今日は乙女の勝負の日。

2月14日、聖バレンタインズデー。











  * 全身の勇気 *












いつも通り、教室へ行く。
何食わぬ顔で、自分の席に着く。

でも…やはり一人のことが気になってしまい、ちらりと横目で見た。
その人は、大勢の人からチョコを貰っていて、
両手一杯に包みを沢山持っていた。

その者の名は、桃城武。
こっそり…私の片想いの相手でもある。

しかし…私ときたら。
桃はとても話がしやすい性格で、
席が隣になったのがきっかけにすぐ仲良くなった。
凄くいい人だと想った。
そして、いつのまにかそれが恋愛感情に変わっていた。

でも…ずっと友達としてやってきてて、
今更告白なんて…。
とてもじゃないけど出来そうに無い、状態。


「いやー、大量大量!!」

…私の悩みも知らずに、
そいつは腕に抱えていたものをドサッと机に置いた。

「やっぱオレって持てるからなー♪」
「…チョコレート菓子ばっかだけど?」
「あ、バレた?オレってば、実は毎年義理チョコばっかなんだよな」

手塚部長みたいに人を寄せ付けないオーラでも出してれば
本命増えるのか?でもそれじゃあオレの場合相手すらしてもらえなそうだよな。
…とか何とか言って、笑っていた。

桃は、人気がある。
さっぱりとした性格で、話し易いし、…何気に優しいし。
男子にも女子にも友達が沢山いるようなやつだ。


「ま、義理チョコも本命チョコもチョコには変わりねぇーってか?」


そういうと、早速一つの包みを開封して一口で頬張って見せた。
その様子を見ていると、桃と目が合ってしまった。

「…なに、お前もオレになんかくれんの?」
「ばっ!冗談じゃないわよ、そんなものないわ!!」

……やってしまいました。
なんでこうなの、私って!!!

「怒るなよ、軽いジョークじゃねぇか」
「……」

言いながら、桃は二つ目の包みを開封した。
山のようにあったチョコがどんどんお腹に収まっていった。


「(義理チョコの山、か…)」


桃の机を横目で見て、私は溜め息を吐いた。





…実は、私もチョコは持ってきている。
バッチリスタンバイ状態にある。
しかも、義理チョコじゃなくて、ちゃんと手作りの。

しかし、渡すとなるととてつもなく緊張するわけで。

さっきはあげないとかいって啖呵切っちゃったし。
私ってホント馬鹿…。

でも、なんとかして渡さなきゃ。


「……」


鞄の中を、チラッと覗いた。
ラッピングまで、丁寧に施した包み。


隣で美味しそうにチョコを食べる桃を見て、私は思った。



 …義理チョコとして渡せば、いいか。



切ないけど、ここまで準備しておきながら
私には本命として渡す勇気が無いことに気付いた。
全身の勇気を幾ら振り絞っても、義理チョコとして渡すのが、限度。




  **




学校は終わって、放課後。
私は、テニス部の部室の横で待ち伏せた。


…来た。
運のいいことに、一人だった。

両手には、また大量のチョコを抱えてたけど。
めげずに、私は声を掛けた。


「…桃!」
「ん、あ、じゃねぇか」

私は、部室の横から手招きして、裏まで呼び寄せた。



…こんなところまで呼び寄せてる時点で、
思いっきり本命っぽいじゃん…と、私は思った。

ってか本命なんだけど!


私は、不思議そうな顔をする桃に、包みを突きつけた。



「…あげる!」
「へ?」
「あげるって言ってるの!!」
「おぉ、そりゃ、サンキュ…」

照れのあまり、怒ってるような口調になっちゃったけど…。
普段は普通に話してるのに、いや、それだからこそかもしれないけど、
こういうの、めちゃめちゃ緊張する…。
全身の勇気、振り絞ってるんだよ。

「あれ、お前さっきオレにはくれないって…」
「気が変わったのよ」

照れ隠しのあまり、怒ったような口調になってしまう。
でも、桃は私の声色なんて気に掛けていなくて、
チョコを眺めては嬉しそうな顔をした。

「なんかすげぇな、ラッピングとか。…手作り?」
「そ、そうよ」
「マジ!?」

桃は、凄く嬉しそうな顔をした。
それがなんだか悔しくて、私はまた反発のセリフを述べてしまう。

「言っとくけど、義理チョコだからね!」
「お、おう…」

気迫で押すと、桃はたじろいでいた。
自分の顔が赤い気がしたので、ぷいと顔を背けた。

「絶対、食べてよ…」
「分かってるって」

言うと、桃は笑った。

でも、私はその笑顔を見て切なくなってしまった。


私に、もう少し素直になる力があったらなって。

本当は、桃のこと大好き。伝えたい。

チョコだって、義理なんかじゃない。本命チョコ。
昨日、家に帰ってから頑張って作った。
5個ぐらい同時に作って、1個しか成功しなかった。
他のは形が、滅茶苦茶になっちゃった。
誤魔化すために、あんな小さい包み。義理だなんて言って。

気持ちを一杯込めたチョコ。
あの沢山のチョコの山に紛れて、どれだか分からなくなってしまうんだろうか。


 『好きだよ』


さっきから、その言葉が何度も喉の手前まで来てる。
でも、口に出すことが、出来ない。

もしも断られたら。

そんな思いが、私を束縛している。

わざわざ義理だなんて念を押す必要ないのに、
言ってしまったのも、それが理由。


たった2文字。

 ス キ

それだけ言ってしまえばいい。



「(一言だけ!言ってしまえばいいのよ!!)」



心の中で自分を励ます。けど…やはり言えない。
さっきのは嘘で本命だよ、ともいおうかと思ったけど…やはり言えない。
私は、俯いたまま何も出来なかった。


すると、頭にポンと手が乗った。


「サンキューな」
「…うん」

手が、離れて欲しくないと思った。
とても温かくて、大きな手。
そのまま掴んで、伝えたかった。
でも…幾ら勇気を振り絞っても、足りなかった。

私ってなんて意気地がないんだ…と、思っていたら、
桃の手は、遂に離れてしまった。
そして、肩も擦れ違った。そのとき。



 「一ヵ月後は、期待しといていいぜ」

 「――!」


その言葉に、私はバッと顔を上げた。
急いで後ろを振り返ると、桃は背中を見せたままで「じゃ!」と手を上に掲げた。


「う、そ…」


今のセリフは、何?

もしかして、これって…。


「期待しちゃって、いいの、かな…」


途端、全身から何かが込み上げてきた。


大好き。
幾ら言っても足りない、大好き。


一ヵ月後……。

胸が躍る。期待が膨らむ。


でも、とあることに気付いた。


私は、結局本当の思いを伝えていない。



義理チョコだなんていってはぐらかして。
結局今までと同じ友達のままで。


「ちゃんと、伝えよう…」



まるで、バレンタインの魔法のよう。
何故だか不意に、勇気が溢れかえってくるような感じがした。

私は、さっき見送った背中に追いつくと、
全身で想いを伝えた。



 背中に飛びついて。

 ぎゅっと腕に力を込めて。

 全ての想いを捧げた。



  『大好きだよ』



 そう、それはまるでバレンタインの魔法。

 不思議な呪文に後押しされて、私は全身の勇気を込めた。




  返事は、白い魔法が掛かるまでお預け、だって。






















せーの、わっかりっにくぅーい!!(痛)
もう、主人公どんな性格してんだ。
ころころ気の変わるやつだな。ま、ころころ気の変わる性格ということで!(最悪)

桃ちゃんは義理チョコがめちゃくちゃ多いと思います。
やっぱ、本命は緊張するよねーきっと。
ちなみに、桃ちゃんも前から主人公が好きなんです。
チョコも本命だってわかってます。(鋭)
そのくせに義理だと言ってくる主人公が可愛いんです。(笑)

白い魔法は、ホワイトデーのことです。ハイ。(だから分かり難いって)


2003/02/08