「ねえ大石」
「なんだ、不二」
「ちょっと大石と話したいことがあるから、
 部活が終わったら残ってくれない?」

不二は笑顔でそう言った。

不二が俺に話し掛けてくるのは珍しいことだった。
仲が悪いわけでは決してないのだが、特別良いわけでもない。

俺は、良く部員の相談を受けることがあるから、
きっとそんなことだろうと思った。


「そうだな、どうせ部誌を書くから、最後まで残ることになると思うけど」
「そっか。なら丁度いいや!」

軽く言うと、不二は嬉しそうに手を振りながら走っていった。


別に、なんら変わりのない日常。

だから、全く気に留めなかった。



まさか、こんなことになるなんて考えもしなかったんだ――。











  * lonesome moonlight *












部活も終わって、俺は部誌と鍵閉めのために最後まで残る。
しかし、今日は俺だけではない。

机の向かい側に、ちょこんと不二が座っているのだ。

話があるというからどんなことかと思ったが、
不二は両肘で頬杖をついて俺の顔を見てくるだけで、
特に何も話そうとしなかった。

言い出すのに勇気のいることなのかもな、と俺は認識して、
突き刺さるように降り注ぐ視線を気にならないふりをして
部誌にシャーペンを走らせた。


夕日が沈み始めて、少し部室内が暗くなってきた。
オレンジ色の暈けた光が差し込んでくる。
もうすぐ書き終わるし、電気はまあ点けなくていいか、と思った。

ところで、一体不二はいつ話し始めるのだろう…と思ったとき。
不二の口がついに開いた。


「大石ぃ」
「ん?」
「大石って…英二のこと好きなの?」
「――」


この質問には、虚を突かれた。
話があると思えば、こんな当たり前のことか…と。

「好きもなにも…好きに決まってるだろ?」


俺は当然の如く笑顔で答えた。

そしたら。


『バン!』

「―――」
「…それは、どういう意味で?」


不二は机を強く叩くと、
こっちに身を乗り出してきた。
覗き込んでくる目は、きつくて鋭かった。
怒ったような、表情。
しかし、俺にはなんで不二が怒っているのか到底予想が付かなかった。

「不二、どうして怒っ…」
「……」

俺が訊こうとすると、
鋭い眼光で見下ろしてくるだけだった。
気迫に押され、口を詰むんでしまう。

何も言えなくなって、
俺はまた部誌に視線を戻した。
そしてまた書き始めようとしたところで、また声を掛けられた。

「大石」
「…なんだ」

溜め息混じりに訊き返す。
すると…。

「ね…キスしよ」
「……はぁ!?」

一瞬は冗談だと思ったが、
でも、そうではないと不二の表情が示していた。

不二が机の向こう側からこっちに歩いてきた。
身の危険を感じて、俺は咄嗟に立ち上がって後ずさった。

「大石…」
「ふ、不二、ちょっと、落ち着け!!」

いくら言っても、不二は止まろうとしなかった。
俺は、肩を掴まれ、地面に押し倒された。

「やめろ!!」

信じられなかった。
いきなりこんなことになるなんて。

俺は上から不二の顔が近付いてくるのを感じて、
顔を背けて思いっきり目を閉じると、
腕を上に伸ばして突き放そうとした。

重く伸し掛かってくる体重に、耐えて……?


「…?」

初めは、腕にかなりの体重が掛かってきていたが、
暫くすると、それがなくなってきた。
もう押してきてはいなくて、
ただ体を任せているだけということが分かった。

ゆっくり、目を開けた。


「……不二!?」
「…おおいし……」


そこに居たのは、目から涙を流している不二。


こんな表情の不二は、見たことがなかった。
泣いているとかいないとか、そんなのじゃなくて。

触るだけで崩れてしまいそうな、淋しそうな顔。


「……ごめん」
「いや…」


不二が俺の上から離れたので、俺はゆっくり身を起こした。
不二の顔を見続けて。
向こうは、顔を伏せたままだったけれど。

不二は、ゆっくりと始めた。

「僕…分かってる。自分が間違ってること。病んでるんだ、僕…。
 でも、止められ、ないんだ…!」
「不二……」
「好きなんだ、大石…」


訳が、分からなくなった。

俺の目の前で泣いている不二は、
さっきまではあんなぎらぎらとした目でこっちを見てきていて。
消えてしまいそうな、か細い声で、
俺のことを、好きだといって。



そのとき、不二の本当の姿が見えた気がした。


不二は、意地が悪いわけでもなんでもない。

本当は弱い心を、そうすることによって隠していたんだ。

辛いからこそ、他人には悟られたくないと。

弱い自分を見せたくなかった。

でも、いつまでも自分では抱え込んではいられない。

それで、俺に全てを明かしたんだ。

俺のことを好きだといって、信用してくれて。


助けて、やらなきゃいけない…。



「不二…」
「っ……おお、いし…」
「辛かった、んだな…」
「――…」

静かに首を縦に振る不二は、
なんだかとても弱々しく見えて。


「俺も、不二のこと好きだぞ」
「――」


不二の目が開いて、涙はぱたりと止んだ。

俺の言葉は、100%本当かといったら、分からない。
でも、少なくとも嘘ではない。

不二の口が、ゆっくりと開く。
そこから出てきた声は、先程まで泣いていたためか、
少し掠れていた。

「…英二は?」
「英二は大事なパートナーだよ。でもただの友達だ」
「そんなこと言われたら…僕、期待しちゃうよ?」
「それで、いいんじゃないか?」
「何するか…分からない」
「…構わない。ちゃんと、受け止めるから――…」

言い終わるのとほぼ同時、不二の唇は俺のそれと合わさっていた。
鼻の先が不二の涙の跡に当たったのか、少し濡れた感触がした。

俺は、静かに目を閉じた。


「大石…ダイスキ」
「…俺も……だ」


気持ちの確認の言葉。
まるで、暗証番号のような。
お互い一致が確認されると、
もう一度、押し付けられるようなキス。

嫌な気持ちはしなかった。
むしろ、感じたのは心地良さ。

正直、男同士でこんな事を…と少々抵抗はあった。
でも、それはただ単に余り慣れない事態に戸惑っただけであり、
強いて悪い気はしなかったのだ。


白くて細い指が、自分の服の上を這って。
滑らかな動きで、ボタンをするりと外していく。
俺は、抵抗することなく。
全てを任せて。
今までにない経験に少し不安も感じながら、
でも、不思議な期待感が混じっていて。


「ごめんね…僕、偉そうなこと言っておいて
 こういうのってどうしたら良いのか分からないんだけど…」


不二は、困った風な表情を一瞬見せつつも、
俺の肌に唇を当ててきた。

チュッと音を立てて、痕を残される。
あの整った形の唇が…。
そう思うだけで、恐ろしいほどの寒気が走り、
俺は思わずぞくりと背中を逸らす。

冷たい指が、身体の上を滑っていく。
自分の身体の熱さと反対のひんやりとした感触が、
妙なほどに心地良かった。

舌が、胸元を這う。
ざらりとした感触と、ねとりとした感触が、
ほぼ同時に認識される。
無意識に、俺は首を仰け反っていた。

「ねぇ大石…気持ちいい?」
「ああ……」
「本当に?」
「嘘なんか、吐いてどうするんだ」
「それもそうだね」

不二は嬉しそうな顔をして、
舌を俺の全身に伝わせていった。

「ねぇ…大石って、意外と肌綺麗なんだね…」
「それはお前だろ?」
「そうかなぁ…」

そんな談笑も交えながらも、行為は進んだ。
そして、遂に不二の舌は俺の下腹部に到達する。

「大石…ズボン、下ろすよ」
「お前の…好きなように、していいぞ」
「うん…」

カチャカチャとベルトが外され、ズボンが下に下ろされる。
すると、そこには恥ずかしくも苦しそうに下着を押している俺自身があった。

「…大石の、大きい、ね…」
「恥ずかしいから、あんまりそういうことは……あっ!」

不二は、俺のモノを手でそっと握ると、
顔を近づけ咥えてきた。
不覚にも、声が洩れる。

「ふ、ふじ…っ」
「気持ち、イイ?」

訊かれて、俺は答えることが出来なかった。
声を出しても、情けない声しか出なさそうな気がしたから。
だから、首だけをコクコクと上下させた。
一度口を離した不二は、
俺と目を合わせるとまた嬉しそうにしゃぶり付いた。

「…ぁ……ハァっ…」
「………」

部室の中は、自分の荒い息と、
下半身に響くピチャピチャという音だけだった。
快感に陶酔しそうになって、俺は天井を仰いだ。

その際に、窓から微かに差し込んでくる月明かりが見えた。

いつの間にか夕陽も完全に沈み、
基本的には世界は闇。
光源はとても微かな月明かりのみ。

その美しさに見惚れるも束の間、
押し寄せてくる快感の波に飲まれそうになる。

「ふ、じっ……!」

より大きな快感を求め、
気付けば俺は不二の頭を掴んで揺すっていた。

「……!!」

そして、そのまま口内に放った。

全てを解き放つ衝動。
思考が働かなくなる快楽。

噎せ込む不二の声に、現実に引き戻された。

「あっ、ごめん不二!俺…」
「いいんだよ」

口の周りを拭うと、不二は笑った。

「大石に気持ち良くなってもらって、嬉しかった」


微笑んだまま、不二は俺のことをそっと押し倒した。
されるがままに、俺は床に仰向けに寝た。
ズボンが下ろされ、そして取り払われる。

すると、後ろにヒヤッとした感触。

「!」
「次は、一緒に気持ちよくなってね…」
「あ、ぅ……」

中に、指が二本ほど差し込まれるのが分かった。
不二の細い指とはいえ、
異物を受け入れることに慣れていないソコは、
そのたった少しの物量のものを入れただけで拒絶的な反応を示した。
外へ外へと、押し出そうとしてしまう。

そして、痛み。


「う、ぅぅ……っ」
「ごめんね大石、痛い?」
「あ、ぅぁあ…っ!」

もう、俺には返事をする余裕すらなかった。
目をギュッと瞑り、切り裂くような痛みに耐えるのが必死だった。

「ふじっ…もう、いいからっ…!」
「慣らしておかないと、もっと大変だから」
「っ…く……ハァっ」

中で指が暴れまわる。
目が回りそうになる。

既にパニック状態に陥っている俺の中に、
更に指が足された。

「ぅ、ああああっ!!」
「もう少しだけ…我慢して」

そう言って不二は俺の胸元にキスをした。
もう、何がなんだか分からなくなる。

痛いのか。
辛いのか。
気持ち良いのか。

…キモチイイ?


「うっ、不二…ぁ、ああっ」
「どう、だんだん…滑りが良くなってきたよ…」
「んんっ…!」

確かに、俺の下はジュポジュポと嫌らしい音を立てている。

俺は、気付けば痛みから逃げるのではなく
快感を追っていたことに気付いた。


「ぁ……ぃあぁっ!」
「もう、いいかな…」

不二は俺の中から指を全てズルンと抜いた。
刺激が与えられなくなったソコは、
物寂しそうにヒクヒクとヒク付いているのが分かった。


「ちょっと待ってね、今、あげるから…」
「………ああああっっ!!」


瞬間、また激痛。


「ふぁ、あ、あああ!」
「大石…すっごく、気持ちイイ…」

先ほどとは比べ物にならない物量のモノが、
俺の中に侵入してきた。
息が詰まるような痛み。
でも、その痛みの中にも微かに快感を見つけた気がした。

「ふ、じ…ハァっ…不二!」
「大石…大好きだよ…」

自然と瞑ってしまう目を開くと、
不二の、笑顔が見えた。
その顔の左側に、
月明かりが当たっているのか、綺麗に映った。

その美しさもまた、快感の中へと身を隠す。

「あ、フジ…もう…ああぁっ!」
「大石、僕も…!」


お互い内から溢れ出すものを放ち、
快楽に飲まれるがままそこに脱力していた。



  **





目が覚めて、俺ははっと腕時計を見た。
時は、7時半を回っていた。
焦って不二を起こし、そして俺達は帰った。

部誌を職員室に出しに行くと、あまりに遅いもんで
竜崎先生は随分心配していてくれたようだった。
でも、まあ理由はとやかく訊かれなかった。

俺が胸を撫で下ろすのを、
不二は面白がって笑った。
それを見て、俺も自然と微笑み返していた。

初めて、俺は不二と学校を帰った。
といってもすぐに道は分かれてしまうのだけれど、
行けるところまで一緒に行くことにした。
少し気恥ずかしかったけれど、不二に誘われるがままに、
指同士を絡めるように手を繋いで歩いた。

不二はこっちを見上げて、にこっと笑った。


不二が笑顔で居てくれて、本当に良かった。




 ――空を見上げると、綺麗な三日月が見えた。

 その月があまりに綺麗で、
 街頭を消してほしいと思った。



   月明かりだけが、僕らを照らしてくれればいいと思った。






















えー…大石語りを書いているうちに、閃いてしまった不二大話。
しかも何故裏々にきているんだろうという痛さ。(苦笑)
不二大とかいって…激しく茨。
ってか大石受はもう勘弁とか言っておきながらね。ははは。(空笑)

この不二は、白いのに弱い自分を見られたくなくて
黒いふりして強がってる、みたいな。
結構原作の不二はこんなじゃないだろうかと信じてみたり。
でもあまりの黒さに「やっぱこいつ腹黒だわ」と思うことも暫。(こら)
まあ、とりあえずこの話の不二は素は白いのよ。でも攻。(笑)
ってか大石が煽り受入っちまった。

この話、大石視点だけど主人公は不二なのよ、
とか要らんこといってみたり。(ホントにな)


2003/01/16