「………」

私は、朝起きてから、5分ほどカレンダーと睨めっこしていた。


間違いない。

昨日の日にちから考えても。
一週間前の今日から考えても。
建国記念日から考えても。


今日は…一年で一番大事な行事のうちの一つ。


2月14日、聖バレンタインズデー。











  * ブラウニー *












妙に落ち着かない気持ちで登校した私。
教室につくと、迎えてくれたのは親友のちゃんだった。

「おはよ、
「おはよー、ちゃん」
「ね、今日例のアレ、持ってきた?」
「もっちろん!」

私は、手にぶら下げた小さな袋を掲げて見せた。
中には…勿論チョコレート。

一応、私は結構料理は得意な方。
ただのチョコレートじゃなくて、
アーモンド入りのチョコ・ブラウニーを作ってみた。
食べてくれるかな…。
まず、渡せるかが問題よね…。


「あ、!例の人が来たよ!!」


その声に、私はバッと廊下を振り返った。
うちの教室からは、階段の方向が見える。
2年の私だけど、3年生の姿を見ることが出来るわけ。


…来た。
いつも通り、楽しそうに弾け回ってる。
少し撥ねた赤毛が特徴の、とても元気な先輩。
私の想い人。

そう、私の片想いの相手は、
一年年上の、菊丸英二先輩……。


「…ね、、見た?」
「へ、なにを?」
「菊丸先輩も横を歩いてた不二先輩もさ、なんか紙袋持ってたじゃん?
 あれって絶対チョコレート対策よ」
「……」

そうか。確かに菊丸先輩は人気あるもんね。
チョコだって…沢山貰うんだろうな。
私もその中の一つでしか…ないのかな…。

私が俯いていると、ちゃんがコツンと頭に拳を当ててきた。

「こら、何沈んでるの!気合入れんかい!」
「う、うん…」
「大丈夫!菊丸先輩優しいから、絶対喜んでくれるって!」
「…そう、だよね。私、頑張る!」
「その意気だよ」


こういうとき、友達って本当にいいなぁ、と思う。
…よーし。
応援してくれてるちゃんのためにも、頑張らなきゃ!




  **




時は流れて、昼休み。
移動がある短い休憩の間は無理だと悟った私は、
昼休みに渡すことに決めたのです。


「あー…緊張する」
「大丈夫大丈夫!リラックスよ、!」

ちゃんはそう言って私の肩をバシバシと叩いた。
でも…どうしても私には階段を上ることが出来ない。

「……だめだぁ」
「何言ってるの!気合よ気合!」
「だって、3年生の階に行くなんて、怖いよ」
「う…確かに……」

そう。3年生の先輩は、なんだか怖い。
私はそんな目にあったことは無いけど、
噂によると生意気な後輩をいびる先輩もいるらしいし…。
本当かは知らないけど。
もしも人気のある菊丸先輩を呼び出してチョコでも渡した日には、
靴に画鋲じゃ済まないかも!?

「た、確かに3年の階って危険な匂いがするわよね…」
「だよね!?」


そんな理由で、結局昼休みも諦めたのでした。

なんだか、先送りにしたがっているような自分に、苦笑した。





  **




放課後。
こんな日に限って…掃除が長引く。
教室の窓からテニスコートを見下ろすと、
テニス部の活動は始まっていた。

もう、ここまできたら部活終了後を狙うしかない、と私は悟った。




掃除も何とか終え、私はテニス部を見学しに行った。
今日は、バレンタインデーということもあってか、
いつもより人が多い気がした。

そして、私のすぐ隣にも3年の先輩と思われる人が立っている。
ど、どうしよう、同じく菊丸先輩狙いだったら…。
先を越されるのは嫌だし、でも無理に前に出て目を付けられたら嫌だし!?


そう思いながらこっそり隣の人の視線を追っていると、
どうやら菊丸先輩ではない、ということが判明。
私はほっと肩を撫で下ろした。






部活終盤になると、さっきまで大勢居た人もいつの間にか減っていた。
さっきまでの人たちは別になにかを渡そうとしていたわけじゃないみたい…。
相変わらず隣に先輩は居るけれど。

手塚先輩が解散の声を掛けて、
みんなガヤガヤとコートが出てきた。
菊丸先輩は、不二先輩と一緒に笑いながら歩いていた。


心臓がドキドキした。

足が震えた。

でも、これを逃したらチャンスはない!
私はそう悟って、思い切って二人の前に飛び出した。

私より遥かに背の高い先輩二人は、
突然目の前に現れた後輩に不思議そうな顔をした。


言うの、言うのよ!!


「あ、あの…菊丸先輩っ」
「はにゃ?」
「ちょっと、いいですか…」

遂に、呼び出しに成功。
うー、私今きっと顔真っ赤だろうなあ。
恥ずかしくて顔上げられない…。

「ん、分かったよん」
「行ってらっしゃい、英二」

こういうことには慣れているのか、
二人は極自然の対応だった。
私一人だけ舞い上がっちゃって…。
恥ずかしい……。

「あれ、英二、この子…」
「うん。そうみたいだね」

不二先輩は、私のことをじっと見ると、
菊丸先輩に小声で声を掛けた。
といっても、私にも聞こえてたんだけど…。

なに、私ってなにかあるの!?
どうしよ…変な噂とか流されてたら…。

「………」
「んーと、とりあえずどっかいこっか」


顔を上げられずにいる私。
菊丸先輩の言葉に頷いて、足元だけを見て後ろに付いていった。



  **



「よいしょ」
「……」
「隣、座っていいよ」
「あ、ありがとうございます!!」

私達は、学校の裏に来た。

今までこんな場所があるなんて知らなかった。
そこからは、並木と大きな夕陽が見えた。

「ここ、いいところでしょ」
「は、はい!」
「オレのお気に入りの場所なんだよね」

そう言って、菊丸先輩は笑った。
その笑顔が、キラキラ光って見えた。

…大好き。
誰よりも一番好き。

伝えなきゃ。


「…あの、菊丸先輩!」
「ほいよ?」
「これっ…!」


私は、手に掴んでいた袋を両手で前に出した。
目はギュッと瞑って、顔を伏せて。
心臓がこれでもかってぐらいドキドキする。

手が、ふっと軽くなって、私は目を開けた。


 「ありがとにゃ」


菊丸先輩は、受け取ってくれたのだ。
満面の笑みと一緒に。


「それから、あのっ…」
「ん?」

その笑顔と、バレンタインの魔法に後押しされるように。


私は、心からの言葉を、表に出した。



「菊丸先輩好きです!付き合ってください…!」



言い終わった瞬間、風が吹いた。
サラサラと風の音がする。

返事は、どうなの…?

期待と不安が入り混じった気持ち。
そんな私が耳にした言葉は、


 「ごめん」


これだった。



「―――っ」



涙が、つぅ、と頬を伝った。
涙って、こんなに早く溢れちゃうものなんだ、とか妙に冷静な自分がいて。
でも、心が…痛い。

私、フラれちゃった……。


情けないけど止められない。
涙がボロボロと溢れてくる私。
そんな私に、菊丸先輩は焦った声で言ってきた。

「ちょっと待って!別に君のことが嫌いって訳じゃないんだよ」
「……」

その言葉に、私は目を開けて顔を上げた。
菊丸先輩は、困った風な表情で頬を掻くと、
こっちを見て、言ってきた。

「なんていうか、今突然付き合うとか、
 そういうことは考えられないって意味で…」
「そう、ですか…」

なんていうか、あれ?
嫌いじゃないけど、恋人としては受け取れない?
…結局同じじゃない。

私はそう受け取った。
でも、菊丸先輩の考えてることは違うみたいだった。


「…一ヵ月後」
「え?」
「3月14日、何の日か分かる?」
「え…ホワイトデー…?」

問いに答えると、
菊丸先輩はコクンと頷いた。

「それに、今年は丁度卒業式と重なるんだ」
「…そういえば」
「だからさ」

菊丸先輩は、私の正面に回り込むと、言った。


「卒業式が終わったら、またここに集合っ」
「……」
「それまでには返事考えておくから。約束、ね?」
「…はい!」


信じられなかった。
まさか、そんな展開になるなんて。
でも、それが現実らしい。


「ブラウニー有り難く頂戴させて頂くにゃー♪」

菊丸先輩は、手を振りながらそう言った。

一人残された私は、暫くボーっとしていた。

OKされたわけじゃない。
だけどさ、これって…。
可能性は有る、って訳でしょ?



「……ふふっ」


独りで、思わず笑ってしまった。

0%じゃないけど、100%でもない。

それだけど、貴方と約束を交わして、
また今度ここで逢えるということが、想像以上に幸せなわけで。

勇気を振り絞って良かった、私はそう思った。

次の勝負は、また一ヵ月後、かな。



  背中を押してくれたのは、バレンタインという名の不思議な呪文。






















菊ちゃんですよ、菊ちゃんですよ!
菊は甘えん坊だけど、年下とか気が弱そうな人に対しては、
めちゃくちゃ優しくなると思うんです。

続編は、ホワイトデー用にもう考えてあります。
だから、中途半端に書いてあるけど…勘弁です。

ブラウニーはチョコレートのケーキみたいな御菓子です。
日本ではマイナー?アメリカとかではかなりメジャーなんですがね。


2003/02/08