* フェンスの向こう *
「ねぇ、3年の橘先輩ってカッコいいと思わない?」
「――」
全ては、友人に言われた一言から。
好きな人について楽しそうに語る友人を見て。
私の好きな人って、誰だろう。
「という訳で、今日テニス部の見学に行こ!」
「うん。……は?」
「今うんって言ったね、決定ー!」
「え、ちょっと待ってよ!!」
ぼーっとしているうちに、いつの間にか事態は進んでいて。
…ま、いっか。暇だし。
それより、どこかに素敵な恋は転がってないものかねぇ…。
そんな簡単に見つかるものでもないか、はぁ。
「…これが、噂のテニス部?」
「で、でも凄く強いんだってよ!」
そこにあったのは、狭いコート。
活動しているのは、たった7人。
「ホラ見て見てっ!先輩カッコいいー!!」
「あーはいはい」
一人で盛り上がる友人に軽く相槌を打つ。
しかし、自分は別にその人に興味がある訳でもなく…。
私の好きな人って、誰だろー……。
ま、無理に作るものでもないと思うけど。
「あ、これからダブルスの練習だって。橘先輩見れないじゃーん」
その声を聞いてコートに視線を戻すと、
反面に二人ずつ散らばって、何やら緊迫なムード。
何やらミニゲームをやるらしい。
そうしたら、何やらクラスの男子が目に入って。
確か内村…京介とかいったかな?
フルネームなんて覚えていもしないし。
でも、同じクラスだし。
なんとなーく気に掛けてみた。
そう、なんとなくだったのに。
「―――」
いつの間にか、心奪われてた。
その真剣な眼差しに。
前を見据える眼光に。
気付けば、捕らわれて動けなくなっていた。
クラスの平凡な男子のうちの一人でしかないと思ってた。
無意味なほどに生意気で、愛想がなくて。
そのくせに、人のことはいつも馬鹿にしてくるし。
どちらかというと、嫌なやつだと思ってた。
嫌なやつだと思ってたのに。
フェンスを挟んで向こう側。
たったそれだけの距離なのに、
随分遠くに感じてしまう。
そう感じさせるのは、真っ直ぐな視線。
「あーあ、なんか退屈だし、帰ろっか」
「え、あ…うん」
自分のはっきりとしない気持ちを他所に、
私はフェンスに背を向けた。
でも、一つだけ分かる。
嫌なヤツだと思ってたのに。
嫌なヤツだと思ってたけど。
嫌いって訳じゃ、ないみたい。
――フェンスの向こうからは、ボールを打ち合う音が聞こえる。
私はどうも紳士的行動と真っ直ぐな視線に弱いらしい。
(実際はバンドだったけど、これがどうも第二波だったようだ)
2003/04/07