年に一度の大イベント。
女の子にとっては、とってもとっても大事な行事なの。

2月14日。

そう、今日は…聖バレンタインズデー。











  * salty sweetie *












、15歳。
今年こそは…やります。
今までずっと見るばかりだった。
でも、今日こそ革命を起こすとき!


 不二君に、チョコレートっ、渡します!!!



昨日、夜遅くまで起きて作ったチョコ。
普段料理なんて全然しない私。
凄く大変だったけど…でも、彼の事を思うだけで心が弾んだ。
あんまり凝ったことは出来ないけど、
アーモンド入りの、ハート型のチョコレートを作った。
上には、ホワイトチョコソースで"I love you."の文字を添えて。

気に入ってくれるかな?
それより、ちゃんと渡せるかな?

期待と不安が入り混じって、
その日は明け方まで眠れなかった……。




  **




――朝。


「し、しまったぁ!!!」


不覚。
完全な計算違い。
本当は、いつもより早く登校して…待ち伏せするか、
下駄箱にチョコを入れるかするはずだった。

しかし……。

時計の針は、いつもと同じ…どころか、
それより遅い時刻を刺していた。


「遅刻だぁ!!!」


家中を駆け巡って、朝から大忙しでした。





  **





学校には、なんとか遅刻せずについた。
寧ろ、数分余った。(いや、ギリギリだけど…)
通り際に、不二君の靴箱の中を覗いてみた。

予想通り、中はギッチリ。

開けたら中身が雪崩れ落ちてきそうで、私には怖くて開けられなかった。
これじゃ持ってかえるのも大変だろうなぁ、と同情してしまった。


仕方ない。下駄箱作戦は失敗…。
机の中にするか、直接渡すか…か。




  **




一日中、私はソワソワしていた。
授業中も、なんとか上手く渡す作戦を考えてたし、
休み時間も、チャンスはないかとチラチラ様子を伺っていた。

しかし、隙が、無い。

というか…今日は特に、なのであろう。
休み時間になると、周りに人だかりができてしまう。
まるでアイドル。まあ、我が校のアイドルのようなものだけれど…。
これじゃあ渡すどころか近付くことすらままならない…。


どうしよう。


左手に掴んだ小包が、なんだか一瞬淋しく見えた。





  **




不二君は、一日中人に囲まれていた。
全てに、笑顔で対応していた。

どこかに、本命はいるのかな…。

そう考え始めた。
…不二君にして見れば、私だって不二君のことを
取り囲んでいる女の子たちのうちの一人と、
同じようなものなんだろうな…。

大勢の中の、一人。

きっと、それだけなんだろう……。

寧ろ、そうとすら思ってもらえないかもしれない。
だって、私は遠くから見ることしか出来ない弱虫だから…。


勇気のない自分に嫌気がさして、溜め息を吐いた。
壁に寄りかかって、離れたところから不二君のことを見ていた。

なのに…何故か、偶然目が合った。
周りの女の子がキャーキャー騒いでる隙間から、
本当に偶然に、目が合った。

そして…ニコッと微笑まれた。

「っ!」


誤解しないで、別にアンタのこと見てたわけじゃないのよ!!
…なんて、正反対のことをいえるはずもなく…。

私は、重い足取りで自分の教室に帰った。




  **




…結局、なにも出来ないまま放課後になった。
私の手元には、小包が残ったまま。

最後のチャンスは、部活が終わった直後しかない、そう思った。
部活での勇姿を見届けた後、
声を掛けて部室裏辺りにでも呼び出し…そうしよう、うん。





……しかし、私はとあることに気付いた。

今日は、いつも以上にテニス部の見学者が、多い。

もしかして、同じ狙いの人がいる!?
そう悟った。
いやいや、他の人狙いかもしれない…。
自分にそういい聞かせた。
嫌な予感で脈打つ胸を必死に落ち着かせて、
部活動の一部始終を見守った。




  **



そうして、いよいよ部活終了。
不二君は、同じクラスの菊丸君と歩きながら近付いた。

よし。声掛けるぞ…

と、思ったとき。


私の横に居た後輩と思われる子が、二人に向かって走っていった。


「(ま、まさかー!!!)」


めちゃくちゃ動揺した。
でも、その子が声を掛けたのは菊丸君のほうだった。

良かった…。
しかも、丁度いいことにこれで不二君がフリーになった!
今が絶対にチャンスだ!!

…と思ったとき。


今度は別の人が、不二君に話しかけた。
しかも、選りによってその人は学年一の美人と噂される人だった。



勝ち目なんか、全然ナイ。



心臓が、強く殴られたような感触がした。

不二君は、その人と一緒にどこかへ歩いていく感じだった。
そのとき、何故かまた私は不二君と目が合った。

でも…今度は微笑んでくれなかった。

そのまま顔を背けられた。
二人は、肩を並べて歩いていった。


どうしようもなくなって、私は学校の中に戻ると屋上へ駆け上がった。







私のバカ。

人気のある人を好きになったんだから、
ライバルは沢山いるって分かってたはずなのに。

自分は不二君にとって大勢の中の一人でしかないのに。

なに…一人で夢見てたんだろう。




屋上に着いたとき、私の目からは涙が溢れていた。





  **





フェンスに寄りかかって、空を見上げた。
夕陽が沈むところで、空は綺麗な黄金色だった。
綺麗過ぎて、涙がもっと出た。

なんとか掴めないかと思って手を伸ばしたけど、
掴むのは空気だけだった。


「やっぱり…高すぎる望みだったのかな」


手が空を掴むことは出来ないみたいに、
遥か遠くのものに、目を付けてしまったんだ。

初めから、無謀な夢だったんだ……。


「………」


左手に納まっている小さな箱に目をやった。
一生懸命作って、可愛くラッピングした。

受け取ってもらえなければ、意味は無いのに。


「…もう、諦めたほうがいいんだよね…」


私は、自分で施したラッピングを自分の手で解き始めた。


 中から出てきた、ハート型のチョコ。


また涙が出そうになったけど、
滲んだ視界は数回の瞬きで誤魔化した。



「…勿体無いから自分で食べてやる」



こうなったら、太ろうとニキビが出来ようと知るか!
そう思って、チョコを齧った。

ミルクチョコの程好い甘さが、口に広がった。


「美味しいんだけど、なぁ…」


食べてもらわなきゃ、意味無いんだよね…。


とうとう、瞬きだけでは消しきれなくなった涙が頬を伝った。
舌で掬って見せると、チョコとは正反対のしょっぱい味がした。

甘い味に戻すため、もう一口齧ろう、そう思って口を開けたとき……。



 「何してるんだい?」




そこに居たのは、

紛れも無い、不二周助自身だった……。


「不二君!?」
「やあ」


私は急いで制服の袖で涙を拭った。
情けない顔を見られたくなかったから…。
といっても、目も鼻も真っ赤だったんだろうけど。

「…それ、チョコレートでしょ?」
「うん……」

不二君は私の横に立ってフェンスに寄りかかった。

なんで不二君がここに!?と動揺ばかりだったけど、
訊くのもなんだし黙っていた。

「食べてるみたいだけど…別に、貰ったわけじゃないよね」
「………」
「…誰に、あげるつもりだったの」

不二君は、優しげな声で訊いてきた。
優しげな声だったけど、私には拷問的に辛い質問だった。
私は答えることが出来ず、黙って俯くだけだった。

そうして、どれくらいの時が経っただろうか。
突然、不二君は私の左手を掴んだ。

「な、なに!?」
「……」

私の左手は、箱を掴んでいた。
ラッピングは解いてしまったものの、一応包まれてはいる。

不二君は箱を取り上げると、小さな声で言葉を紡ぎ始めた。


「……『不二君へ、心を込めて 』」
「!!!」
「――」


不二君は、目を見開いてこっちを見てきた。
いつもの穏やかな笑顔じゃなくて、
真剣な鋭い眼つきだった。

「ねぇ、どういうこと」
「……」

不二君の視線に耐えかねて、私は全てを吐き出した。


「っあげるつもりだったのよ!本当は。でも…
 他にも沢山の女の子に囲まれてる不二君だもの。
 自信なくしても…当然でしょ……」

語尾は小声になってしまって、聞こえたか分からない。
まあ、聞こえなくとも聞こえなくとも関係ないけれど。

涙がまた溢れてきた。

なんでこんなこと本人に訊かれなきゃいけないの!
失恋した女がそんなに面白い?
言っておくけど貴方はその張本人なのよ!?


「分かったでしょ…同情はいいから、もう帰って…っ!」


私はぎゅっと目を閉じてそう言った。
そして、私はまだ右手にチョコレートを掴んでいることに気付いた。
いっそのこと、思いっきり投げつけてやろうか、
そう思って目を開いたとき。

不二君は私の手からチョコを奪った。

まさか、コイツ人の心が読めるの!?
冗談抜きでそう思った。

そうしたら…不二君は、チョコをパクンと食べてみせた。

「……へ?」
「うん、美味しい」

戸惑う私を他所に、不二君は幸せそうにモグモグとチョコを食べた。

「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「だって、僕にくれるつもりだったんでしょ」
「〜〜〜」

私はもう何も言えなくなってしまった。
向こうが言うことが全て事実だというのが痛いところだった。
口をパクパクとさせていると、不二君はその間に食べ終えて、言ってきた。

「美味しかったよ、ごちそうさま」
「っな、なによ、勝手に…」

私は顔が真っ赤になっているのが自分で分かった。
そんな私に、不二君は飄々とした顔で言ってきた。

「あ、そういえば間接キスしちゃったね」
「っ!!」

この人…ほんとに、なんなの……。
私は一瞬目眩を起こしそうになった、そのとき。


「それとも、直接でもいいのかな?」


不敵な笑みで、そう言われた。


「ば、ばか、何言ってるのよ!!」
「うーん、やっぱりダメ?」

私は焦って否定の言葉を述べた。
だって、突然そんなこと……。


「でも、さ」


不二君は、笑顔で言ってきた。




 『僕の気持ちは、もう分かってくれたでしょ?』




ね、と首を傾げながらニコッと笑う彼に、
私は照れながらもコクンと首を上下に振った。



 そう。

 私達は、元々両想いだったのです。

 私が勝手に誤解して距離を離していたのです。



「あーあ。チョコレート一口分損しちゃったな」
「だって、知らなかったから…」
「…ま、“一口”得したからいいのかな?」
「っ!!」

なんでこの人はこんなにサラっと恥ずかしい言葉が言えるのだろう…。
そう思っていると、不二君は言った。


 「今度は、本当の口、貰っていいかな?」


笑顔の言葉に対し、私は目を閉じることで肯定の意思を示した。



合わさった唇は、甘い甘い味がした。



「うーん、こっちもなかなか甘くて美味しいね」
「バカ…」



思わず反発的な態度を示してしまう私だけど、
本当は嬉しくて仕方がないのを、照れ隠ししているから、です。


とにかく、私の15歳の恋は、見事に花開いたのであります。




  全ては、バレンタインの魔法のように。






















バレンタイン企画不二ドリィーム。
…はい。楽しく書かせていただきました!
久しぶりにドリームらしいドリーム書いたなぁ、という感じ。
(明らかに最近のは趣味に走りすぎていた)

最後はめでたしめでたしということで。それが一番でしょう?
不二がちょっと常識外れ人ですがそれはまあいつものことなので。(ぇ


2003/02/07