『卒業式が終わったら、またここに集合っ
 それまでには返事考えておくから。約束、ね?』


そう言った、菊丸先輩の笑顔が浮かぶ。


やってきてほしくなかった卒業式。

待ち遠しかったホワイトデー。


一ヶ月という時は、ゆっくりと、また着実に過ぎていって。

気付けば、前日。


カレンダーを見ると、ハートマークが書かれた14日が目に入る。

卒業式、ホワイトデー、勝負の日!

と、小さい文字で無理矢理三つ書かれていた。


27個目のバツをカレンダーに付けて、
私はベッドに潜り込んだ。











  * ピンクの笑顔 *












当日の朝、意外と落ち着き払っている自分が居る。
それとも、緊張しすぎて何も考える余裕すらないのかも。

真っ白の頭で、もう体に染み付いている
既に癖と化した動作で制服に身を包み、家を出る。
上の空で歩いていたら、自然と視線も宙へ向かっていた
暖かい風を心待ちにしている、桜の蕾が見えた。
所々白く見えるそれに、何故か視線を奪われた。


卒業式中、やっぱりぼーっとしている自分がいて。
集中しなきゃ、先輩達を見送らなくちゃ…と思うのに。

後ろから見る赤茶の髪は、妙なほどに遠くに見えた。




『卒業生が退場します…』

「……」



気付けば、卒業式は終わっていた。
私は、全く泣くことができなかった。
といっても見回してみたら、泣いてる人なんて全然居なかった。
卒業式って泣かないのが普通だっけ?なんて考えてみた。
小学校の卒業式…。
ほとんどのみんなは同じ中学校だった。
その中で受験した私は、ただ一人号泣していた。
なんて、去年の今ごろの事がふっと浮かんだ。

でも、思えば私は在校生だし。
向こうも卒業と言っても来年は高等部に居るわけだし。
特に泣く理由なんてないわけだ。

それなのに…。
この心の中の妙な乾燥した感じは何なんだろう――。





  ****





えーっと…オレって、今日卒業式なんだよね?
なんか実感湧かないってゆーか。
だって、来年もメンバーはほとんど変わらないし?
部活のみんなとお別れは、ちょっと淋しかったけど。
でも、それもちょっとの間だし。
遊びに行く事だっていくらも出来るし。

ただ、一つだけ気になってること。
それは丁度一ヶ月前、バレンタインデーで起こった。

沢山チョコ貰って、沢山告白されて。
もう義理チョコか本命かも分からなくなるぐらい。
今はテニス一筋で、レンアイとかあんまり考えてなかったから。

でもさ、ある日の教室移動中。
一年生と思われる、小さくて可愛い子を見た。
こっそりと不二に耳打ちした。

『ねぇ不二、あの子可愛くない?』
『なに、英二ってああいう子タイプなんだ』
『なんていうか、小さくて守ってあげたくなるタイプっていうの?』

そんな話をしながら、廊下を通過していった。

可愛いと思った。
どこの誰かも分からない子を。
でも、それは特に恋愛感情に発展する事なんてなくて。
ただ“可愛いな”って印象を持たせる子が居た、ってことで終わった。
そしてそんなことすっかり忘れたまま、ずっと過ごしてた。

それが、だよ。
バレンタインデー。
部活が終わって今日も終わりだー!ってところで、呼び出された。
その子に。
なんていうか、ビックリ仰天って感じ!


そして、オレはその子と一緒に学校の裏の秘密の場所へ行った。
そこはオレが発見した穴場で、人に教えるのは3人目だった。
クラスで仲良しの不二と、部活でコンビを組んでる大石。
たったの3人だけ。

ブラウニーを貰って、コクハクされた。
だから、返事は一ヵ月後ねって言った。
その一ヵ月後ってのが…今日なんだよね。

部活一番、友情二番。
それに加えて勉強と恋愛が遠くのほうに…ってな感じのオレだったから。
突然告白されても、どうすればいいのか分からなかった。
自分の気持ちが分からなかった。

色々と考えているうちに、今日がやってきた。





  ****





「高校へ行っても頑張って下さい!」
「先輩今まで有難うございました〜!」


卒業生退場のパレード。
在校生が囲んだ中、校庭をぐるっと一周するの。
みんなはキャーキャー騒いでた。
花を渡してる人がいたり、握手を求めている人が居たり。
私が探している人…その人は、写真を沢山頼まれていて、
普通に列からはみ出していた…。
みんなの要望に応えて、クルクルと笑顔で走り回ってる。
そんなところが…好きなんだと思う。


あ。


目が合った…。

すると、菊丸先輩はにっと笑うと
学校の方向をぴっと指差した。
きっと、後で校舎裏へ来てくれ、って意味だと思う。

良かった。
約束、憶えててくれてたんだ…。


盛り上がっているパレード。
卒業生の最後尾を見送ると、私はこっそりと校舎の横をすり抜けた。






約束の場所、菊丸先輩はまだ居なかった。
あの様子じゃ、暫く抜けられないだろうな…なんて苦笑した。
腰を下ろして、静かに待つ事にした。

暖かい陽気。
日に当たっている部分は、ぽかぽかと気持ち良い。
風が吹き抜けると、少しひやりと涼しい。
靡いた髪を、すっと耳に掛けた。
すると、頭の上から陰が掛かった。
見上げると…。


「……菊丸先輩」
「やっほ」


先輩は、そこに立っていた。
私の隣にゆっくりと腰を下ろしてきた。

「良く出て来れましたね」
「ん。不二に狙いが行った隙に抜け出してきた」
「そうですか」

さすが、菊丸先輩らしいな。
そう思って、くすりと笑ってしまった。

「…あの、ちゃん」
「はい?」
「その、オレ…返事、考えてきたんだけど、さ」

笑っている私に対し、
ちょっと戸惑いつつも真面目な表情で、菊丸先輩は言ってきた。

そうだ…今日はこれが本題だったのよ。
卒業式も、勿論大事だけど。

心臓がドキドキ言う。
返事…返事はなんなの?


 「ごめん」


…また、謝られちゃった……。
私が求めているのは、
そんな言葉じゃないのに…。


「謝らないで、くださいぃ…」
「……は?ぇ、ええっ!?」

気付けば涙が溢れてきた。
卒業式でも全然出て来なかったくせに。
今頃なんで出てくるの。このバカ。

でも…こうなって漸く卒業の重大さに気付いた。
もう、菊丸先輩に会う権利ないじゃない…。

「ちょっと待ってちゃん、泣かないで!」
「だって、だって…」

人の事フッておいて何なのよ!
とは、言いたいけど言えなかった。
喉の奥に使えた言葉をどう処理すれば言いか考えてた。すると…。

「あ、あの…あのさ!ん〜…ごめん!ってまた謝ってるけど、
 前回と同じ返事なんだ」
「……?」

どういう、こと…?

「あのさ、オレ一ヶ月間考えたんだよ…色々と。
 でも、結論が出なかった」
「…それじゃあ」
「んーどうしようね?」

菊丸先輩ってば、そんな呑気な顔で…。

「良かった!笑ってくれた」
「…え?」

そう。
いつの間にか、私は笑っていた。
怒っていたような、戸惑っていたような、
微妙な心境だったのに。
顔が自然と綻んでいたんだ。

もしかして、この人には人を笑わす力があるのかも、なんて。


「……オレ、この場所好きなんだ」
「はい。前聞きました」
「ここを見つけたのはね、一昨年の今頃だった」
「……」

立ち上がって、菊丸先輩は話を始めた。





  ****





「2年に上がった、始業式の日。
 登校中に桜が満開だってことに気が付いたんだ」

オレはゆっくりと話を始めた。
ちゃんは、不思議そうな顔で見上げてくる。
少しずつ歩を進めた。話と一緒に。

「それがあんまりに綺麗でさ!木を見上げながら歩いてた。
 風が吹くと散ってくる花びら追っかけたりしながら。
 そうしたらさ…どうなったと思う?」
「……さあ?」
「気付いたら、もう始業式が始まる時間が過ぎててさ」

なんだか妙に照れくさくなって、オレは鼻の頭を掻いた。

「やっべぇー!と思って頑張って学校まで走ったんだけど、
 途中から入ってくのって恥ずかしいじゃん?
 だからどうせ遅刻なら…って始業式をサボることに決めた」
「そんな…」

ちゃんは思わず口を出してきたけど、顔は笑っていた。
その笑顔を確認して、オレは話を続けた。

「どうしよーかなーと思って校舎の回りぶらぶら歩いてて。
 なんか狭っ苦しいところとかも無理矢理通り抜けて。
 それで!ここを見つけたってわけ」

オレは地面を指差しながら言った。
パチパチと瞬きを繰り返すちゃん。
その隣に座った。

そこから見える並木の方向を向いて話を続ける。
そう…並んでいる木は、桜。
ここからは、綺麗な桜並木が見えるんだ。

「何しろ満開の桜でしょ?
 ここから見える…あの辺の並木。
 そこが薄ピンク一色に染まってて!
 ほんと綺麗だったなー…」
「わー…私も見たい」
「でしょ!?」

期待通りの返事が来て、オレは思わず笑ってしまった。

「だからさ、ちゃん。
 オレはもう中学は卒業しちゃうけど…。
 始業式の日さ、またここで会おうよ!
 きっと…その頃は満開だと思うから」
「それ…いいですね!」
「それじゃ、約束だよん」

Vサインを向けると、
向こうからもそれと笑顔が返って来た。


こうすれば、また会えるから。
この暖かくてくすぐったい感情が、
恋なのかはまだはっきり分からないけど。
でも、また会いたいと思うから。
少々強引な切っ掛けを作ってみたりして。

…こんな考え、ずるいのかな?




  ****





『始業式の日さ、またここで会おうよ!』

そう言われたときの、私の喜びは計り知れない。
また引き伸ばすの?はっきりと返事してよ!
っていう気持ちも無くはないんだけど…。
でも…あんな笑顔で言われたら、私も笑い返すしかないじゃない?

卒業しても…まだ会えるから。
些細な事だけど、切っ掛けがあることでこんなにも嬉しい。
私は笑顔で、菊丸先輩の事を見上げる事が出来た。

……あ。


「あー!!」
「にゃ、どうしたの突然!?」
「菊丸先輩っ!ボタン!!!」

そこへ来て、漸く事の重大さに気付いた。
そうだ…絶対ボタンもらおうって決めてたのに!
でも……。

「一個も残ってないですね…」

思わず顔が強張ってしまった。
だって、ボタンは無理矢理剥ぎ取られたのか、
所々ほつれた糸が揺れている。

…ちょっと涙が出そうになった。
そのとき…。

「そうそう、それの事なんだけどね」

ゴソゴソとポケットを漁る菊丸先輩。
その手の中からは…。

「はいっ!」
「これ、は…?」
「いやー、予め第二ボタンだけ取っといたんだけど…。
 いらなかった?」
「そ、そそそそんな滅相も無い!嬉しすぎです!有難く頂戴いたします!!」
「じゃ、それはホワイトデーってことで許してね」

菊丸先輩はそう言って苦笑いをした。
わ…まさか、第二が貰えるなんて!
嬉しすぎ……。

「だからさ」
「え?」
「言葉の返事はまだ出来ないけど…許してね」
「え、いや、そんな…」

菊丸先輩はそう言うけど、
少なくともこれは特別って思われてるって事だよね!?
よし…頑張ろう!


 桜が、蕾から花開くように。

 私の恋も、ゆっくり育てていこう。


菊丸先輩の笑う顔を見ながら、そう思った。






















…どうしましょって感じです。(痛)
これはバレンタインの続編で…。
これにて完結のはずなんですが。
どうも簡潔に終了してくれなかった。意味深のまま。
でも、上手くいくと思う。それだけ。(うわ)

忙しい中切羽詰って書いてたからなぁ…。
日にち過ぎた上に駄作でスミマセヌ。
でもこういう展開にしようというのは決まってたんです。
上手く纏める力がなかった…以上。

題名は、桜が花開くのと笑顔って似てるなー、と思って。

そんなわけでハッピーホワイトデー。過ぎたけど。


2003/03/15