――高校へはエスカレーター式で進学できる青学。

何か特別な理由がある人以外は、
再び同じメンバーと3年間を過ごす。

そして私は、
その“特別な理由がある人”のうちの一人。











  * 春 *

 〜spring〜












ずっと待ってたこの日。
ついに、やってきた。


「今行くぞー!!」


早退した学校の帰り、そう叫んだ。






思えば、自分がここに居ることさえとても不思議なこと。

なのにそれがいつの間にか普通になってて…。

離れて暮らすことが当たり前になってた。


片時も忘れたことはない。

シュウ?
今も元気でやってる?

これから…行くからね!


少しずつ暖かくなってきて、新芽の目立つこの季節。

爽やかな風を掴んで、野道を一気に駆け抜けた。






車の中も、バスの中も、飛行機の中も。

心だけが先走っていく。


早く帰りたい。

早く逢いたい。


しかしいくら急かしても、時間はゆっくりと進んでいく。

ゆっくり、だけど着実に。

一定のテンポで時を刻んでいく。


赤信号で止まる車は、
焦る私を落ち着かせているようにも感じた。

だって私がいくら焦ったって、何も変わりはしないんだもん。

今出来ることは、ただ、強く強く…想うだけ。


飛行機内で見た夢は、
淡白すぎて、内容は全然覚えていない。





   **





「あれ?」


気付けば飛行場。

気付けば日本。


帰ってきたんだ…という感動と同時に、
何故か勿体無いような気さえしてきた。


「うわ…着いちゃったよ」


ここまで来て何故か戸惑う私。

お母さんと一緒に飛行機を降りたのは、
もう人が疎らになっている最後尾だった。







「……ここって中国だっけ?」

「何言ってるのよ」


…ホントに何言ってるんだ、自分。

でも本気でそう思っちゃったよ。

入国手続?関税?第三出口?あ、ホントだ日本語だよ。

漢字って…見てると目が痛くなりそう…。

よく今まで暮らしてたね。

いつもいつもだと…気にならなかったのにね。





タクシーから見る繁華街。

なんだか、人はみんな忙しそうに見えた。

日本の都会は人が多いわ!
なんて田舎っぺな発言をしてみたり。




この日は、少し早めに寝た。

時差ぼけなんてなんのその。

素敵に爆睡させて頂きました。

次の日に備えて…ね。




   **




「おっ久しぶり〜!!」


待ち合わせの時間ぎりぎりに飛び込んで。

あーあ、本当は10分前にはくるはずだったのに…。
なんて自分に苦笑してみたり。

もう向こうはとっくに来てたみたいで。

私の姿を確認すると、嬉しそうに手を振った。

前と変わらないその様子。


「元気にしてたか?」

「当たり前じゃん!元気余ってるよ!」


シュウに訊かれて、満面の笑みで私は返した。

懐かしい。嬉しい。この優しい感情が大好き。


、全然変わってにゃいー!」

「五月蝿い、英二だってなんにも変わってないじゃん!」


英二と相も変わらずのど付き合いをして。

ひしひしと幸せを実感してみた。


その後、3人で街をぶらぶらした。

所々変わってるところに驚いてみながら、
変わっていない街並みに安心しながら。

たった2週間だけど、
思いっきり楽しんで素敵な思い出を作ろう!

そう決めたのでした。




   **



「それじゃ、オレはこの辺で〜」

「うん、じゃあねー」


用事があるという英二と途中でお別れした。

二人っきりになった私とシュウ。

なんだか前は当たり前だった久しぶりのことに、
顔を見合わせると照れ笑いをした。


「なんか…照れるねぇ、こういうの」

「なんか…な」


なんと初々しいカップルじゃろうて、
なんて自分で思ってしまうほどのじれったさ。

必死に話題を振り絞った結果。

結局さっきと同じことしか話せなかった。


「シュウ…全然変わってないね」

「そうかな?」


うん。変わってない、変わってない。

前より…カッコよくなったようにも…見えなくはないケド。

そんなこと言わない。なんか悔しいし。


「私も全然変わってないでしょ?」


笑ってそう言った。

そしたら、シュウの返してきた言葉。



 「…変わったよ」



その優しい笑顔に、不覚にもときめいてしまったりして。

ヤバイ…カッコいい。


「か、変わった!?どこが」

「うーん、なんていうか…女らしくなった?」

「そうかなぁ…」


自分じゃ全く変わったつもりないんだけど…そういうものなの?


「寧ろ変わってないのは俺のほうだよ」

「そんなことない!」


私は、がしっとシュウの腕にしがみ付いた。

見上げながら、無意味なほどに意気込んで私は言った。


「シュウも変わった!カッコよくなった!」

「…さっきは変わってないって言ったくせに」

「五月蝿ーい」


こんな些細なやり取りでも、
果てしないほどの幸せを感じる。

…ダイスキ。


「それからそれから、身長伸びたんだよ!」

「お、良かったな。どれくらい伸びたんだ?」


訊かれて、私は自身満面に言った。


「今152cmだよ!」

「…1cm?」

「うん。1cm伸びた」


 間。


「……ぷっ」

「あ、今笑ったな!?」

「だって…が面白すぎるから」


失礼な…。

1cmだろうが1mだろうが伸びたものは伸びたんだ!!

おチビちゃんにとっては、数ミリだろうが重要なんだぞぅ。


「…目標に、近付いたな」

「うん…。今度会うときこそは155にしてくるからね」

「楽しみにしてるよ」


そういって笑顔が重なって。

前は当たり前だった幸せが戻ってきた感じがした。


「…あ、そうだ」

「?」

「まだ言ってなかったな」


なにをだろう、と思うと、
シュウは笑顔になって言った。


「……お帰りなさい」


バックに映る太陽が眩しくて。

一つの空の下に居る幸せを感じて。

私は同じく笑顔になって、言った。


「ただいま…帰りましたっ!」


そういって飛び付いた胸の中。

忘れかけていた温もりを思い出した。


こうしていれば、他はどうでも良かった。

全身で幸せを噛み締められる瞬間。

少しの間だけど。

貴方と一緒に、この春を過ごすことが出来るのだから。



「また明日ね」

「ああ、また明日」


この“また明日”っていう言葉だって、
どうってこと無いように思えるけど、
今の私にしてみれば果てしない幸せ。

よーし、この2週間、いい思い出作るぞぉー!!











そう意気込んでいたものの、
過ごしてみると2週間なんてあっという間で。

一回転校したものの、事前に頼んであったとおり特例ということで再び転入。

懐かしい友達と一緒の日々。

買い物に行ったり、カラオケで思いっきり歌ったり。
プリクラ取ったり、家に遊びに行ったり。

楽しすぎて、時間はあっという間にすぎ。

気付けば、もう卒業式を迎えていた。



「ねぇねぇ、今日泣く予定?」

「うん。もっちろん号泣さ!!」

「嘘吐けー」

「バレた?だって中高繋がってるのに泣けるかっての」


「……」


クラスメイトの他愛ない会話を、小耳に挟んだ。

卒業式で泣くか泣かないか。

そんなしょうもない話。

それを聞いて…自分ってば大泣きするんだろうなぁとか思ってみた。

みんなはまた来年一緒だけど、
私だけ、別だから……。

そんなことを考えて、7月に転校したとき
うざったささえ感じていた校歌で泣きそうになっていた自分を思い出した。

卒業、かぁ……。




「…シュウ」

「いよいよ、だな」

「うん…」


色々蘇ってきた。

ぶかぶかの制服で入学してきた4月。

君は今体が小さいから、これからきっと伸びるよ、
なんて言われて買った二周り大き目のサイズのこれ。

結局身長は全然伸びなくて、スカートはみんなより長いし。
冬服の袖は余ったままだし。
ウエストも緩いままだったのは唯一の感激だけども。

期待と不安一杯で教室に入ってみると、
私立に入ったこともあって知ってる子は全然居なくて。

一緒に受験したは居たけど、別のクラスだったし。

知らない子ばかりの教室。

でも、気付けばみんな友達になってた。

沢山仲間が出来た。

毎日がキラキラ輝いてた。


男女構わず気兼ねなく話す私。

二年の頃、英二と仲良くなった。

本当に面白いやつで、すぐに仲良くなったね。


二年の終わり頃、その英二に誘われてテニス部を見学に行って。

そこで、シュウに一目惚れしたんだね。

三年になって同じクラスになって、本当に嬉しかった。

勢いに乗って告白して、成功して、幸せな日々が続いて。

でもドイツへの転勤が決まって。

辛いながらも笑顔でお別れした。

メールとかだけの日々が続いて。

でもまた、逢うことが出来たんだ。

たった2週間だけだけど。

もう今日卒業して、この学校とは完全にサヨナラするのだけれど。


「私…この学校が好き」

「…うん」

「この学校に入って良かった。本当に幸せ」


その分、別れが辛いのだけれど。

これは学校も人も一緒だね。

みんな大好きだから、別れるのツライ。

でも、今日で終わりなんだ。


!」

…」

「…今日でお別れだね」

「そうだね…」

「小学校から…ずっと一緒だったけど、
 中学校も同じ学校受験したけど…」


は、私の手を取りながら話をしてきた。

大好きな友達。

絶対に忘れない。

どんなに遠くたって。


は…向こうで頑張ってね!
 私はこっちで今まで通り頑張るからさ」

「うん。お互いガンバロウ!!」


そういって、ガッツポーズとピースを掲げた。


「それじゃあ、そろそろ廊下に並んでください」


担任に言われて、ぞろぞろと廊下に出る。

みんな、ぎゃいぎゃいと話を続けている。

世間では戦争が始まるとか騒いでいて、
なんだか卒業式が開会される時間と同時だとか。

ちょっと恐ろしい、でも絶対に忘れられないこの日。

幸せで、ちょっと淋しくて、そんな思い出。



『卒業生の入場です。皆さんどうぞ温かい拍手でお迎え下さい』


途端、体育館中にわっと拍手が起こって。

吹奏楽部の演奏が、大きく響いて。

前の人の頭を追って歩いていく路は、体が浮いているように感じられた。


式が始まってからも、なんだかずっと上の空で。

話は一応聴こうとするのだけれども、
耳には入っても頭まで届かない。

みんなとはきっと違う心境で過ごしている私。

もうすぐにお別れなんだ、そう思うと、
なんだか心の奥でチクリとした。


卒業生の歌。

2週間で頭に無理矢理詰め込んで覚えたこの歌。

なんで、こんなにも心に響くんだろうと疑問さえ持った。

歌っているうちに、自然と私の目は涙に溢れていた。

でも、いくら声が震えようと、音程違おうと、歌詞間違えようと、
最後まできっちり歌いきった。

中途半端で終わらせるなんて、絶対嫌だったから。


ほたるの光なんて、歌っていた記憶がほとんどないんだ。

口が動くがままに任せていたから。

きちんと練習しておいて良かったなぁと思った。


退場して体育館を背にした後、
なんともいえない味気なさだけが心に残った。

教室に帰ると、ほとんどのみんなは笑顔だった。

そんななか一人号泣してる私。

みんな、私を慰めてくれた。

中には、私と別れるのが淋しい、と個人的に泣いてくれる子まで居た。


嬉しさと淋しさ一杯で、私の卒業式は幕を閉じた。


学校から出た後も、みんな暫く写真取ったりとかで大騒ぎ。


クラスメイト。

部活の後輩。

友達の友達。


気付けば広がっていた仲間の輪に、
私って幸せ者だなぁとか思った。


!」

「あ、英二」


人の波を掻き分け、どこからか英二がやってきた。


「卒業しちったねぇ〜」

「ねぇ〜」


そんなロマンも捻りもないセリフに、
そのまま相槌を打っている自分。

全く。英二も英二だけどね。


「どこへ行っても…忘れるなよ!」

「おうよ。ボール大切に取ってあるよん♪」

「へへっ。ありがとサンバ〜」

「何それ」

「ナイショ」


突然不審な歌を歌いだす英二に、
いつまでも英二は英二だなぁとか思ってみたりして。

それでも、今日の英二の笑顔は少し淋しそうに見えるのは、
私がそういう目で見ているからなの?


…」

「なに?」

「オレ、のこと大好きだからな!」


言われて、私は笑顔で返した。


「私も英二のこと、大好きだよ」

「ん…」


でも、私がそう伝えたときの英二の笑顔は、
何かを隠しているかのように見えた。

…なんだろう。

私と離れることに淋しさ感じてくれてるからかな?

きっと、そうだ。


「向こう行っても、ずっと友達だから」

「そうだね、ずっと友達。いつまで経っても…
 何処へいっても親友だい!」


それを振り切るかのように、英二は笑って言った。

そうそう、笑顔であってこそ英二なんだから。

その笑顔に、私はなんどもパワーを貰ったんだから。

…ありがとう、英二。



、元気でね!」

「帰ってきたら教えてねー」


クラスのみんなと別れを惜しみつつ、
そこでサヨナラしました。

学校にも、別れを告げて。


三年間、ありがとう。






   **





卒業式を終えた、翌日。

いよいよ2週間の最後の日。

明日には飛行機に乗って帰るんだ。

あっという間だったな…。


この日、私はと街へ出た。

カラオケ行ったり、買い物したり。

とっても楽しかったよ。ありがとう。

また、絶対会おうね。


そんな最後の思い出作り。

家に着いたら、5時50分。


そういえば、買い物の途中シュウに遇っちゃって。

凄くビックリしたよ。

ちょっと運命感じてみた、なんてね。

その時、約束した。

6時に、会おうねって。

約束の時間まで、あと10分。

急いで準備して、出掛けた。


自転車を漕ぎながら、なんだか泣きそうになった。


再会と同時に、別れが沢山ある2週間だったなって。

もう涙が足りなくなっちゃうよ。

シュウとの別れ。

もっと泣くかな、と思いつつ約束の場所へ。



「ごめん!ちょっと遅れちゃった!」


私が約束の場所についたのは、約束の6時の4分後。

遅れちゃったのに、シュウは笑顔だった。

待ち合わせには絶対遅れないシュウ。

もう結構待ってくれてたのかもしれない。

そんな申し訳なさも感じながら、
それ以上に別れが悲しくて。

でも、笑顔は出来たと思うんだ。


「ねぇシュウ、行きたいところがあるの」

「ん、分かった」


足並みを揃えて歩き出した。

なんとなく、8ヶ月前のあの光景を思い出した。

その時、丁度シュウの一言。




「う?」

「向かってる場所って、やっぱり…」

「あはは、言わずもがなってか?」


そう。

私達が向かっているのは、あの公園。


「やっぱり、ここしかないよね」

「だろうな」


何を相談するでもなく、私達はブランコに乗った。

ゆっくりと漕ぐ。

涼しい風が、心地好く頬を掠めていく。

こんな優しい時間が好きだ。

上を見上げると、星が見えた。


「シュウ、見て。星がキレイ…」

「ほんとだな」

「…8ヶ月前、丁度同じぐらいの時間にここに来たときは、
 夕陽が見えたのにね。やっぱり冬は日が落ちるのが早いね」

「何言ってるんだ」

「――」


私の言葉に切り込むように否定の言葉を出したシュウ。

そんなことを言われるとは思わなかった私は驚いた。

シュウの顔を振り返ってみた。

そうしたら、別に怒ってる表情でもなんでもなくて。

寧ろ、笑っていた。

優しい笑顔だった。


「冬じゃないよ」

「……」


シュウは、立ち上がると私の前に立って言った。


 「もう、春だ」


そう言ったときのシュウの表情は、
笑顔だったんだけど、どこか淋しそうで。

シュウの言葉を聞き終えると同時、
私は胸の中に飛び込んでいた。



 春。

 そうだ、春なんだ。


 まだ寒い日はあるけれど。

 まだ桜は咲いていないけれど。


 少しずつ温かくなっているから。

 所々に花の色が見えるから。




「明日、お別れだよ」

「そうだな」

「淋しいね」

「…そうだな」


淋しい。

確かに淋しい。

でも、それを素直に打ち明けられるようになった分、
私は寧ろ強くなったんだと思う。


「…手紙書いてきた」

「お、本当か」

「ハイ」


体を離すと、私は鞄から一枚の手紙を取り出した。

シュウはブランコに座って読み始めた。

私はその横で、ブランコを漕ぎ始めた。

なんだかすぐ横で手紙を読まれるのは少し恥ずかしくって、
くすぐったい感じを誤魔化すために勢いを付けて漕いだ。

勢いを付けて漕いだブランコは、

高く。


高く――…。



「…ははっ」

「ほぇ、どうして笑ってるのさ!?」


横から笑い声が聞こえて、私は足でブランコを止めた。

すると、シュウはこっちを向いて、笑いながら言った。


「大丈夫大丈夫。身長が2mになろうが、のことは大好きだから」


言われて、自分がかなりアホらしい内容の手紙を
書いていたことを思い出した。

最後なのに、自分ってデリカシーないな、
とか苦笑しながら。

一応真面目に書いたはずだったのに
なんでギャグになってんだろうとか、
自分の性格を疑ってみながら。

今度は立ち乗りにして漕いだ。

何もかも風に飛ばしてもらおうと思って、
思いきり、思いっきり漕いだ。


「ありがとう」


読み終わったらしいシュウは、
手紙を折り畳みながら言った。


「約束、守ってね」

「当たり前だろう」


その約束、というのは。

手紙の中に込められたメッセージ。


帰ってきたら絶対会おうねって。


例え私が身長2mになってようが。

どんなに変わってようが。

喧嘩中だろうが。

お互いのことが嫌いになろうが。


どんな関係であれ、絶対に会おうねって約束した。



「私のこと嫌いになってもだよ?」

「それは有り得ないから大丈夫」

「良かった」


ブランコの上でしたキスは、ちょっと切ない味がして。

ここで初めてキスした頃のことを、思い出させてくれた。


「手紙、大切にとっておくよ。貯金箱に入れて」

「ありがと。…って貯金箱?」

「ああ。これなら絶対なくならないだろう?」


笑顔でそう言った。

なんか、シュウらしいななんて、私まで釣られて笑ってしまった。



「…それじゃ、そろそろ帰ろうっか?」

「そうだな、遅くなってきたし」

「実はまだ荷物詰めてないんだよね」

「大丈夫なのか?」

「だいじょぶだいじょぶ!」


そう言ってブランコから立ち上がったとき、
とあることを思い出した。


「ぉあ!シュウ、ストーップ!!」

「どうした、突然?」


突然声を張り上げると、シュウは不思議そうな表情をした。

それを尻目に、私は鞄からカメラを取り出した。


「じゃじゃーん」

「お、カメラ?」

「うん。写真撮ろー」


そういえば、この場所には色々とお世話になったけど、
写真を撮るのは初めてだってことに気付いた。


「ここの公園人気少ないからなー。自分で取るしかないね」

「そうだな」

「それじゃ、寄って寄って」


腕を思い切り伸ばして、顔を寄せて。



 「ハイ、チーズ!」



最後に取った記念の写真は、明るい笑顔で映っていた。

それが分かるのは、後からのことだけれど。


「それじゃ、帰るか」

「うー、なんか帰るの嫌になっちゃった!」

「荷物詰めるんじゃないのか?」

「めんどくさーい」

「コラコラ」


言いながら、私は再びブランコを漕ぎ始めた。

いつ来ても、ここは居心地が良くて、
ずっと居たくなっちゃうんだよね。

別れがどうとか関係なしに。



「この2週間、楽しかった!」

「それは良かったな」

「うん。皆には会えたし、学校には来れたし、
 遠足にも行けたし、卒業式には出れたし!」


思いっきりブランコを漕いでる私。

その風圧の中で、シュウまでちゃんと伝わるように、
大きな声で投げかけた。


「でも、シュウと一緒に居るときが一番楽しかった!!」


思い切り漕いだブランコは、中に大きな弧を描いて揺れる。

一瞬空に吸い込まれそうになって、
直後に地面にぶつかりそうになって。

また空に浮き上がって、
地面に突っ込んで。

そのなんともいえない爽快感に浸っていた。

そしたら…。


「……ぅぉぅ」

「どうした?」

「なんか…酔った」

「………」


これには、さすがのシュウも呆れかえっていた。


「うわ、ちょっと…吐きそう」

「おいおい、大丈夫か?」

「全然平気!大したことな……ゔっ」

「…本当に平気なのか?」


私は足でブランコを止めて地面に足を付けた。

ありゃ、なんか大地が揺れて感じる…。


「ヘンだな、私乗り物酔いって絶対しないのに…」

「勢い付けすぎだ」

「あぅー…」


崩れ落ちるがままに、私はシュウの胸の中に顔を埋めた。

温かい腕に包まれて、それだけで落ち着いてきた気がした。

シュウって、凄いや。

それともこれが、“愛の力”ってやつかね?


「あんまり無理しないで、帰るぞ」

「ふぁい…」


そうして、私達は歩いた。

足取りの落ち着かない私。

シュウは、手を取ったまま歩いてくれた。

シュウの体温が伝わってきて、
それだけで強くなれた。


「それじゃあね」


分かれ道へ来て。

先に声を出したのは、私のほう。

それに対して、シュウは微笑を浮かべて言った。


「ああ。体には気をつけろよ」

「ありがと」

「…それじゃあ」

「うん……じゃね」


それまで合わさっていた掌が外されて、
触れ合っていた指先も、離れた。

背を向けて、お互いの方向へ歩き出そうとした。

その直前、最後に私は言った。


 「またね!」


振り返ったシュウは一瞬驚いた顔だったけど、

すぐに笑顔になった。


 「ああ…また今度」


そうして完全に背中を向けると、私は家に向けて走った。

走っている最中、とあることに気付いた。



別れ際、最後まで私達は笑顔だったってこと。


卒業式、私は泣いた。

みんなとお別れが淋しいから。

会えないことが悲しいから。

大好きなみんなだったから、泣いた。


今、私は泣かなかった。

別れは淋しいけれど。

会えないことは悲しいけれど。

シュウのことは大好きだけれど。


――また、必ず逢えるから。



涙を堪えたわけでもなくて、
最後の最後まで笑顔で居られたのは、それが理由だと思う。


 思い出を一緒に連れて行くから。

 全然辛くないよ。

 たまに淋しくなったら、思い出すから。

 手紙も送ろうね。

 シュウのこと、大好きだよ。


考えながら走って、
無意識に私の口から出た言葉。それは



 『ありがとう』



考えもせずに口から零れた言葉に、
自分で驚いて、そして微笑した。


ありがとう…シュウ。





 元気でね。

 私も元気でいるから。

 忘れないでね。

 私も絶対忘れないから。



 いつまで経っても、どこへ行っても、

 大好きって気持ちに変わりはないから。



 ――だから、ずっと笑顔でいようね。






















終 わ っ た 。

終わりました!(清々しい汗)
このシリーズもいよいよ完結です。
いやー長かった。
今まで読んでくださった方、有り難う御座いました。
私情挟みまくりの小説で御免なさい、汗。

しかし、このシリーズが完全に終わりかというと、そうではないようです。
仮に完結としておきますが、
私はシュウ大好きっ娘で居る限り、
いつ続編を書くかも分からないし、不滅って訳です。(曖昧やな)

このシリーズの永遠のテーマは笑顔です。笑顔。
距離≠愛情≒笑顔と対になってますね、これは。完璧に。
比べて見ると面白いかも。

題名で気付いた方も多いと思いますが、この話は
Hysteric Blueの『春 〜spring〜』がテーマ曲だったり。
別にこっちの歌をベースにしたわけではなく、
この歌が私の人生を象っているようで!
感動してしまったので微妙に使ってみたくなった。
この歌は私の永遠のドリームソングと決めてます。勝手に。

まあこのシリーズではいつものことですが、かなり現実混ざってます。
お世話になった皆さんへのメッセージを沢山隠しました。

それでは、本当に有り難う御座いました!


2003/03/29