* 恋愛方程式 *












「これだけは負けられない…」


妙に意気込んでいる私。

いつもの自分の席に座り、チャイムが鳴るのを待つ。


これからは、数学の単元テスト。

これだけは、絶対に誰にも負けられない。



自分で言うのもなんだけど、

私は結構勉強は得意なほうだと思う。

昔からそこまで必死に勉強しなくともそれなりの点は取れたし、

結構頑張って勉強したときには学年10位内なんてこともあった。


 し か し 。



「(あの人にはな〜…)」


心の中で、ぽーっととある人物を想像してみた。

優しくて、でも少し意地悪なところがあって。

スポーツが出来て、そのくせに勉強も出来る人。

何を隠そう、私の想い人でもあるのだけれど。


その人…不二周助だけには、

何をとっても勝れない。


人望、容姿、運動神経、頭脳。

全てにおいて負けているのだ。

これは認めざるを得ない。


だけど、これだけは認められない…!


 数学。


これだけは、負けられないのです…。



昔から私の得意分野で。

小学校はずっと二重丸、中学校ではオール5。

せめてこの教科だけでも、この人には勝ちたいと思う。


「(現に、今までの勝負はほとんど私の勝ちだしね〜)」


別に、勝負すると決めたわけじゃないけれど。

点数を見せ合っては1点低いだの2点高いだの、

そんなギリギリの戦いをしてきたのだ。


今日も、負けないもんねー。


そう意気込んでたとき、教室に入ってきたのはいつもと違う先生。


「あれ、竜崎先生は…」

「今日は都合があっていらっしゃらないので」


そんな訳で、違う先生が来た。

まあ、生徒がテストをやってるのを見張ってるだけだから

誰でも関係無いのだけれど。


そこでチャイムが鳴り、生徒が皆教室に入ってくる。

席を適当に、探し座っていく。

先生が違うのを良いことに。

私はいつもの慣れてる席が落ち着くから好きなんだけど。


 「じゃ、僕はここに座ろうかな」


 「   」





 ―― こ の 声 は ?



「やあ」


出たあぁぁぁぁ!


そうです。

私の隣に座ってきたやつこそ


不二周助だったのです。



 う わ あ 。



ちょ、ちょっと待って下さいよ。

大変なことが起こりましたよ。

私の隣に、ネクストツーミーに、

不二周助君が座ってますよ!?

これは…私の記憶の中では初めてなんですけど。

どうしようったらどうしよう!!!


そんなどぎまぎしているうちにプリントは配られた。

必死に気を落ち着かせながら名前を書く。

でも、どうしても左隣の席で動く鉛筆の音が気になってしまう。


どうしようもないんだけどどうしよう!!!


自分の心臓がドキドキいってるのが分かる。

いつも張り合ってはいたけど、隣の席なんて初めてだし。

しかも突然向こうから座ってきたりするし。


 集中力散漫。


私の心臓がドキドキいってるの、聞こえてないよね?

顔が微かに赤くなってるの、見られてないよね?

手がちょっとだけ震えてるの、気付かれてないよね?


 集中力皆無。



「(方程式なんて解いてられるか〜!!)」


と、叫びたくなる気持ちを抑えて。

負けられないと意気込んでいた自分を思い出す。 

とりあえず一通りの問題を解き終えて見直しをすると、

3つに1つは間違いだったりして。

それとも見直しした後に書き直した答えが間違ってるの?

それを判断する力さえ欠けている。


でもとりあえず全部解き終える。

ふわふわとした気持ちのまま。

すると先生の声。


「裏にボーナス問題があるから余裕のある人はやってみろ」


言われて、裏に問題があったことに気付く。

やばい×2。

さあ、ちょちょいと解いてしまおうかな。


すると、隣でカタンと鉛筆を下ろす音。

何、もう終わっちゃったの。

いや、関係ない×2。

さあ、私も本気出すわよ!


「………」


って、なんなんですか、この人……。


自分がテスト終わったのを言いことに、

こっちのほうをじーっと見てきてるのが分かるんですけど。


なに、作戦!?

私の集中力を削ろうっていう…。

その手には引っ掛かるまい…

と言いたいけど現に集中力ぶっちんしてるわよ!

ちょっと待ってよ、応用とはいえたかが二次方程式…。

こんなの、いつもだったら簡単に解けるのに…。


「それじゃ、プリント集めるぞー」

「あ」


結局解けないまま、終わっちゃいました……。

うわー、憎いー…。


ぼへーと机に伏せる私。

その間にもテストは回収されていく。

集め終わった先生は言った。


「ふーむ。どうやらボーナス問題も解けたのは一人みたいだな」


………。

それって、もしかして…。


「さすがだな、不二」


やっぱり〜〜…っ!


「今回は、僕の勝ちかな」

「っ!」


確かに…。

悔しいけど、悔しいけど。

どうやら貴方に完敗のようです。



   **



「あ〜悔しい!」

「あんたが数学で解けない問題があるなんてね」

「あ〜もう!!」


列を先頭きって歩いていた私。

悔しさを口に出しながら。

でも、一番前を歩いていたから、

誰も私の顔は見れていないと思うんだ。



悔しい悔しいなんて叫びながら。

満面の笑みだったことなんて。

誰も、気付いていないと思うんだ。



自分でも不思議なんだけれど。

やっぱり、貴方には勝てないなって。

悔しくて悔しくて、嬉しくなってしまった。


分からない、ワカラナイ。

さっきのテストより、難しい。


私の気持ち、貴方のキモチ。

いくら考えても、分かりはしない。



 恋という物には

 数学なんかより難しい

 方程式が存在するようです。























悔しさのあまりに笑顔になったのはきっと初めてです。


2003/04/11