―――あ。

あの子、今日も見てる。
ここんとこ毎日。
サラサラで長い黒髪。
光を失ったような奥の深い漆黒の瞳。
うちのクラスの女子だ。

名前は確か…











  * 隠された姿 *












あの子を初めて見たのは、入学式の日。
沢山の人で溢れている中、黒髪のサラサラストレートが妙に目を引いた。
人々を寄せ付けないような、神秘的なオーラのようなものを感じた。
でも、話しかけるでもなんでもなく、
とりあえず自分のクラスを掲示板で確認した。

「…1年2組か」

広い校舎の中、迷いそうになりながらも何とか辿り着いた。


私立中学を受験したんだから当然といえば当然なんだけど、
知ってる人が全くいなかった。
とりあえず、教卓にあるクラス名簿を取って、
黒板に書いてあるとおり自分の出席番号の前から3番目の席に座った。

元々人はあんまりいないけど、
更にみんな喋らないもんだから本当にシーンとしてた。

う〜ん…なんだかな〜。

後ろの席のやつに話しかけようとも思ったけど、
なんか固そうな顔して本読んでるから…やめた。
無理に話しかけたら怒ってきそうな顔してるんだもん。

あ〜あ…。
暇だにゃ〜……。
オレ独りでじっとしてるのって苦手なんだけど…。
廊下にでも出てくるかな〜…でも廊下行っても知ってる人いないだろうし。

そんなことを考えていたとき、
また教室に一人入ってきた。

あ。

さっきの子だ…。
掲示板の前で見た、あの女の子。
同じクラスだったんだ。

その子は、教室をゆっくりと歩き、自分の席に静かに座った。
出席番号からして、あの子はって言うみたい。

……んっ!?

オレは、の足元を見て驚いた。
というか、すごく意外だった。

入学式から、ルーズソックス。
別に入学式だからいけないとかそーゆー意味じゃないけど、
やっぱ初日からこれはまずいんじゃ…。

どうやらクラスの人もそれに気付いてるみたいで、
チラチラと足元に目をやっていた。

当人はその視線に気付いてないんだか気にしてないんだか、
肩に掛かった長い髪を後ろに払うと、
黒くて深い眼(まなこ)で窓の外を見ていた。
オレは、その眼差しがとても気になって、
遠くを見るのその目を、暫くボーっと見ていた。

それから暫くすると人はどんどんクラスに増えてきた。
元々知り合いだったらしくぺちゃくちゃ喋ってる女子が居た。
そんなこんなのうちに時間は過ぎ。
担任の先生が入ってきて、みんな並んで入学式へ出た。

は、先生に呼ばれてどこかへ連れて行かれて、
入学式には参加せず、体育館の後ろで座ってた。

やっぱ…あれはマズイよにゃぁ…。
怒られてんのかな?

そんなことをチラチラと気にしながらも、入学式は終わった。

その後は、平凡な日々が続いた。
平凡といっても、新しい環境で色々と戸惑うことはあったけど。
事件など、特にはなく。

そうそう、オレはテニス部に入ることに決めた。
オレはテニスに青春を注ぎ込むにゃ!

は、部活とかはいらないのかな?
…そういうのやらない人なのかも。



――気付くと、はクラスで浮いた存在になっていった。
遅刻早退は当たり前、無断欠席も多々。
学校へ来ていても保健室にいることも結構ある。
体育の授業の時とかがそうだ。
文句を言っても、言い返してこないで、ただ黒い視線で訴える。
“私のことは構わないで”、とでも言いたいかのように。
入学して早一ヶ月、オレはが人と喋ってるのを見たことがない。

いつしか、彼女は“不良”というレッテルが貼られるようになり、
誰も寄り付かないようになっていった。

オレは、本当に悪い子とはどうしても思えないんだけど…。




  **




「ふ〜、疲れた」

青学のテニス部は強豪って聞いたから、
どんな練習するのかと思ったけど…。
とりあえず一年は基礎トレと球拾い。
素振りとかもさ、楽そうに見えて実は結構大変なんだよね、これが。

一通りのメニューを終えたオレは、思わず地べたに座り込んだ。
そしたら…。

「……あれは?」

フェンスの外に目をやると、
人気の少ない端の方に、例の彼女――そう、の姿があった。
そういえば、最近毎日いるような…。
テニスに興味あるのかな。
テニス部に知り合いでもいるのかな。
…気になる。

「それでは、これから15分休憩!」

部長の声が響いた。
丁度休憩か。

……同じクラスだし、なんら不思議なことはないよな。よぅし!

オレは、思い切ってに話しかけてみることにした。


「何してるの?」
「!」

オレが声をかけると、突然のことで驚いたのか
は一瞬肩をビクッと上げた。

普段の様子からあんまり感情を表さない子だと思ってたけど、
振り向いたはどぎまぎしたような顔をしていた。

「き、菊丸…くん……!?」
「あ、名前覚えててくれたんだ」
「え?だって同じクラスだし…」
「そっか。そだよね!あはは……」

う〜…なんでオレクラスの女子と喋るだけでこんなキンチョーしてんだ?
だって、近くで見るは睫毛がすっごい長くって、
顔にはニキビなんて一つも見当たらないし、
風が吹くと長くて綺麗な髪からシャンプーのいい香りがして…。
って何考えてんだオレは!?

「…菊丸くんてさ」
「え?」
「いや、あの、菊丸くんって、テニス部なんだよね」
「そうだけど…?」
「……いいな」

そういうとは俯いた。
なんだかとっても寂しそうだった。

「好きなんだね、テニス。いつも見てたもんね」
「知ってたんだ」
「うん…」
「だったら、女子テニス部入れば良いのに。
 まだ仮入部やってるんじゃない?」
「………」

は、おもむろに嫌な顔をした。
その瞳がいつも以上に深くて冷たいもんだから、
オレはとってもビックリした。

「ご、ごめん。嫌ならいいんだけどさっ!」
「……」

オレが焦って謝ると、
は回りを確認して靴と靴下を脱ぎ始めた。

「い、!?」

その動作が妙に色っぽくて、
オレはどぎまぎしてしまう。

それのために不良扱いされていた、ルーズソックス。
それを片方取り去ってしまうと、
彼女の本当の姿が見えた気がした。

「それ…」

オレは驚きを隠せなかった。
は、ただ目を伏せて頷いた。

彼女の足には、義足…って訳じゃないけど、
周りにいろんな金具みたいな物が取り付けられていた。

オレは掛ける言葉が見つからなかった。
二人の間に沈黙が走った。

その沈黙を破ったのは、のほうだった。

「私ね…足の病気なんだ」
「……」

オレは何を言ってあげれば良いのかわかんなくて、
黙ったままでいた。

「この補助器具付けてないと、歩くことも出来ないの。
 ルーズソックスは、それを隠すため……。
 …私ね、昔テニスやってたんだ。昔って言うか、ついこの間まで」

は靴を履きなおしながら話を続ける。

「3ヶ月ぐらい前、足の病気が…発病しちゃって。
 もう、スポーツは出来ないって」

心なしか、は涙声になってきてる気がした。

「悲しかったよ。体動かすの大好きだったから…。
 それで、テニス部のこと見てたの。
 自分は出来ないけど、テニスは大好きだから…」
「ゴメン…オレ何も知らないで」

は首を横に振った。

「菊丸くんは悪くないよ。私が黙ってたから…」
「うん……ところで、他のみんなもこのこと知らない…よね?」
「そうだけど…?」

は不思議そうに言った。
なんでそんなこと訊くの?というような表情だったから、
オレは質問で返した。

「オレには教えちゃって良かったの?」
「あ…」

は一瞬固まった。

「そういえば…。なんか菊丸くんって、話しやすいからつい」
「…じゃあさ、先生たちは知ってるの?」

は下を向いて言った。

「基本的にはみんな知らないわ。
 保健の先生は少々勘付いてきてるみたいだけど…」
「…言わないの?」
「いちいち説明するの面倒臭いじゃない。
 ただ、私が“不良”として過ごせばいいだけのこ…」
「ダメだよ!」
「――」

あ。
思わず叫んじゃったよ。
もビックリしてる。

でも…それはいけないと思ったんだもん!

は、驚いてるのか、何を言えば良いのか分からないのか、
目を大きく見開いて黙り込んでる。

それを見て、オレははっとした。

「ご、ごめん、突然叫んだりして…」
「ううん、ちょっとびっくりしただけ…」
「でもさ…やっぱいけないよ。不良として過ごすなんて。
 オレ嫌だもん。もしその所為でが陰口言われてたりするの見るの…」
「ありがとう、菊丸くん。でも、今更説明なんて…」
「大丈夫。オレが付いてるよ!」

あれ?
なんでオレこんな熱くなってるんだろ…。
なんか、のこと放っておけないっていうか、
気になるっていうか……。

『ピピー!』
「集合!」

「あ、集合掛かっちゃった!それじゃっ」
「うん、頑張って!」

オレはガッツポーズを高く掲げて、
背を向けて走り出した。




  **




その後、は先生に事情を説明し、
クラスにもそのことは公表された。

相変わらず学校を休む日はあるけど、
それは病院に通ってリハビリをしているらしい。
ルーズソックスは止めたし、
体育の授業も見学には出るようになった。

そして何より、笑顔が増えた。

特にオレの前では、というのは自惚れかなぁ…。

明るくなった彼女には、友達が増えてきた。
でも、そうするとこの笑顔を他の人にも見せるようになるのかなぁ、
と思うと何だか悔しいような気がした。
この気持ちはなんだろう…?



「菊丸君」
「ほえ?」
「今日さ、部活終わったら一緒に帰らない?」
「うん。いいよ〜」
「じゃ、約束ね」

そのの笑顔が可愛くて、オレは一瞬見惚れた。
闇のように黒くて深くて、氷のように冷たかったの瞳は、
少しずつ温かみを含んできていた。




  **




「それじゃ、帰ろっか」
「うん」

部活が終了して帰宅の準備も終えると、
いつも通りテニス部を見学していたに声を掛けた。
そして、一緒に歩き出す。

話しながら、はずっと笑っていた。
良かった。
笑ってくれるようになって…。

……そうだ。
オレは、入学式の日に一目見たあの時から、
ずっとが笑ってくれるのを待ってたんだ。


「菊丸君」
「ん?」
「本当に…ありがとうね!
 私がみんなと喋れるようになったのは…菊丸君のお陰」
「いや、オレは大したことはしてないよ!
 が頑張ったからだって」

ううん、とは首を横に振った。

「菊丸君の励ましがなかったら、私絶対に言えなかったもん」
…」
「本当に、ありがとう!」

は、にっこり笑った。
本当に可愛い笑顔だった。


 笑顔の君は見れたから。
 次はどんな君を見ようかな?

 君の全てを見てみたい。
 君の全てを手に入れたい。
 だって……。


「何?」

オレは、笑顔のに対して、
自分の出来る精一杯の大きな笑顔で、返した。


「好きだよ!」






















菊ちゃん個人ドリーム!
もしかして初だったりしちゃいます。
ありそうでなかったなぁ…△ばっか。(最悪)

テニプリドリームで初めて書いたのがこれ。
でも古過ぎてアップできずに没った。(痛)
でも、修正すれば使えるかも…というわけで引っ張り出してきた。

これ、続きも考えてあったんですよね。
足を手術してくれる医者がついに見つかって、
ドイツに引っ越すという…。
そしたら、そんな事態が現実に起こり笑えなくなったので書かずじまい。(微笑)
引っ越しドリームは大石のほうでやっちまったしな。
続編、反響があったら書くかもしれないけどほっといたら書かないと思う…。

とにかく、菊個人初ドリームでした〜♪


2002/11/16