別にどうしてって訳でもないんだけど。

 隣にいるだけで嬉しいなって思ったんだ。











  * show me your smile *












俺は、生真面目な顔をして本を読んでいる海堂の
前のやつの席に後ろ向きに座った。

「なあ海堂」
「……なんだ」

海堂は、視線を本に向けたまま返事をした。
俺は、首を傾けて海堂の表情を伺いながら、質問した。
最近俺が一番気になっていることだ。

「そんな顔してて疲れないか?」
「…笑っている方が疲れる」
「ま、それも一理あるけど…」

俺は納得しかけた。
だけど…やはり妙に気になった。

だって、俺はこの青春学園に入って以来、
一度も海堂の笑顔を見ていないんだ。



  **


俺が青学に編入したのは、二ヶ月前。
正式に入学する日、自分の教室に連れて行かれた。
ショートホームルームが始まるまで10分ぐらいあるから適当にやっててくれ、
と言い残すと、担任はどこかへ消えた。

無責任だなーと思いつつも、俺は教室に足を踏み入れた。

――2年7組。

まあ、響き的には悪くないとかそんなことを思いながら。
とりあえず教室内をグルッと見回してみた。


もうクラスの中ではグループのようなものが固定され始めて、
仲のいいものや気の合うもの同士が教室の中でそれぞれ散らばっていた。

その中で、一人席に座っているやつがいた。
少し彫りの深い顔が印象的で。
固い表情で静かに本を読んでいた。

俺がここに来て最初に声を掛けた生徒は、海堂だったと思う。

「よっ」
「――……」

声を掛けると、一瞬顔を上げて目を合わせたけど、
何も言わずにまたすぐ本に戻った。
取っ付き難いやつだなーとは思ったけど、
何故か妙に興味が湧いた。

「なあ、俺のこと知ってる?」
「…転入生だろう」

まさか知っているとは思わなかったので、俺は少し驚いた。
担任が事前に知らせておいたのだろうか。

「あ、知ってるんだ。ちなみに名前は
「知っている」
「そうか。…で、お前は?」
「海堂薫」
「ふ〜ん…じゃ、よろしくな、海堂」
「……」

やはり、笑顔は見せなかった。
表情をあまり変えないまま、
ただただ低い声で言われたことの返事をするだけだった。

そんなやつだったけど…でも、何故か俺は
海堂となら仲良くなれる気がした。



HRでは、簡単に自己紹介をさせられた。
自分の席は、教室の一番端の窓際だった。
ラッキー、とか思いながらそこへ向かう途中、
海堂と目が合った。
だから微妙に笑ってみたけど、向こうは目を逸らすだけだった。

「(ホント愛想ないなあ…)」

とは思いつつも、なんだか楽しかったりした。



俺は休み時間ごとに海堂の席へ向かった。
相変わらず本を読み続けていて、あまり話してはくれないけど。

読んでいる本を覗いてみると、テニスの本だった。

「お前、テニスやるの?テニス部?」
「ああ」
「楽しい?」
「ああ」
「今度見にってもいい?」
「…好きにしろ」

素っ気無かったけど、それだけの会話でも楽しかった。

そのまま会話(ほとんど一方的だけど)していると、
俺は数人の男子に声を掛けられた。

「なあ、お前だっけ?」
「……」
「ちょっと、こっち来いよ」
「あ、ああ…」

入学早々呼び出しか?
なんて思いながらとりあえず言われるがままについていくと、
教室の隅に来ただけだった。
他の生徒もいるし、まさかこんなところで
カツアゲはないだろうなと思っていると…。

「お前、海堂と一緒にいて平気なのか?」
「……へ?」
「あいつ、うちのクラスで危険人物扱いされてるんだよ。
 普段こっえー顔して一人でムスッとしてるからよ。
 なんか危ないやつなんじゃないかって、最近じゃ誰も近付こうとしてない」

そうか、忠告してもらってるのか。
とは思ったけど…俺は自分の考えを曲げるつもりはない。

「海堂は…そんなやつじゃないと思う……」
「そうか?ま、お前がそう思うならそれでもいいけど。
 一応気を付けとけよ」
「…ああ、分かった」
「うちのグループだったら、いつでも入れてやるからよ」
「サンキュー」

礼は言ったけど、正直俺はそいつらのグループに入るつもりはなかった。
また海堂の前の席に戻ると、
本を読んでる様子を見ながらちょっとした話をするだけだった。

すると、珍しく海堂のほうから声を掛けてきた。

「おい」
「ん?」
「今のやつら…俺のこと何か言ってきただろ」
「…ん、あ、まあな…」

俺は曖昧にはぐらかしたけど、海堂は全て分かってるみたいだった。

「クラスの連中は…ほとんどが俺を避けている。
 お前も…一緒に居たってろくなことないかもしれないぞ」
「構わないよ」
「――」

俺が間髪入れず切り返すと、
海堂は少し驚いた風な顔でこっちを見た。

「俺は、海堂と一緒に居ようって決めたんだから」
「…ふん」
「な、いいだろ?」
「……好きにしろ」

海堂の微妙に照れた表情見えた。
そのとき、俺は学習した。
海堂の言う「好きにしろ」っていうのは、認めてくれてるって意味だなって。
…素直じゃないなあ。
ま、構わないけど。



  **



そんな日々が、ずーっと続いた。
そう、もう二ヶ月。

未だに…笑顔を一度も見ることが出来ていない。
授業、休み時間、弁当、部活。
果てには家にも行ったことがあるが(半ば無理矢理押しかけたのだが)、
やはり笑顔は見られない。

どうしても、見てみたくなった。


―弁当を食べている時。
俺はいつも通り海堂の豪華な弁当の中から
おかずを分けてもらって食べていた。
指でエビフライを摘み上げて口に入れ、
モゴモゴとさせながら俺は言った。

「…なあ海堂」
「ん?」
「次の授業、抜けださねぇ?」
「!?」

海堂は焦った表情でこっちを見た。
この焦った表情だって、珍しい。

海堂は結構真面目なタイプだから、
俺の突飛な発言に相当驚いたのだろう。

「お、お前抜け出すって…!」
「どうせ次の授業現国じゃん?やる気起きないし」

俺は海堂の焦った表情に反して、
飄々と言ってみせた。
向こうは相変わらず焦った様子で止めにかかってくる。

「だからって抜け出すって……、そんなことしたら
 大変な騒ぎになるだろう!?」
「言い訳なんていくらでも思いつくさ。それとも、なに?
 怒られるのが怖いワケ?」
「……」

俺は、わざと海堂のプライドを擽るように言った。

「お前が嫌だって言うんだったら、やめてもいいけど?」
「………好きにしろ」

やりっ!うまく掛かったな。

俺は心の中でガッツポーズをした。


「それじゃあ、弁当も食べ終わったことだし早速行こうぜ」
「行くって…でもどこに行くんだ?」
「さあ、適当?」
「適当って…;」
「いいから、行こうぜ!」

俺は躊躇う海堂を急かして、
階段を駆け下り始めた。

後ろを振り返ると、海堂は相変わらず無愛想な表情だったけど、
それでも着いてきてくれていた。

授業よりも、成績よりも、名誉よりも。
俺と一緒にいることを選んでくれたのが、
めちゃくちゃ嬉しかった。


「じゃあ海堂、お前が行きたいところ選べよ!」
「……教室」
「わーっ!ちょっと待て!!」

…やっぱりあまり乗り気じゃないみたいだけれど。

「じゃあ…公園にでも行こうぜ!」
「…分かった」

それでも、言えば着いてきてくれた。
振り回してんじゃないかとも思ったけど、
海堂は自分の意志は曲げないやつだってこの二ヶ月で分かったから、
何だかんだいって同意してくれてるんだ。
それに…俺のことは友としてみてくれてる、ってことかな?




 **



「ひゃ〜!結構外寒いな!」
「…大したことねぇ」
「お前健康だなぁ…」

吐く息が白い中、俺達は校庭へ飛び出した。
人がこっちを見ていない隙に、門を飛び出した。

「結構スリルあるな!」
「…大したことねぇ」
「お、言ったな?」

そのまま、俺達は走った。
いつもとは違うことをしているのが、ワクワクした。




「こんな日じゃ誰もいやしないな!
 何しろ木枯らしが吹雪いてやがるんだもんな」
「……フシュゥ〜…」
「海堂、こっち来いよ!」
「そっちって…それ、乗るのか?」
「いいからいいから!」

俺は先にブランコに乗ると、
海堂も来るように促した。
海堂はしぶしぶと隣に座った。

むすっとしている海堂を横目に、
俺は足をぶらぶらと揺らした。
少しずつ漕ぎ始めて、頬に当たる冷たい空気を楽しんだ。

「…そういえば思ったけど鞄置いてきちまったから
 また学校に戻らなきゃいけないな!」
「どうせそのつもりだ。部活には遅れねぇぞ」
「……見つかったら先生に何か言われるかな?」
「確実にな」

即答する海堂に、俺は苦笑した。
ま、それは承知の上で来たんだから構わないけど。
でも、危険を冒してまでこんなことをしたのだから、
目的は必ず達しなければならない。

そう、俺がこんなことをしたには、実は理由がある。
それはもちろん…海堂の笑顔を見ることだ。


どうしようかなあ…擽りでもすればいいのかもしれないけど、
そうしたら殺されかねないぞ…。
一発芸とかやってもダメだろうなあ…。
ギャグとか言っても冷めるだけだよな…きっと。
さあ、どうしよう。

よし、ここは!


暫く様子を見よう。うん。



「それにしてもホント寒くないか?」
「…普段鍛えてるから平気だ」
「鍛えてるって…乾布摩擦とか!?」
「バーカ」
「ぐっ…!」

その言葉だってなぁ…笑顔で言われればギャグだって分かるけど、
真顔でその睨んだような顔で言われるとビビるぜ?マジで。

笑わないだけで…愛想も無いのか、コイツは…。
それでも…。

「なあ海堂」
「ん?」
「俺、海堂のこと好きだぜ!」
「……フン」

一緒にいると、楽しい。
俺は海堂のこと嫌いじゃない…って訳じゃなくて、好きなんだと思う。
男の友情ってやつ?
まあ、向こうは友情に篤いって感じでもないのかもしれないけど…。

一緒にいるだけで楽しいのに、
やっぱり…一度でいいから笑顔が見たい!


…と、思ったとき。


『ニャ〜』



一匹の猫が、茂みの中から現れた。
俺は、首輪を付けてるからこの辺の住宅地の飼い猫かなぁ、
なんて考えていた。

そしたら…

「猫じゃねぇか…!」

海堂の嬉しそうなこと!!


俺は意表を衝かれた感じで、ポカンとして一部始終を見守った。
海堂がブランコから立ち上がったと思うと、
猫の元へ駆け寄って行ったのだ!
そのまま子猫を抱き上げると、嬉しそうな……!


「笑った……」
「は?」
「海堂が笑った!!!」
「えっ?……あぁ」

海堂は自分でも気付いていなかったらしく、
自分の頬に手を当てた。

でも、俺は間違いなく見た!
海堂が、猫相手に優しげに微笑んでいたんだ!

「海堂もやっぱり笑うんだ!」
「オイてめぇ…俺これでも人の子だぞ」
「え?蛇の子じゃなくて?」
「っ!!てめぇ!」
「ははは…」

不覚なことに、俺が挑発したもんだから
海堂の表情から笑みは抜けてしまった。
でも、その怒ったような表情も、
なんとなく穏やかに見えた気がしたんだ。


海堂はまた意識を猫のほうに戻すと、喉を擦った。
猫は、気持ちよさそうに喉をゴロゴロと鳴らしている。
また、笑顔が見えた。

「お前…猫の前だと笑うんだな」
「……悪ぃかよ」
「いや、そんなこと言ってないけど…、
 学校とかじゃ全然笑わないじゃん」
「……」

俺は海堂の横のベンチに座って言った。
海堂は、微妙な表情で猫を見つめていた。
そして、優しく頭を撫でながら、話を始めた。

「猫は…動物は、裏切らないから」
「………」
「人間より、心を許しているのかもしれない…」
「そっか……」

海堂の横顔を見て、昔何かあったのかな…とか考えた。
人の過去を穿るのは悪いと思ったので訊かなかったけど。

ところで、俺はとあることに気付いた。

「でもさ…」
「?」
「俺の前では笑ってくれたじゃん!」
「――!」
「それってさ、それってさ、俺には心許してくれてるってこと?」

俺はとっても嬉しかった。

海堂の笑顔が見れたこと。
海堂が笑顔を見せてくれたこと。

横から顔を覗き込むようにすると、
海堂は体をくるりと反転させて、俺に背を向けた。

「……知るか」
「あ、ちょっと待てよ!」

俺は立ち上がって海堂の正面に回り込んで、訊いた。

「なあ、そう解釈していいわけ?」
「……好きにしろ」
「…了ー解っ」

やっぱり素直じゃないなあ、とか思うんだけど、
そんなところも、なんか好きなんだよなぁと思った。



  **




「あ〜あ!楽しかったな」


その後俺達は、猫と一緒に暫く遊んでいた。
海堂は結構笑っていた。

本日の目標達成、作戦成功。

それに、海堂が俺のこと認めてくれてるって分かったから。
やっぱ、授業サボってよかったかもな!

「今帰ると、丁度6時限目始まる頃?うわっ!」
「……もう一時間サボるか?」
「おっ、言うようになったじゃん!」


結局俺達は午後の授業を丸々サボった。
掃除の時間の間にこっそり鞄を取りに帰ったけど、
担任に見つかってしまった。
すると、海堂の適確な言い訳!(なんか可笑しい言い方だけど)

俺が飲み込む前に話はどんどん進んで、
あっという間に先生を丸め込んでしまった。
その巧みな言葉捌きに俺は終始感心するだけだった。

海堂は普段真面目な性格ということもあってか、
先生はあっさり信じ込んでしまった。


「お前…すげぇな」
「……全部作り話だけどな」
「禁句禁句っ!」

先生が遠くに言ってから、そんな会話をこっそり交わした。
そして、笑い合った。

なんだか、今日は海堂ととても近くなれた、そんな気がした。


「あ〜あ、俺本当に海堂と友達になって良かったわ!」
「言ってろ」


この素直じゃない態度だって、照れ隠しだって分かったから。
そう思うだけで、随分と海堂の人格が違って感じられた。

「それにしても、猫と戯れる薫ちゃんは可愛かったぜ」
「コラてめぇっ!」
「ははは、冗談だって」



ある冬の日、木枯らしの中、
見つけた小さな幸せだった。






















初!男主人公ドリーム!
…友情ものですよ。
BLくさいとか言わないでください!!!(号泣)
好きとか言っちゃってたって友達としてですからね!
……でも考えてみよう。クラスの男子が友達と仲いいからって
「俺お前のこと好きだぜ」とか言うか?
………やっぱBLくさいか。(認めた!!)

結構楽しく書けました。
猫がいると満面の笑み。なんか薫ちゃんキャラ違う?(滝汗)
なんか海堂可愛くなっちゃった!
まあ、乙女だし仕方がないか。(待ちなさい)


2002/12/03