* 危険な先輩? *












それは、ある日堀尾くんに言われた言葉。


「カチロー、お前荒井先輩怖くねぇの?」

「 へ? 」


突然の質問に、僕は間抜けな声しか出すことが出来なかった。
対して堀尾くんは僕に詰め寄ってきた。

「だって、お前片付けのときとか「手伝います!」とかいって積極的に
 荒井先輩に近付いてるだろ?」
「別に…近付こうとしてるわけじゃないよ。普通に先輩を助けてるだけだって」

僕は本心を言った。
でも、堀尾くんは余計眉間に皺を寄せてにじり寄ってきた。

「あの荒井先輩だぜぇ?余分に近付くと危ないだろ!
 前は越前がやり返しちまったけど、すぐおれ達後輩にちょっかいだしてくるし!」
「そうそう。出来ればあんまり近付きたくないよね」

カツオ君も一緒になって言ってきた。
二人は、結構真剣な顔だった。

でも、僕はこう返事をした。


「そうかな、結構優しい先輩だと思うよ」

「「・・・はぁ?」」


今度は、二人が口を揃えて間抜けな声を出した。
そのとき、2年生の先輩たちが何人か部室に入ってきた。

「ほら二人とも、早く行こっ!」

僕がそう急き立てると、二人はポカンとした顔で付いてきた。




けど…そっか。
荒井先輩って、やっぱり怖いんだ。
確かに、僕も正直…初めは凄く怖かったし……。

でも、今は怖くないよ。
全く怖くないっていったら嘘だけど。
怒らせると…ちょっと危ないな、とは思うけど。
でも…荒井先輩は本当は優しい人だって、僕は知ってる。





僕たちが一年生が入部して間もないとき。
荒井先輩は目立ってたリョーマ君や堀尾くんに、釘を刺した。
でも、あれはただ単に苛めてただけじゃなくて、
上下関係というものを教えてくれた気がする。
結果…荒井先輩はやられちゃってたけど…。

それから、青学に亜久津っていう人がやってきたとき。
確か、あのときは丁度僕と荒井先輩がボール係で…。
荒井先輩がすぐに亜久津さんに声を掛けた。
青学内で煙草なんて吸ってたのが許せなかったんだと思う。
荒井先輩は…殴られたりして酷い目に合った。
でも…僕は結局小さな擦り傷一つだった。
リョーマ君が助けてくれたこともあったけど…それ以前に。
ボールを打たれたとき、無意識か知らないけど荒井先輩は僕の前に出てくれた。
そうじゃなかったら、僕は痣だらけになってたと思う。

確かに…喧嘩っ早いけど、
乱暴なだけじゃなくて、ちゃんと優しい先輩だと思うんだ…。





  **





「今日は一年の練習メニューは…と。あ〜あ、また球拾いと素振りか」
「仕方ないよ堀尾くん、最初の方は基礎トレが基本なんだから」
「そうそう」
「でもなんかなぁ〜…」

練習メニューを見て、堀尾くんは不満の言葉を漏らしていた。
僕も…確かにたまには他のこともやりたいなーとは思うけど、
やっぱり土台がしっかりしてないと…と思うんだ。
だから、今は地味なことばかりだけど…頑張ろ。


「おれも早くスマッシュとか打ちてえなー」

僕がそう考えていると、堀尾くんは腕をぶんぶんと振り回して、
スマッシュのようにラケットを振り上げた。その時っ!


『ガツッ』

「あ、なんか当てち……っ!?」


そこに居たのはなんと!



「オイコラ…サル!!」
「あ、荒井先輩ぃっ!」


僕とカツオ君は、無意識に数歩後退りしていた。
だって…そのときの荒井先輩の表情は、
怒りに満ち溢れていて…ちょっと、怖かったんです。


「…調子に乗んなよな!!」
「す、すみませえーん!」


荒井先輩に叫ばれて、堀尾くんはどこまでか走っていってしまった。
余分なことするからああなるんだよーと思って
視線を前に戻したとき…。


 「――」


荒井先輩と目が合ってしまいました。



「あ、えっと……」



ど、どうしようっ!
この雰囲気じゃ僕たちも何か言われるかな…。
謝った方がいいのかな、でも僕何も悪いことしてないし…。
「何で謝るんだよ!」とか怒られそうだもんね、うん。
だからといってこのまま黙っていいのかなー。うぅー……。


「あ、あのっ!ラケット当たったところ、大丈夫、です、か…?」


僕はなんとか絞り出した言葉を口にした。
荒井先輩は黙ってこっちを見下ろしてきた。
そしてそのまま、動かない。
僕は荒井先輩の目をそのまま見上げていたのだけれど。
この微妙な沈黙が、息苦しいというかなんというか…。

よ、余分なこと言っちゃったかなー…。


と、思ったけど。
荒井先輩はぷいと顔を背けると小声でボソッと言った。

「…大したことねぇ」
「あ、それは良かったです!」

良かった…怒ってない。
…というか思ったけど、
僕ってなんだかんだいって荒井先輩のこと怖がってない?
だって…やっぱり…ね?

でも、怒らせなければいいと思うんだよ。
普段はとても優しい…と思う。
すぐ怒るけど。
……やっぱり怖い、か。


「青学テニス部集合!」


手塚部長の集合の掛け声がかかって、
僕は一つ小さく溜め息を吐いてから輪に加わるために走ったのでした。



  **




予定通り、僕たち一年生は素振りをしています。
さっき堀尾くん荒井先輩に睨まれてたけど、平気かな…。
まあ、自業自得って気もするし…。

とにかく、頑張ろう!
いつか、リョーマ君みたいに…レギュラーになるんだ!



僕はそう決心して、素振りを続けた。
そのとき、部長の声がして、上級生は別に練習に入った。
一年生にも声が掛かって、みんなでコートの周りに散らばってボール拾いです。


「あーあ、ボール拾いもなんかなー」
「堀尾くん!!」

やる気無さそうな堀尾くんの声に、僕は慌てて止めに入った。
先輩たちは…気付いてないみたい。
まったく、堀尾くんはこういうことを言うから先輩にちょっかい出されるんだよ…。


「ボール拾いもさ、練習の一つだと思って、ね?」
「…カチローは前向きだなー」


前向き…そうかな。
やっぱり、大きな目標があるからには、
前をしっかり見て一生懸命歩いていかなきゃいけないと思うんだ。


「とにかく頑張ろうよ!!」


なんて、ただ単にボール拾いなのに妙に力が入っちゃった。
いや、ただ単になんていっちゃだめ!
これも練習の一環なんだから!!



  **



みんながやっているのはサーブの練習です。
僕たちの仕事は、コートの外の方に行ってしまったボールを拾うことと、
ネットに引っかかってしまったボールを取りに行くことです。

あのビュンビュンボールが飛び交ってる中に入っていくのは…
とても勇気が居ることだけど。
いやいや、こんなことに怖気付いてちゃ駄目だ!
勇気を出して、……よぉし!


「(てりゃぁ!!!)」



僕は、そんな掛け声を心の中で掛けて、
ネット沿い低い姿勢のままを駆け抜けました。
幾つかのボールをひょいひょいと拾って、コートから出ようとしたとき…!?


『ゴッ』


誰かの打ち損じが、僕の頭の中心に、見事に、ヒット、したので、し、た……。

痛い……。

なんか、視界が…ぼんやりと……。


「げ、加藤っ!?おい、ちょっと待っ……オイ!起きろ!!」


今の声って…あら、い、せんぱ……――。






  ***






………あれ?


「ここは…」

辺り中が白い。布だらけだ。
えっと…これは、カーテン?
僕はベッドに寝てるみたい。
ということは、ここはやっぱり……。

「……保健室か」

体を起こすと、頭が一瞬ズキっとした。
必死に今までのことを思い起こした。
確か…僕は部活の最中で。
素振りが、終わって。
そうそう、ボール拾いをやってたんだ、サーブの最中に。
それで、ネット付近のボールを取りに行ったら、
頭にボールが当たって…それで、か。


周りを見回した。
見ると、足元には僕の制服や他の荷物があった。
制服のポケットから、時計を出した。
針は、8時近くを示している。

大変、もうこんな時間だ!!

早く帰らなきゃ…そう思って僕はするりと足をベッドから出した。
カーテン越しには、誰か人の影が見えた。

先生、こんな時間まで残ってくれたんだ!
悪いことしちゃったなぁ…。

「あの、もう大丈夫で……!」

そう思って、カーテンを撒くって顔を覗かせた瞬間。
僕はとっても驚いた。

だって、そこに居たのは……。


「荒井、先輩……」
「………」


荒井先輩は、そこに腕を組んで座っていたんだ。
少し、不機嫌そうに眉間に皺を寄せて。

部屋の時計の針の音がコチコチと響いた。

何も喋ってこない荒井先輩を見て、僕は悟った。
こんな時間まで待たせちゃって、機嫌…悪い!?


「…あ、あの、こんな遅くまで済みません!!」


僕は頭をガバッとしたまで下げた。
本当に申し訳なくって、恥ずかしくって、そのまま頭を下げたままで居た。

でもやはり返事はなくて。
シーンとした中に時計が秒を刻む音だけが聞こえていた。
その音一つと、僕の心臓2回分が重なる。

ドキドキしていると、頭にポンと手が乗った。
驚いて、思わず肩がビクッと上がった。

すると、荒井先輩も焦ったかのように手をばっと下げた。


「ワリ、痛かったか?」
「………」


声からは、怒っているという感じはしなかった。
恐る恐る顔を上げると、荒井先輩は困ったふうな表情で鼻の頭を擦っていた。

「その…打ったところ、大丈夫か?」
「はい!平気です!」
「ならいいんだけどよ…」

荒井先輩はぷいと顔を背けた。

…もしかして、荒井先輩は怒ってるんじゃなくて、
どうしたらいいのか分からなくて困ってるだけ?

そうだよ、わざわざこんな遅くまで残ってくれたんだもん。
素っ気無い態度も、照れ隠しだとしたら…?


「荒井先輩!」
「ん?」

笑顔を向けて、僕は言った。


 「ありがとうございます!」


僕がそう言うと、荒井先輩はさすがに戸惑っていた。

「…ちょっと待て。俺は謝る覚えは有るけど礼を言われる覚えは全く無いぞ?」
「あ、あれ?ごめんなさいぃ!!」

そ、そうだよね。
僕なに言ってるんだろ!?
なんか、そう言いたくなったから…。
でも、向こうは困るよね!そうだよね!!


僕は一人でうろたえていた。
すると…荒井先輩は、声を出して笑っていた。

「…荒井先輩?」
「ははっ…あ、悪いワリィ」
「……」

僕は、いつも荒井先輩といったら
怒った顔とか、練習中の顔とか。
なにか企んでるときみたいな笑顔(…)しか見たことなかったけど、
このとき、初めて穏やかな笑顔を見た。
いつもの面影も有るけど、このときは何故かとても優しげに見えた。

僕はそんな荒井先輩の横顔を見ていた。
目が合うと、荒井先輩は笑うのを止めた。
また、部屋はシーンとした。

僕がなにを言ったらいいのか考えてると、
荒井先輩から口を開いた。

「加藤、その…ほんとに、悪いな」
「いえ、全然大丈夫です!」
「ボールが当たったと思ったらその勢いのまま倒れて起きねーもんだから、
 ほんと…焦ったぜ」
「ご、ごめんなさい!」
「いや、だから当てたのは俺だから…」

僕は一人で動揺してしまって、
頭の中はパニック状態だった。
そんなあたふたしていると、荒井先輩はまたふっと笑うと、立ち上がった。

「ほら、外は暗いし帰るぞ。お坊ちゃまは親が心配してるだろ」
「お、お坊ちゃまなんかじゃないですよぅ!!」


そんな話もして、僕たちは帰ることになった。
外に出ると、真上にお月様が見えました。




  **






なんだかギクシャクしてたけど、
僕と荒井先輩は一応話しながら帰りました。
時々会話が途切れて気まずかったりしたけど…。
だって、なんか先輩と二人なんて緊張するし、話題なんて浮かばないよ!!



…ところで思ったけど、
荒井先輩って、帰り道こっちの方向、だっけ……?

色々と思い返してみたけど、
僕は今まで荒井先輩を登校中や下校中に見かけたことが無い
多少の時間のずれはあっても、一度も見たことが無いなんて…。

ってことは、もしかして…?


「あのー…荒井先輩?」
「なんだよ」
「荒井先輩って、帰り道こっち、でしたっけ…?」
「――」


問うと、荒井先輩は目を大きく開けて固まった。
…あ、もしかして、
また余分なこと訊いちゃった!?
う〜どうして僕ってこうなんだろ…。

思っていると、荒井先輩は口を開いた。


「今日は、ちょっとこっちに用事があるんだよ…」
「え、じゃあごめんなさい!こんなに遅くまで足止めしちゃって…」

謝ると、荒井先輩は困った風な顔をした。
またやっちゃったー…と思っていると、自分の家が見えた。

「荒井先輩、僕の家そこなので…」
「ああ」
「本当にわざわざ済みませんでした!」

深く、深ぁーく頭を下げた。
すると、荒井先輩は口を開いた。

「別に、俺は…」
「はい?」
「あ、いや、なんでもねぇ…」

意味深なところで言葉を区切ると、
荒井先輩は背を向けて、じゃあな、と言った。

そして…元来た道を走っていった。



…用事があってこっちに来たのに、なんで道を戻ってくの?

色々と理由を考えても、
結論はどうしても同じところに辿り着いてしまう。


 心配して、送ってくれたんだ……。


素っ気無い態度だって、
ただ単に、照れ隠しだとしたら?


「……ありがとうございました」


見えなくなった背中に、僕はぽつりと呟いた。




  **




「あ、カチロー!お前大丈夫か?」
「うん、もう平気だよ」
「心配したんだよ、目を覚まさないんだもん」

次の日、朝練へ行くとまず堀尾くんとカツオくんに声を掛けられた。
凄く心配してくれたみたいだった。
いい友達だな、って思った。


そうして3人で話していると、荒井先輩が登校してくるのが見えた。



「げっ、荒井先輩だ!そういえば、お前確か荒井先輩の球が当たって…
 あれ、カチロー!?」

なにやら話を始める堀尾くんの話を聞き止めぬまま、
僕は荒井先輩の元へ走りよった。



「おはようございます!」


僕は精一杯の笑顔で言った。
荒井先輩も、返事をしてくれた。
それは少し小声だったけど、昨日のことで分かったから。

素っ気無い態度は、照れ隠しなんだって。


「昨日思ったんですけど、荒井先輩って…」
「ん?」


 「優しいんですね!」


荒井先輩は、「バカいうんじゃねぇ」って言った。
けど、今は分かるから。
横顔を見れば、ほら、怖くない。



 『これからもよろしくお願いします』


心の中で、こっそりそう呟いた。



 誰よりも怖く見えて、
 誰よりも優しい先輩へ。
























幸せだなぁ!荒カチコンチクショウ!(謎)
日記一万打記念に日記で毎日連載致しました。
いや、楽しかった。(笑)

どちらかというとカチ→荒風味?
でもベースは荒vカチなので。
荒井先輩が乙女攻なんですよぅ!
んでカチローは天然恋する少女系。
これぞ我が荒カティ道の理想!!(ビバ)

『危険なヤツ』とリンクしてるくさいです。微妙に。


2003/02/03〜2003/02/09