お願い…お父さんお母さん。




今夜だけは、静かに寝かせて……。











  * lullaby *












「おはよー!」
「おはよう、ね、昨日さ…」

「………」


ここは、青春学園中等部、1年4組の教室です。

入学してから、約2ヶ月。
みんなクラスメイトにも馴染んで、友達と一緒に楽しい学校生活を過ごしてる。
現に、今朝も教室は話し声で大賑わい。

でも、あたしだけは…何故か教室の隅の自分の机に座ってうずくまってる。


別に、苛めでもなんでもない。
いつもはみんなと一緒に話してる。


「ね、ちゃん、一緒にお絵描き大会しない?」
「ごめん、あたし、いいや……」
「そう?入りたくなったらいってね!」
「うん。ありがとう」

ほら。
クラスのみんなは、優しい。
それを突き放してるのは、寧ろあたしのほう。
前はこんなじゃなかったんだって。
ここ最近だけ。こんなになっちゃったのは…。

その理由というのは…家庭の事情。
家での心が休まらない分、学校でも、元気が出せない。


「(うー…)」

本当は、みんなと思いっきり遊びたい。
笑いながらお喋りしたい。
でも…家のことを思い出すだけで、泣きそうな顔になっちゃう。
そんな状態で、みんなの輪の中になんか、入れない。


さん」
「え?…加藤くん」

後ろから掛けられた声に振り向くと、
そこに居たのは加藤くんだった。
加藤くんは…クラスではかなり小さい方の男子。
あたしも決して背は高い方じゃないけど、加藤くんよりは大きい。
どちらかというと…というか完璧に、
格好良いより可愛いに部類される男子。
性格も、素直で一生懸命で…。
ちょっと頼りないんだけど、でも凄く優しい子。

「どうしたの、みんなと遊ばないの?」
「うん。ちょっと…」

あたしは机に伏せた状態で答えた。
すると、加藤くんは心配そうな顔でこっちを見てきた。

「お腹痛いの?それとも…もしかして苛め?」
「そんなんじゃないそんなんじゃない!」

小声になって耳元で囁かれた。
あたしは手を左右に振って、その言葉を否定した。

「色々と、あって…」
「そっか…無理はしないでね」
「うん、ありがとう!」

優しいなって思って、あたしも自然と笑顔になった。
そしたら、向こうからも笑顔が返ってきた。
本当にいい子だよな。
(同学年の男子にこの言い方もなんだけど)
でも…正直な話守られたいより守りたいタイプだよね。

そんなことを考えて自分に苦笑いして、
あたしはぼーっと窓の外を見てた。




   **



「加藤くん、これから部活?」
「うん。さんは?」
「あたしは帰宅部だから」
「そっか」

ホームルーム終了後、他愛の無い会話。
加藤くんって話しやすくていいな、なんて思ったりして。

「頑張ってね」
「うん、ありがとう」


それから…笑顔が可愛いな、なんて思ったりして。









帰り道、あたしは一人歩いている。
友達はほとんど部活に入ってるから。
あたしは…あたしも入りたかったけど。
親が、部活なんかやってる暇あったら勉強しろって…。

…帰っても勉強なんてしないのに。

そんなことを考えて、上を見ながら歩いた。
青い空の中にぽっかりと白い雲が浮かんでて、
いい天気だなーって思った。







「ただいまー…」

そっと、家の玄関を開けた。返事は無い。
靴があるからお母さんは居るみたい。

「…お母さん?」

居間を覗くと…なにやら凄い騒ぎ。
家具からゴミ箱まで、何もかもがひっくり返ってる。

「何これ…!?」
「……」

お母さんは、部屋の隅に座ってた。
壁に顔を向けて。
周りにティッシュが無造作に捨てられてる。
もしかして泣いてたのかな、と思った。

「お母さん…どうしたの、お父さんは!?」
「五月蝿いね…あいつなら出てったよ」
「!?」
「あの根性無し、すぐ帰ってくると思うけどね」
「………」

信じられなかった。
頭をガーンって殴られたみたいな感じがした。
お父さん…出ていっちゃったの!?
帰ってくるっていっても…。


もう、ダメだ…。
今度こそ、本当に…!



「――」
「もしかすると…近いうちに、引っ越すことに…なるかもしれない」
「…そん、な…!」
「あいつは絶対この家を譲らないだろうからね」


それって、つまり、やっぱり。

離婚、ですか……。


「あんたは勿論私と一緒に来るよね?」
「……っ」
!」


あたしはその場に居られなくなって、
返事もしないまま家を飛び出した。

鞄は居間にずるりと下ろしたまま。
さっき脱いだばかりのローファー履いて、
制服のまま、再び家を飛び出した。


「ヤダよ…そんなの……!」


お父さん…お母さん……。





   **





気付けば、あたしは公園に居た。
誰もいない公園、一人でぶらんこに座ってた。

何でこんないい天気なのに誰もいないんだろう…。

そんなことをボーっと考えて、
入道雲を見上げながらゆっくりと漕いだ。





「カァーカァー…」

「………」


はっとしたとき、既に日が沈みかけていることに気付いた。
世界はオレンジ色に染まっている。
空も、滑り台も、砂場も。
あたしの体も、オレンジ色に光ってるのかな…。

「そろそろ帰らなきゃ…」

そう思って立ち上がったけど、
やっぱり帰りたくなくて、もう一回座り込んだ。
頬を流れた涙を拭かずにいると、
顎を伝ってポタリと垂れた。

このままオレンジ色に溶け込みたい…。

そんな意味の分からないことを考えながら、
あたしは自然と瞼を閉じた。




  **




「…あれ?」

なんか寒いなーと思って目を開けた。
すると…辺りは真っ暗。

「…え、え!?」

焦って立ち上がると、自分がまだ公園に居たことを思い出した。

「うっかり寝ちゃったんだ。危なーい…」

誘拐にでも遭わなくて良かった。
でも…この際どっかに連れ去ってくれてもいいよ、
なんて思ってる自分が居た。
いけないいけないって思って、自分の頭を自分でコツンと叩いた。

でも…家帰るのやだな。
怒られるかな…。

仕方ないから、帰るのだけれど。






「…あれ?」

家に帰ると、玄関のドアが開いていた。
なんでだろう、と思うと、お父さんの靴があった。
帰ってきたんだ、と思って駆け上がると…。

『ガシャン!!』
「ふざけんなよ!!」
「そっちでしょ!?」

突然、罵声と何かが割れる音。
きっと、ビール瓶でも床に叩きつけてる音…一回目じゃないし。
状況がはっきりとは飲み込めないけど、
とりあえず分かるのは、喧嘩中だということ。

「あんたには本当に呆れたよ。もう一緒には暮らせない」
「こっちだってお断りだ。…言っておくけど、ここは俺の家だ」
「要らないよ、こんな汚い家。すぐにでも出て行くさ。
 ちなみに、も連れてね」
「……ケッ」

「………」

いつもと同じ、喧嘩。
毎晩毎晩、あたしを脅かしていた。
二階のベッドの中でも、
布団をいくら厚く被っても、
聞こえてきてしまっていた喧嘩。
それを…今日は間近で見た。

あたしは唖然として、玄関から居間を見て立ち竦んでいた。
すると、あたしに気付いたお母さんの一言。

「ああ、帰ってきたんだね。
 聞いてただろう?という訳で正式に決定したから」
「……」

お母さんにそう言われた。
お父さんは何も言わなかった。


…なに、なんなの?
娘がこんな夜遅くに帰ってきても心配無し?
それどころか悪びれない顔で離婚を宣言してきて?

「……っ」

あたしは自分の部屋に駆け上がると、
制服も着替えないまま布団に潜り込んだ。


その日の夜は、久しぶりに静かだった。
でも、やっぱり安心して眠ることは出来なかった――。




   **




「おはよー!」
「おっはー☆」
「あ、昨日のテレビで…」

「………」

次の日の学校、あたしはまた教室の隅に居る。
精神状態は、最悪。
鏡を見たら、くまが凄いし、やつれて見えた。
それとも…本当にやつれたかもしれない。

さん、おはよ」
「おはよー加藤くん…」

後ろから声を掛けてくれた加藤くん。
返事はしたけど、そっちは向かないまま。
そしたら加藤くんのほうから正面に回り込んできた。

「…やっぱり元気ないね」
「うん……」
「何か心配事があるんだったら、相談に乗るけど?」
「いや、なんでもないから」

加藤くんは笑顔でそう言ってくれたけど、
あたしは相談に乗ってもらう勇気すらなくて、それを断った。
でも…加藤くんは凄く意気込んだ様子で言ってきた。

「ダメだよ、そんなの!さん、絶対無理してるでしょ。
 本当のこと言ってよ!」
「加藤くん…」
「あ……」

加藤くんが思い切り叫ぶもんだから、視線が思い切りあたしたちに向かってきた。


「ちょっと…外出ようか」




   **



そんなことから、あたしたちは中庭に居る。
朝のこの時間には普通人は居ない。
結構、静かだ。


「…で、本当のこと言ってくれる?」
「……」

あたしは何も言わなかった。
何を言えば良いのか分からない…。
他人に相談したところで、解決しそうにないことだし。
ほっといてよ…。

「あたしのことは…いいから」
「そんなこと言われても…」
「いいからほっといてよっ!」

思わず、強い口調になってしまってはっとした。
加藤くんのほうを見ると…なんだか泣きそうな顔をしてた。
なにやってんだ、あたし……。

「ごめん…」
「いや……」

また、沈黙が走る。
こういう時って、どうすれば良いのか分からない…。

「ごめんね…言いたくなかったら無理に言わなくて良いから。
 でも……」
「……」
「そんな顔してるさん見てるの、辛かったから…」

加藤くんはそう言った。
優しい子だ、と思う。
それに対してあたしなんか…一人で突っ張っちゃって。

「…ありがとう」
「ううん、気に障っちゃったみたいでごめん」
「…話しても良いかな?あたしの家で起こったこと」
「うん…」


こうして、あたしは加藤くんに全てを説明した。
なんだか、話しているだけで心成しか気持ちが軽くなった。


「そんなことがあったんだ…」
「うん……」

そう。
このまま行くと、あたしは…。


「近いうちに、引っ越すかも…」


認めたくないけど、これが事実。
これが現実。

「…ありがとうね。これで私、現実を受け止められそう」
「それでいいの?」
「―――」

あたしの言葉に、加藤くんはノータイムで切り替えしてきた。
その言葉で、あたしは疑問を持つ。

本当に、それでいいの?

「今の学校も辞めて…遠くに引っ越して…」
「……」
「家族も離れ離れで」
「……」
「それで本当にいいの!?」

加藤くんは、強い声で訊いてきた。
あたしは、下を俯いていることしか出来なかった。

顔を上げたら、目に浮かんだ涙が見られてしまうから。


「いいわけ…ないじゃな、い…」


初めて出した、本音。
そうだ、あたしは言ったことなかった。

“喧嘩しないで”“仲直りして”“離婚しないで”

そうだ…伝えなきゃ、いけない。


「それじゃあ、勇気出さなきゃ!」
「―――」

言われたとき、遠くの方でチャイムの音が聞こえた。


「それじゃ、教室帰ろう」
「うん…」


少しずつ、答えが見えてきた。





   **




学校が終わって、私は家へ走って帰った。

まだ間に合う。そう信じて。



「ただい…」

「早く出てけよ!」
が帰ってきたらっていってるでしょ!?」

「ぁ…」


その光景を見た瞬間に、足が竦んだ。

怖い。

親同士が喧嘩してて。
今すぐにでも爆発しそうな地雷のよう。

あたしには…勇気が足りないんだ。
別れて欲しくない。
でも……。


 『勇気出さなきゃ!』

 「――」


躊躇っていると、加藤くんの声が聞こえた気がした。
そうだ…躊躇してても何も変わらない。
勇気、出さなきゃ…!


「お父さん、お母さん!」
、すぐ準備して、行くよ」
「待って!」


あたしは、二人を抱き寄せるようにした。

加藤君、少しだけ勇気、分けてね…!


「あたし、二人に別れて欲しくない!」
「そんなこと言っても、もう話は着いてるんだよ」
「もう一回だけ考えて…結婚した頃のこと思い出してよ!
 お互いのこと好きだから結婚したんでしょう!?
 あたしも産んでくれて…ここまで育ててくれて…」
、分かったから…」
「お願い……」

ぎゅっと、腕に力を込めた。
すると、お母さんがあたしを抱き締めてくれた。

「分かったよ…もう一度話してみるから」
「そうだな…今までは感情だけで動いていた気がするな」

お父さんも、あたしの頭にポンと手を乗せてくれた。

「ありがとう、。なんだか私たちは大事なことを忘れていたみたいだよ」

そういって、笑っていた。
あたしも、自然と笑顔になった。

その日は3人で夕食を食べた。
少しギクシャクしたところもあったけど、
これからもことを話したりした。

まだ問題もあるみたいだけど…
とりあえずは一安心、ってところかな。



その夜、私は久しぶりにぐっすり眠れた。





   **





「加藤君、おっはよう!」
「あ、さん」

次の日、私は笑顔で学校に向かうことが出来た。
クラスの友達とも、ちゃんと話せた。

少しずつだけど、良い方に向かってる。間違いなく。


「良かった…元気になったんだね」
「うん。全部加藤君のお陰…」
「そんな、僕は何もしてないよ」


加藤君は少し照れたふうに体の前にかざし手を横に振った。
その無邪気な笑顔を見て、

 …ありがとう

そう、心の中で呟いた。



「僕はただ…さんには元気で居てもらいたくて…」
「え?」
「引っ越すっていうのも、凄くやだったし」
「加藤君…」


加藤君は、にっこりと微笑むと言った。



 「僕は、笑顔のさんが好きだからさ」



すると、背中を向けて走っていった。

その背中が、いつもと同じ大きさのはずなのに、
少し広く見えたのは…気の所為だったのかな。




「ありがとう…」



もう一度、小さく呟いた。



 無邪気な笑顔を、ありがとう。

 勇気をくれて、ありがとう。


 優しい想いを、ありがとう。



今度はあたしがお返ししなきゃな、なんて思いながら、
あたしは笑顔で友達の輪の中に加わった。






















カチロ夢。うわー微妙な出来。(死)
なんかね、頼り無さそうに見えるけど、
その一生懸命さでみんなに勇気を分けてるんだよ…って話。
ちょっと離婚ってテーマがカチドリにするには重すぎたか、と
裏に持ってこうともしたけど…でも裏な内容でもなしに。

ラブというよりは好き以上恋未満を目指した。
でも最終的にこの二人くっ付くと思う。(何)

とにかくカチローハピバ!
大好きだよコンチクショウ!


2003/03/02