* わたしのために *
「………」
何故に私は、口をぽかんと開けて真上を見上げているのでしょう。
授業も終わり、人が皆体育館を抜けていく中。
ただ一人、首を傾けとあるものを見据えている。
そこにあるのは、吊り輪。
基本的に、体育は好きだ。
体を動かすのが、好きなんだ。
だけど、得意かと訊かれると、そうだと言い切る自信もなく。
長距離は得意だけど、短距離は苦手。
体操はピカイチだけど、球技はイマイチ。
でもとにかくやる気は人一倍だから、意気込み十分。
しかし、体の関係でどうにもならないものも有る訳で。
「………高ぁ」
思い切り飛んでやっと片手が触れる吊り輪を見る。
暫く見上げっぱなしで、首が疲れそうだ。
横には低くされている物もある。
先程まではそれに挑戦していたのだけれど。
でも、やっぱりもっと高いのもやってみたい。
やる気だけは、人一倍。
「…ほっ!」
今はどうせ、休み時間。
ほとんどの人は着替えに行って、人は疎ら。
時間を取ったって、誰に迷惑を被ることもなく。
腕を振り上げ、地面を蹴った。
しかし、そこにはただ指先が掠められただけで。
「…無理だよね」
軽く溜め息を吐き、自分もさっさと着替えに行こうかと思ったとき。
ちらりと横目に見えたのが、こっちを見て笑っている貴方。
「な、なによ…」
「いーや、別にっ?」
少々反抗気味に睨み付けながら問い質すと、
にこにこと微笑みながら、数歩歩み寄る。
足を止めたのが、吊り輪の下。
勢いを付けるでもなく、飛び上がるでもなく。
腕を上に伸ばすと、軽々とそれを掴んでみせた。
そして、いとも簡単に地面を蹴って宙を揺らいでいるのだった。
うわ、見せ付け!?
悔しくなって、私は言い返す気すら起こらず背を向けた。
そしたら、タンと着地する音が聞こえて、すぐに声が掛けられた。
「わー、メンゴメンゴっ!怒らないでよ」
「あんな厭味ったらしい態度取っておいてー?」
「ちょっと待ってよ〜」
困った表情をする貴方が、何故だか微笑ましくて。
私まで、何故か微笑を浮かべてしまった。
「ね、あれさ、ぶら下がってみたいの?」
「え、ぅ……うん」
なんだか自分が情けなくって、恥ずかしさの所為か小声になってしまった。
顔を斜め下に逸らした私の肩に手を置くと、貴方は笑った。
「じゃあさ、持ち上げてあげよっか?」
「……へ?」
そんな突飛な発言に、目と口が同時に大きく開いてしまう。
「ほらほら!」
戸惑う私を他所に、妙に張り切る貴方。
促されるままに、気付けば私は吊り輪の下にいた。
「え、え、本当にいいの?」
「ダイジョブダイジョブ!それいくよ!」
「ほぇぇ!?」
遠慮も無しに腰に添えられた手に戸惑いながらも、
吊り輪を掴むべく上に腕を伸ばしたとき。
耳に入ったのは、
「やっぱ重すぎて無理かも!」
貴方の、デリカシーの欠片も感じられない言葉。
「お・重過ぎですって!?」
「え、いや、そうじゃなくって、オレの力が足りないってだけ!」
「ホント〜…?」
なんて失礼なやつなんだろう、そう思わざるを得なかった。
だけど、心遣いは何気に嬉しくて。
一緒に居られた空間が心地好くて。
「……アリガト」
「ん、なんか言った?」
「なーんにも」
心の隅の小さな小さな感謝の気持ちは、
小さな小さな呟きとして表した。
何か、特別礼を言う必要なんてない筈なのに。
寧ろ謝罪されても可笑しくないほどなのに。
だけど、小さな小さな思いが、私の中に生まれたんだ。
それとも、もしかしたらこの小さな温かな気持ちは、
感謝の気持ちとは、違うのかもしれない。
嬉しかったけど心臓止まるかと思った。
2003/03/27