
は、唯ひたすら地面を見つめて走り続けた。



陸上部は、広い。
の種目中距離走以外にも、短距離、長距離、
高跳び、幅跳び…など、沢山の種目がある。

自分の種目ではないものの測定が行われている時は、
皆最終調整をするべく
フォームの確認をする人や、
校庭の隅で走るものなどがいる。

しかし、は、
水飲み場の前で座り込み、
ぼーっと他の種目に取り組むものたちを見るだけだった。





「それでは、これから800m女子のタイムの測定を開始する」


先生の声が響き、
は立ち上がった。
校庭に引かれた線の後ろに立つと、
ふーと息を吐きながら、
いつもの癖で足元の土を靴で払った。
深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着けるに、
は後ろから話し掛けた。


「…
「あんた、大丈夫なの?今日の朝もあんなゆっくりだったじゃない」
「……次は本気出すよ」
「ま、確かにあんたが本気出したら、
 この部の中の誰も敵わないもんね」

はそう言って苦笑すると、
自分の頬をぱちんと叩いた。
それを見て、はもう一つ深呼吸をすると眼つきを変えた。


「(そうだ。あたしも…気合入れなきゃ!)」


「位置について!」
「――」

『ピーッ!』


ホイッスルが鳴り、一箇所に固まっていた部員が散らばり出す。
それぞれのペースを守りながら、
200mある校庭のグラウンドを4周する。

一周目が終える頃には、
大抵人は散らばり、自分の定位置に着く。
やはり、何だかんだいっても人それぞれのポテンシャルは違って。
自然と、走る順序は毎回同じになる。
記録会というようなこの特殊な場で、
ペースが崩れるものもたまにはいるが…。
しかし、さすが3年というべきか。
気合が空回りしている下の学年のものに比べると、
比較的落ち着いた安定した走りを見せている。

一人を除いては。

……だった。
いつもは先頭をきって走っているが、
今日は、最後尾を走っていた。
その瞬間だけを見た部員は、
もう一周抜かししてしまうのかと勘違いしていた。

、どうした!自分のペースを見つけろ!」
「っ……」

先生はストップウォッチを片手に叫んでいた。
しかし、の足が速まることはなくて。
先頭を走っていたがゴールした半周後、
やっとラスト一周に突入した。

ゴールした部員に、どよめきが起こった。
いつもは当たり前のように先頭を走るが、
足を引きずるようにして走っている。
足取りはひたすら重く、
顔にも全く余裕というものが感じられず、
歯を食いしばり、大量に汗を流していた。

最終的にはゴールしたものの、
結果は散々。
タイムどころか、完走すら危ういものだったのだから。

「……」

ストップウォッチを見た先生は、
いい表情をしなかった。
そこに表された数字は、
の平均タイムの約二倍だった。



昼休み。
いつもはと一緒に決まったベンチでお弁当を食べるだが、
今日は一人、校庭全体が見渡せる木の下にいた。
が一人で居たいのを知ってて、あえて独りにさせた。
は何も食べずに、ただボーっとしていた。

「……」

その時、自分の体に影が掛かっているのに気付いて、
は顔を上げた。
そこに居たのは…。

「監督…」
、どうしたんだ。今日の走りは」
「………」

は答えることが出来ず、下を向き俯いた。
そのを見て、先生は溜め息を吐いてから言った。

「最近練習に出ていなかったから。その結果だ」
「…………」
「…もう一回、やるか?」
「ハイ!」

は、強い眼光で先生を見上げた。
そして、ゆっくりと立ち上がると、
スタートラインへ歩を進めた。

またいつものように足元の砂を靴でならすと、
胸に手を当て深呼吸をした。



「位置について!」
「――」

『ピー!』


は顔付きを変えると、
いつものように軽快な走りを始めた…かのように見える。
足取りは軽かった、少なくとも先程よりは。
しかし…表情が明らかに苦痛に歪んでいる。
歯を食い縛りながら走っていた。

「よし!そのペースだ!そのペースで4周走りきれ!」
「っ――」

先生の声がグラウンドに響く。
はひたすら走った。
一周目通過タイムは、
好調時のタイムとなんら変わりはなかった。

しかし。
二週目に入ってすぐ、突然ペースが激減した。
歩いているような、走り。

!?どうしたんだ!!」
「……っ」



「(……だって)」


ドクン。


「(最近、激しい運動すると)」


ドクンドクン。



「(息が―――――…)」




 『 ド ク ン 』




!」
っ!?」

は、胸を抱え込むようにして地面に倒れた。
先生やたちが走り寄ったが、意識はなかった。





   **




『ガタガタ…』


「(………ん?地震………?!)」

「あ、たし…?」
!」
「……秀ちゃん」
、目が覚めたか!」
「先生……」

は、今自分がいるのが救急車の中だということに気付いた。
なにやら、鼻には管が繋がれている。

「あたし…どうしたんだっけ?」
「部活中に倒れたんだろ?呼吸困難だって。聞かされたときは驚いたぞ。
 テニス部のことはみんな手塚に任せて抜けてきちゃったよ」
「ごめん……」
「いや、が謝ることはないよ。俺が勝手に来たんだから」
「そっか…」

は頭があまり働いていないのか、
ぼーっと救急車の天井を見ていた。

、本当にごめんな。倒れるほど体調悪かったのに、
 気付いてやれなくて…」
「いえ…あたしも無理しすぎでした…」
「………」

重い空気の中、救急車は病院に到着した。
はそのまま診断室に運び込まれ、
体の様子を診察された。

は、結果がでる前に入院が決定した。
個人部屋だった。
それは、体調が良くないということを表しているのだろうか…。

次の日に出た診察結果、
肺に、異常な影。
健康な体では、有り得ないことである。


その診断を聞かされた後のこと。
は病室のベッドに座り、
大石はベッドの横の椅子に座っていた。

「秀ちゃん…」
「ん?」
「あたしの体って…そんなに悪い状態なの?」
「……恐らく、な」
「そっか…」

は悲しげに俯いた。
大石は、を抱き締めた。

…大丈夫だよ。
 手術すれば、また元のように戻れるから…」
「うん…そうだね」
「…手術する勇気、ある?」
「覚悟は、出来てる」
「そう……」

よく、手術を説得するのにてこずる患者もいるらしいが、
は腹を括っていた。
大石は、それがいいことのような、
でも不安のような気がした。

すると、そのとき部屋に医師が入ってきた。

「あ〜…えっと、彼氏くんだけ、いいかな」
「あ、僕ですか」
「そうだ。他に誰がいる」
「そうですね…それじゃ、
「うん」

軽く目で合図をすると、
大石は医師と一緒に部屋を出た。


大石は、いろいろなレントゲン写真が
貼られている場所に連れて行かれた。
医師は、その中から一つのレントゲン写真を取り出すと
電光板に貼り付けた。

「これが…あの子の、肺のレントゲンだ」
「こ、これが…!?」

大石は肝を潰された。
何しろ、その写真の肺には、
どこと言われなくてもはっきり分かるような
大きくて黒い影が映っていたのだから。

「はっきりいって、非常にまずい状態だ」
「それって…どれくらい」
「……そうだな。持って3ヶ月かな」
「!」

大石は自分の耳を疑った。
しかし、確かに聞いたのだ。

「そんな、に…?」
「ああ…あまりに酷い場合、手術しようにも手を付けようがない場合があってな」
「……」

大石は、もう言葉を失った。
頭に巨大な岩を投げつけられたような感覚がした。
意識が朦朧として、頭がぐわんぐわんいった。
地面の一点を見つめていると、
自分が立っているのか座っているのか、
起きているのか寝ているのかさえ分からなくなった。

「辛いだろうが、これが事実だ…」

医師の言葉で、大石は目を覚ました。
今度は、食って掛かるような勢いで医師に質問した。

「なんとか…何とかならないんですか!?
 方法は一つもないんですか!?
 がこのままで死んでしまうなら…
 俺は自分の肺をにあげます!それでも助かりませんか!?」
「残念だけど、生きているものの肺を他の人にあげることは、
 今のところ出来ない…。それに、他の人の臓器は普通拒絶反応を起こして
 体が受け入れようとしないから…」
「そう…ですか……」

大石は絶望に打ちひしがれた。
目の前に闇が広がった。

すると、医師が話を始めたので、
顔をそちらに向けた。

「……一つ」
「――」
「一つ、可能性があるとしたら…あの子の、生命力が起こす奇跡だけだ」
「奇跡…」
「でも、逆にいうと…奇跡にかけなければならないほど、追い込まれている…」
「……」
「まだ、あの子に直接いうのは、辛すぎると思う。
 隠しているわけにも、いかないけどな」
「はい…」

大石はフラフラとした足取りでその部屋を後にして、
の部屋に戻ろうとした。
しかし、の顔を見るのが怖くなって、
ドアノブを捻ることが出来なかった。

「――っ…」

固まっていると、ドアがガチャッと開いた。

「!」
「…秀ちゃん、何してるのこんなところで」
「いや、今丁度入ろうとしたところ…」
「そ。あたし、ちょっとトイレ行ってくるね」
「ああ…」

の無邪気な顔を見ると、
大石の心臓は締め付けられるような感触がした。


気付くと結構な時間になっていて、
大石はがトイレから帰ってくると同時に、病室を出た。

は、何か大石がそわそわしているような気がして気になったが、
無理に聞き出すのも悪いと思い黙っていた。

その夜は、の家族がドタバタと駆けつけ、
何かと落ち着かなかった。

そして、は夢を見た。




   ***





あと3m。

あと2m。

あと1m。

もう少しで…抜ける……っ!?



「苦しいっ…助けて!」


突然肺が痛み出す。

みんなに抜かれて、抜かれて。

追い付くどころか、走ることすら…。




   ***






「やぁっ!!……ぁ…」

は、ガバッと身を起こすと、
胸の部分のパジャマを手で掴んだ。

「ハァ…夢?」

嫌な汗は掻いていたが、
幸い肺の調子はどうってことないようだった。

「やっぱ精神的に響いてるのかなー…」

はそう考えながら布団に潜り直したが、
眠れそうにない。
なんだか怖くなってしまったのだ。

「やだ…よ……」

苦しいとか、痛いとか、
そんなことより…。

「走れなくなるのかな……」

それが、の一番の気掛かりだった。

目から沸いた涙が、頬を伝ってシーツに染みた。
音も立てず静かに泣いているうちに、
は自然と眠りについた。


そして、空白の朝を迎える。




   **






「あ、秀ちゃん」

大石は、毎日のことを見舞いに行った。
それだけが、の唯一の楽しみだった。
自分は今は動けないが、大石が学校のことや世間のことを色々教えてくれる。

だからといって、それで満足しているわけではない。



「それでな、今日部活のとき……?」
「秀、ちゃ……っ」

ずっと話に相槌を打っていた
その相槌が聞こえなくなって、
大石が不審に思い顔を覗き込むと…は、泣いていた。

「あたしも、いつもみたいに学校に行きたい!
 みんなに会いたい!走りたい!」
「………」

大石は何も言わず、ただ、のことをぎゅっと抱き締めた。
胸の中で聞こえる嗚咽に眉を顰めながら。


入院してから、暫く経ったとき。
病室に、思い詰めた顔をした医師がやってきた。
家族の皆も一緒に入ってきた。
は、なんだか嫌な予感がした。

陽性がどうだとか、難しい話は良く分からなかったけれど。
一つだけ、強く頭に響いた言葉。



――余命、一ヶ月。



「……え?」
「お医者様!」

の母も医師に食って掛かった。
父は只管に顔を顰めている。
弟は心配そうに姉であるの顔を見続けている。

は、医師の顔を見るでもなく、床を見るでもなく。
漠然と宙を彷徨っていた。


目から涙が出るでもなく。
悲しい気持ちになるでもなく。
唯一つ、真っ白な感情だけが心を埋めていた。
それとも、空っぽだったのかもしれない。

大泣きした家族が漸く帰った数分後、
は、表情を何一つ変えないまま頬に雫を伝わせた。
その粒は、顎から布団に零れ落ち、小さな染みを作った。

それが渇く頃には、何も無い夜になっていた。





  **




それから2週間。
大石は毎日病院に通った。
家族も前以上に頻繁に来るようになった。
部活の仲間が皆で来ることもあった。

しかし、は一度も笑顔を見せないどころか、
「うん」と「ううん」以外は言葉を発しなかった。

は、体力的よりも精神的に完全に沈み込んでいた。



余命一ヶ月の宣告を受けてから、丁度15日後。
は、久しぶりに言葉を発した。
大石が面会に来ているときのことだった。


「今日さ…」
「ん?」
「陸上部の、関東大会の日だよね…」
「……」

大石は何も言うことが出来なかった。
それは、ずっとが目指してきていたものだったのだから。

「本当はさ…この前の記録会で一位になってさ…」
……」
「都大会でも、絶対上位に入ってさ…」
…っ!」
「今日もさ、今頃スタートラインに立ってるはずなのに…」
「……っ!!」

ぽつぽつと単調に話すは、笑顔だった。
しかし、その目から涙が零れたのを確認すると、
大石は居てもたってもいられなくなり、
を強く抱き締めた。

「4位内にゴールしてさ…」
、もういいから……」
「全国への切符、手に入れる筈だったのに…」
「…っやめろ!」

大石は居た堪れなくなって、思わず叫んでいた。
しかし、言葉を止めたところで二人の涙も止まるわけでもなく。

そのまま、二人は大泣きしていた。
どれくらい長いことか分からない。
もしかしたらほんの一瞬だったのかもしれない。

しかし、時間は着実に刻一刻と過ぎていくもので。



「…いつの間に、夕陽が出てる」
「ほんとだ…」
「キレー……」

体をすっと離すと、二人は夕陽を眺めた。

その夕陽を見つめているうちに、
の中にはとある気持ちが芽生えていた。

「…走りたいな」
「!?」

その言葉には、大石は体を強張らせざるを得なかった。

、ちょっと待っ…」
「だって、どうせあと2週間しかないんでしょ!?」
「どうせとか言うな!」
「でも……だって……!」

一度止まった涙を、は再び流し始めた。

「あと100年生きたって走れないんだったら嬉しくない」
…っ」
「今すぐ死んでもいい!
 それでも良いから…走りたい!!」

の大粒の涙は、大石の心を揺るがした。
暫く思い詰めた顔をしていた大石だが、
決心したように軽く頷くと、の手を取った。

「…秀ちゃん?」
「分かったから、死んでもいいとか言うな」
「…うん」

は俯いた。
手の温かさを感じながらも、
どこかに哀愁を浮かべながら。

その時。


「走りにいこう!」

「…え?」


想像もしない、大石の言葉だった。

「ちょっと待って、秀ちゃん…」
「どうした、走りたくないのか?」
「そりゃ、走りたいに…決まってるけど……」
「じゃあ行こう」
「じゃあ行こうって!」

繋がっていた手をそのままに引いて、
大石とは病室を出た。
そのまま担当の医師の部屋まで突っ込むと、
大石は何の前触れもなく突然土下座した。

「な、なんだね君たちは!?」
「お願いします!この通りです!」

唐突に土下座され、訳も分からず戸惑う医師。
そこにが、柔らかく言った。

「あたしからもお願いなんです…。
 あと一回だけでも良いから…走らせてください…っ」
「………」

なにやら深刻そうな事態を飲み込んだ医師は、
一瞬眉を顰めると机の中からフォルダを漁り始めた。

「とりあえず、そこに座りなさい」

言われるがままに二つあった椅子に座る二人。
フォルダの中を見る医師の顔は、いいものとは言えなかった。

「君は、確かくんだろう?」
「あ、はい…」
「……残念だけど、この肺で走るなんて無理だよ。
 それどころか外出許可すら出すことは出来ないね」
「そんな!?」

残念なことに、医師の返事はノーだった。
しかし、ここで引くわけにはいかない。

ずっと目指していた目標。
叶えられなかった夢。

「お願いします!死んだっていいんです!」
「…え、きみ…?」
「走らないで死んだら無念で成仏も出来んわ!
 幽霊になって呪ってやる!!」
「ちょ、ちょっと待ちたまえ…」
「生霊になってやる!北枕に立ってやる!
 毎晩藁人形に釘刺してやる!」
「わ、分かったから分かったから!」
「うわあぁぁぁぁー!!!!!!」

自分が意味不明なことを言っていることにも気付かずに泣き叫ぶに、
医師もとうとう折れるしかなかった。

「…途中で発作が起きたら、彼氏君。君が責任取るんだぞ?」
「え、あ…はい。分かりました」
「…それじゃあ、今外出許可の書類を出すから…」

大石の真っ直ぐな瞳を見、医師は一枚の紙にサインをした。

「これを受け付けに出すこと。長い時間の外出はさすがに許可できないから」
「はい、ありがとうございます!」

まだ微かにしゃくり上げているの手を引き、
大石は一つ礼をして部屋を後にした。


一人部屋に残された医師は、
突然起こった驚くべき出来事にただ瞬きを繰り返すだけだった。

「本当に…外出許可なんぞ出して良かったものか…。
 …しかし、なにかあの子にはああしてやらなきゃいけなかった気がするのだ」




   ***




「わーい!久しぶりに外に出たー!」
、あんまりはしゃぎ回るなよ」
「分かってますよーぅだ」

今までになく幸せそうなに、大石も笑顔になった。
よっぽど、走りたかったんだろうな、と思うのだった。

、辛くなったらすぐに言うんだぞ」
「平気平気!さーってと、確か大会の会場はここの近くなんだよね」
「……」

浮かれまわるを優しく見守る大石だった。

一瞬だけ、昔に戻ったような気分になって二人は歩いた。
その幸せも、束の間のものだとは分かりながらも。
分かりながらも、考えないようにしていたのかもしれない。

だって、あと数週間後にはこの世に存在しないなんて、
考えられもしないのだから。



「着いた!」

そこは、大きな大きな会場。
観客席がとにかく広く、
真ん中には400mの大きなトラックがある。

「やっぱり広いなー。学校の2倍あるもんねー」
「…これて良かったか?」
「うん!」

は満面の笑みになった。
実際、ここに来れたのはとても嬉しかったのだから。

しかし、目的はそれではない。


「さぁーってと、これってフェンス越えなきゃ入れないのかなぁ?」
「……?」
「入り口に鍵とかないといいなぁ」
、ちょっと待てよ…」
「ん、なに?秀ちゃんも侵入する方法考えてよ!」
「………」

大石の嫌な予感的中。
は、本気の本気で走るつもりらしい。
この、大会があった会場で。

、本気で走るつもりなのか…」
「当たり前じゃん!何しに外出許可貰ったと思ってるの!」

の行動に、大石は一瞬立ち眩みがしたような気分になった。
まあ、こんな突飛な行動は今に始まったことではないが。
それに、そんなだからこそ好きだったりするのだから。

「とりあえず、表門に回ってみようか。入れるかもしれない」
「そうこなくっちゃ!」

漸く乗り気になった大石に、はパチンと指を鳴らした。
大石は、苦笑いしつつもどこか心が弾んでいた。


運の良いことに、門に鍵は掛かっていなかった。
二人は簡単に中に侵入することに成功した。

「へー。鍵ってかかってないんだね。確かに盗まれるものも無いけど」
「中に入って悪戯されたりしないのか…?」

いい加減な管理にいつもテニス部の管理を任されている大石としては
なんとも言いがたい気持ちだった。
しかし、まあそれが今はこっちにとっては好都合なので、
それに甘えることにした。


「ひっろーい!!」

トラックに立ったは、思わず声を張り上げた。

「いやぁ、ここは何度来ても最高だね!スカッとすらぁ!」
「…それじゃあ、やるのか?」
「うん。ちょっと待ってね」

は軽くストレッチをすると、
上にぴょんと軽く跳んだ。

「OK!」
「それじゃあ、位置について」

その瞬間、は笑顔になった。
目は凛々とし、ギラリと前を見据え。
獲物を捕らえる獣のような、そんな顔。

「よーい…」
「中距離にそれは要らないのー」
「あ、そうだったな。…位置について!」
「――」


『スタート!』


大石の声が響いた瞬間、は前に飛び出した。

地面を蹴る感触。
風を切る快感。
変わっていく視界。
弾む心。

全てが久しぶりで。
全てが幸せすぎて。

は、笑顔で走った。


しかし、まるでそれは幻想だったかのように。
走り出してほんの15秒ほど、の顔に影が映った。
それを察して、大石は後ろからのことを追った。

、大丈夫か?」
「うん、平気…だから…!」
「………」

大石は顔を曇らせた。
の癖を知っていたからだ。
大丈夫、と訊いて大丈夫、と返されれば本当に大丈夫なのだ。
大丈夫、と訊いて大丈夫大丈夫、と繰り返されれば何か隠してるときだ。
大丈夫、と訊いて平気、と答えたときは…
大抵平気じゃないのだ。

辛そうに走る
本当は、やめろといって強く抱き締めたい。
その衝動を抑えて、大石はの背中を叩いた。

「…頑張れよ」
「ん、ガンバル…っ」

明らかに息が続いていない
いつの間にか、胸に手を押し当てながら走っている。
苦しいのだろう。痛いのだろう。
それでも、はそんなこと一回も口にしないのだった。

応援の言葉を掛けながら、
大石は横を走り続けた。
走り続けたといっても…
正直歩いても変わらないようなスピードだった。
それでも、は走ったのだ。

辛いけど、辛いけど。
幸せだったから。

意識が朦朧としながらも、は走った。



「(あたし…今、走ってるんだよね?)」



「(この、大会の会場で……)」



「(周りが、妙に静かなのが寂しいけど…)」




「(でも、走ってるんだ…)」














!」


「!」



大石の声で、我に返った。
一瞬意識がトリップしていた自分に気付く。

大石は、自分の前に立っている。
あと、20mほどの位置で。
その位置とは…スタートラインだった。



「(何、あたしまたスタートするの…?)」


「(違う、もうさっきスタートした)」


「(それに、既に一回通り越したはずだ……)」






「頑張れ!」

「―――」


訳も分からないまま、は走った。
後から、はその走っていたときの記憶は残っているだろうか。
でも、確かに走ったのだ。
前なら3分とかからなかった距離。
それを20分近く掛けて走りきったのだ。

先程はスタートだった位置。
次は中間地点を示した位置。

そして今度は、フィニッシュライン。


ゴールした瞬間倒れかけそうになるを、
大石は抱き留めた。

「よく、頑張ったな…」
「秀、ちゃ…ん……」

息が有り得ないほどに荒く、
少し危険なことに大石は気付いた。
でも、何となくは笑っているような気がしたのだった。

「…楽しかった?」
「うん…気持ち良かった。……これで」

ポロリと目から涙が零れる瞬間を、大石は見た。
はそのまま喋り始める。


「これで…大きな歓声とメダルが付いたら、もっといいのにね」


大石に笑顔を向けてそう言った。
笑顔だけど、涙を零しながら。

…」
「……っ!」

大石に優しく呼ばれ、ついにの表情が崩れた。
大きく泣きながら、大石の服を掴んで。

「秀ちゃん…」
「……」
「死にたくない…ょ…」
…!」

二人は抱き合って泣いた。
とうの前に沈んだ夕陽は、
西の空を紫色に染める力さえ無くして。
いつの間にか、月が出ているのだった。

しゃくり上げ始めると胸を苦しそうにする
意識がなにやら朦朧としている気配で、
大石はを背負って病院まで急いだ。




   **



「悪化…したかもね」
「…正直、な」

結局大石はその日そのまま病院の待合室に泊まってしまった。
朝一番にの部屋へ行くと、
二人ともぼーっと宙に視線を泳がせたまま喋った。

「…でもさ」
「ん?」
「昨日、凄い幸せだった!なんか…今朝体が軽いような気がしたよ!
 秀ちゃんのお陰だ…ありがとう」
「そんな、俺は何も…」

そんなとき、例の医師が入ってきた。
二人は身が凍るような思いだったとか…。

は検査が必要だということで呼び出された。
大石は廊下で待った。


大石は心配でならなかった。
もともと、計算からすればあと2週間の命だったのだ。
それを、無理矢理肺に負担を掛けるようなことをすれば…。
あと3日とでも言われたらどうしよう、そんな気持ちだった。

しかし、気になったのはのあの元気そうな顔。
いくら走れて幸せだとはいえ…あそこまで活き活きとするものか。


「(、大丈夫かな…)」

そう考える大石の頭の中には、
「大丈夫だよ!」と笑顔で返してくるしか浮かばなかった。




どれくらい経った後だろうか。
検査室から出てきた
そのは、大石に向かった、
真っ先に、ピースサインを浮かべた。

「……?」


話を訊いてみたところ、なにやら信じられないことに、
肺の調子が良くなっていたらしい…。
完全に治った訳ではないとはいえ、
目に見て分かるほどに良くなっていたとか。

詳しい説明は難しくて分からなかったー、
と無邪気な顔で笑う
大石は嬉しい以上に、驚くしかなかった。

理由はなにやら科学では説明がつかないだとか。
二人以上に、医師の方が驚いていたのかもしれない。



それから数日後、は手術をした。
前は手術すら出来ないほどだったのに…。

見事手術は成功し、は二週間後には退院した。


大石の耳には、
手術が成功したあとに医師から聞いた言葉が強く残っていた。


『良くなった可能性…』
『え?』
『もし敢えて理由を付けるとしたら、
 あの子が作り出した、奇跡、かな』
『奇跡……』


楽しそうに笑うを、
大石は遠くから見て、同じく笑った。





   **




退院した次の日、なんとはもう既に学校へ行っていた。
らしいといえばらしいのだが、
なんと無鉄砲な…。

まあ、本人が幸せならばそれでいいのかもしれないが。

授業中は思いっきり寝てみたり、
休み時間は全クラスの友達を回ってみたり。
部活に顔を出しては、
の持っていた都大会8位のメダルを羨んでみたり。

とにかく、幸せ一杯なだった。

体育の授業を見学しているときだけは、
どこか寂しそうだったが。
治ったとはいえ、一度手術をしたものとしては、
まず日常生活になれることから始めなくてはいけないらしい。
月に一度の通院も義務付けられている。


3度目の通院のとき。
医師に、もう完全に大丈夫だといわれた。
もうなにか起こらない限り病院にくる必要もないと。
突然激しい運動をするのではなく、
徐々に慣らしていくこと、それだけ言われた。







そのことを翌日の学校で報告された大石。
授業が終わると、隣の教室まで迎えに言った。

しかし、どこにも居ない。
クラスメイトに訊いてみると、
「なんか、行きたいところがあるって
 凄い勢いで走って帰ってったよね」とのこと。

まだ激しい運動は規制されてるのにな。
と苦笑しながらも、らしいなと思いつつ大石はとある場所へ向かった。




全国大会の、会場。


電車で30分ほどの位置にあるそこ。
そこには、やはりの姿があった。


!」
「あ、秀ちゃん」
「やっぱりここに居た」
「へへ、ごめん一人で勝手に来て」

フェンスに捕まってトラックを見詰める

「あーあ。あたしも走りたかったなぁ」
「…残念だったな」
「ホントだよ!今度こそは絶対だと思ってたのにぃー」

がしゃがしゃとフェンスを揺する
こらこら、と大石はその手を止めた。


「…でもさ」
「ん?」
「まだ、終わりじゃないから」
「……うん」
「これからもさ、続くんだ」

爽やかな風が、一つ吹き抜けた。
は、にっこりと笑った。


「あたし、また走り出すよ!」


言うと、は実際に大地を蹴った。
どこへ向かうでもなく、
ただ走る快感に身を焦がした。

まだ思いっきり走ることは出来ないけれど。
それでも、走ることが大好きだから。


楽しそうに走るの後を、大石は追った。



――吸い込まれそうな青い空を見上げながら、二人は走った。

  どこまでも、どこまでも……。






















あー長かった。
何年掛かったことか。(ぇ
とにかく完成して良かった×2。
これ、自分がマラソンしてるときに考えたネタ。(笑)

なんだか大石の存在より主人公の夢を重視にしてしまったね。
ドリームじゃないじゃん。笑。(いや、同じ夢だ!/どこが)

これにはイメージソングがあったりします。
題名で気付く人は気付くかも。
私の一番好きな歌です。名付けて永遠のドリームソング。(ぇ

色々と矛盾があるかもしれませんが、流してください。(オイ)
とにかく、ハッピーエンドってことでね、はい。
本当は死んじゃったほうがスッキリしたんだけど(コラ)、
ちょっと我が家、死にネタ多いかな…と思って生かした。(そんな…)

『翼になって(裏)』と、パラレルの位置にいるかもしれない。


2003/04/13