* mistletoe *












部活も終わり、皆が帰り始め人が疎らになった頃のことだった。
係りのコート整備を終えた一年が、部室に入ってきたとき。

「もういくつ寝ると〜クリスマス♪」
「…なんスか、その歌」

そんなマヌケな歌を歌っていたのは、青学3年菊丸英二。

毎度のことだが、必要以上に上機嫌である。
何しろ、一年の締めくくりともいえるビッグイベントが、
後3日に迫っているのだから。
元々お祭り好きの人間だ。
このようなイベント的なものは、見逃せないのだろう。

「あっ、おっチビー!もうすぐクリスマスじゃんっ?
 オレってばもう今から楽しみでさ〜♪」
「……コドモ」
「んにゃっ!?おチビ何か言った!?」
「別に、言ってないっスよ」

対して、この妙に冷めている少年は、越前リョーマ。
入部当初から期待のルーキーとされ、
その実力はお墨付きである。
性格もそうだが、正直な話、先輩からすれば
生意気な後輩…である。

でも、菊丸からするとそれがまた可愛いらしい。

「だってさ、おチビ。あれじゃん?」
「?」
「クリスマスイブっていったら恋人たちのイベントでしょが!」

菊丸はニカッと笑って見せた。
リョーマのほうも満更でもないのか、帽子を伏せて隠していたが、
少々頬が赤らんでいた。

そう、二人は恋人同士なのだ。


「興味ないっス」
「またまたぁ!そんなこと言っちゃって!」

菊丸は顔を背けるリョーマの前に滑り込んだ。

「ねっ、おチビさ、24日の夜空いてる?」
「…どうしてっスか?」
「恋人たちのロマンは夜でしょーが!」

菊丸はちゃんと意味を理解しているんだかいないんだか。
とりあえず夜にリョーマに会いたい、ということらしい。

「悪いっスけど…毎年イブの日はホームパーティーなので」
「そっかぁ…それ終わった後とかじゃダメ?」
「終わった後?…9時とかそれぐらいになっちゃうと思いますけど…」
「んにゃっ!いいよ、それで。んじゃイブの9時ね!場所はぁ…」

菊丸は人差し指を顎に当てて、少々考え込んだ。

「やっぱ広場でライトアップされるツリーは見たいよね。
 でもツリーの前はきっと人凄いだろうし…」

暫くう〜ん、と唸っていたが、
決めたっ!と、突然明るい表情になった。

「広場の隅にさ、不思議な形した白い実が生る樹あんじゃん?
 そこの下に、9時。いい?」
「白い実が生る樹…?」
「どうかした?」
「いや、何でも…」
「あそ。それじゃ、約束だからね〜♪」

手を振りながら走っていった菊丸に、
リョーマは微笑を浮かべた。

そして直後に、何やら意味ありげな笑顔。


「クリスマスイブに、広場の白い実が生る樹の下…ね」




  **




――24日。


「メリークリスマス&ハッピーバースデー!!!」

今年も、越前家の食卓は大賑わいである。
テーブルには、豪華な料理ばかりが並べられている。
七面鳥と思われる骨付きの鶏肉。
5cm近い厚さがあるステーキ。
苺がたくさん乗った大きなケーキもあった。

しかし、リョーマはというと…
「やっぱ…洋食なワケ?」
ちょっぴり不満だった。

母は、笑顔で言った。

「それは、クリスマスだしね!」
「…俺の誕生日でもあるじゃん」
「クリスマスは神聖な儀式なんだから!
 バッチリ祝わないと、駄目よね〜♪」
「……」

何だかんだいって、結局も今年も大賑わいで、
喋ったり食べたりの楽しい一時が続いた。
一時間半が過ぎる頃には、もうテーブルの上の料理はほとんど残っていなかった。

リョーマはというと…“親が死んでも食休み”とでも言いたいかのように、
ソファに寝そべっていた。
しかし、突然はっとして時計を確認した。

「そうだ!時間…」

身を起こして体を捻ると、時計が見えた。
針は8時38分を差している。
街の広場までは15分ほど掛かる。
そろそろ出掛ける必要がある。

「俺ちょっと出掛けてくんね」
「こんな時間にどこ行くんだ小僧」
「ん…ちょっとね」

靴を履きながら、ちょっかいを出してくる南次郎に軽く対応した。
立ち上がると、爪先でコンコンと地面を蹴った。
すると、はーん、と意味深な笑いをして南次郎は訊いて来た。

「もしかして、彼女とデートか?憎いねぇ、お?」
「別に彼女って訳じゃないけど……ま、そんなもんかな。
 じゃ、行ってきます」
「おう。……青春だねぇ」




  **




「……寒っ」

外に出てみて、あまりの寒さにリョーマはポケットに両手を突っ込んだ。
それでもやはり寒く、マフラーか何かをしてくればよかったな、と後悔した。
とりあえず、首を縮めてコートに顔を埋めるようにした。
息を吐くたびに、辺りが白くなった。

空を見上げると、薄雲っていて月や星など見えやしない。
そういえば、今夜雪が降るとか言ってたな、
とリョーマは二時間ほど前に見たニュースを思い出した。


広場は、大勢の人で賑わっていた。
そして、その人々の多くが家族か恋人同士のようだった。

(8時52分…か)

リョーマは右手につけた腕時計を見て思った。
約束の時間よりは少し早いけど、
あの人は、もう来てるのだろうか…と。
例の場所…白い実の生る樹の下へ向かう。

……居た。

寒そうに肩を縮めて、顔をマフラーに埋めて、
手袋をはめた手を更にポケットの中に入れて。
いつ来るか、本当に来るか分からない恋人を待ち、
白い吐息を吐き出しては時計を確認していた。


「…英二先輩?」
「あっおチビ!来てくれたんだね〜」

リョーマが目の前に立って声を掛けると、
菊丸は一気に明るい表情になった。
ふにゃ〜と頬の筋肉が緩む。

「来てくれって言ったのは先輩じゃないっスか」

リョーマはぶっきらぼうに答えた。
でも、菊丸に会えたことは、とても嬉しかった。

「……ふふっ。にゃんか可笑しいね。
 こんな夜に会うなんてさ。めったに無いことじゃん」
「……」

菊丸は無邪気に言った。
対するリョーマは、何か言いたげだった。
笑う菊丸を、じーっと見上げていた。

「…どしたの?」
「英二先輩…約束の場所、この樹の下、って言いましたよね」
「そうだけど…にゃんで?」

リョーマは、ふぅ、と息を吐いた。

「この樹の意味知ってて決めたんスか?」
「えっ?にゃににゃに?」

新しいことにキラキラと目を光らせて訊いてくる菊丸に、
リョーマは小さく咳払いをして、言った。

「…この樹、mistletoeっていうんだけど…」
「え…み?ソ?」

リョーマはさらりと英語を使って見せたが、
菊丸は聞き取れなかったらしく、首を傾げた。
リョーマは今度はゆっくりと分かりやすい発音で言った。

「…ミスルトー」
「みするとー?それが…どうしたの?」

リョーマは、ふっと短く笑うと、言った。

「クリスマスの日、この樹の下に立っている人は…」
「―――」

リョーマは爪先立ちになると、片腕を菊丸の首に回し、
空いたほうの腕は上に伸ばし、
樹の実を一つ摘むと同時に、そっと口付けた。
そっと付けられた口は、そのまますっと離された。

「にゃ、にゃににゃににゃに〜!?」
「キスされるのを待ってるっていうんスよね」
「〜〜〜にゃにがっ!?」
「だから、アメリカではこの樹の下で立ってた人は…」
「オレアメリカ人じゃないもん!!」

菊丸は顔を真っ赤にして、腕を顔の前に持ってきて言った。
慌てふためく菊丸に、リョーマは言った。

「英二先輩…オレ、今日誕生日なんスよね」
「え?…あっ……!」
「やっぱり忘れてた」
「う……ごめん」
「謝るのとかはいいからさ」

リョーマは、上目遣いで菊丸の事を見た。

「プレゼント、貰ってもいいと思うんだよね…」

リョーマの言葉に納得したのか、
菊丸は顔を少し下に傾け、静かに目を伏せた。
リョーマは、その口に自分の口をそっと合わせた。

今度は、ゆっくりとした甘いキス――。

顔を離してどちらからともなく笑い合うと、
空から何かが降ってきた。

「あ…」
「雪だ!」

そのロマンチックな光景に、二人は上を見て暫く固まっていた。

「ホワイトクリスマスってやつじゃん?キレー…」

すると、思い出したかのように菊丸はリョーマの方に向き直り、言った。

「そういえばさ、まだ言ってなかったよね。
 お誕生日おめでと!それから…」


「「メリークリスマス!」」


二人声を揃えて言うと、笑い声も二人揃った。
嬉しいけど少し気恥ずかしいような、そんな気分に駆られた。
お互い誘い合うように手を繋いで、徒然と話しながら
広場の中をゆっくりと歩き始めた。


背景には、雪をちらつかせながら、その中で大きなツリーが
綺麗な彩りをして光っていた…。







 Merry Merry Christmas...*






















リョーマの誕生日+クリスマスということで、
書かせていただきました。
ほのぼの甘々系で。私の小説の原点っス。
とあることがきっかけでmistletoeの話を思い出して、あ〜書きたいな〜と。
考えあげたの6月だったりするということは
伏せておこう。(←思いっきり公開です、稲瀬さん)

後に二人は雪合戦を始めるの希望。

Road to Xmas(リョ菊的アドベントカレンダー製作企画)に捧げますた☆
とにかく二人に幸有れ!いつまでも仲良くね♪


2002/11/11