* 花嫁物語 〜悠久の風〜 *












…どうして――。


私は、今、結婚式の最中で。

この人と、これから暮らしていくんだって。

この人っていうのは…大石秀一郎さん。

親同士が決めた許婚だけど。

話してみたら、真面目すぎるっていうくらい誠実な人だった。

年は2つ…誕生日の関係で実質は3つかな、違ったけど。

元々年上の方が好きだし。

とりあえず、いい人だってことは確かだから。

このまま結婚して、それなりに楽しく過ごせると思った。


でも―――。


秀一郎さんは、行ってしまった。

どこかは分からないけど、きっと、
自分が本当に愛する人のもとに…。

去り際、秀一郎さんの口が『ゴメン』って動くのが見えたけど、
声は聞こえなかった。

そのまま、秀一郎さんは風のように、
教会を出て、走っていった。

ほんと、数秒の間の出来事で、何があったのか分からなかった。


でも、一つ分かる。

秀一郎さんは、もう帰ってこない…。

だって、今私が追ったとしても、何が出来るの?


ワカラナイ。


でも、気付いたら追いかけてた。

走りにくいスカートで。

履きなれないハイヒールで。

でも、だんだん遠くなっていく秀一郎さんを捕まえることは出来なかった。

声を掛けることが出来ず、そのまま背中を見送るだけだった。


どう…して―――。


ここへ来て、一気に涙が溢れ出してきた。



 ***



式も終わりに近付いてきた。

指輪の交換。

エージのブーケと手袋が預けられる。

露になる、細い指。

そっと、指輪をはめる。

同じく、オレの薬指にも、リングがはめられる。


「では、20××年4月13日、この場を持って
 桃城武と菊丸英二を夫婦として認める」


拍手や歓声が、やけに大きく胸に響いた。


「それでは最後に、誓いのキスを…」


ああそうだ。まだこれがあったな。

むしろ、メインイベントともいえるか?

これが終われば、もうオレとエージは夫婦だ。完全に。


「エージ」

「――」


エージは、少し怯えた顔でこっちを振り向く。

…どうしたってんだ。

……そういえば、エージとキスするの初めてだっけか。


ゆっくりとベールをめくる。

ベールに隠されたエージの素顔が明らかになる。


「……」


オレは思わず顔をしかめてしまった。

だって、エージの目は――。


涙が、今にも溢れそうだったんだ。


一つ瞬きをすると、一粒の雫が頬を伝った。

それで漸く自分が泣いていたことに気付いたみたいだった。


結婚式…だもんな。

ま、歓喜の涙ってやつかね。

感情の高ぶりとか。色々。

とりあえず、そう受け取ることにする。


微笑みを浮かべて、顔をそっと近づける。

エージの長い睫毛が伏せられる。

そして……。


『バン!』

「!?」


口が触れるか触れないかというところで突然扉が開く音。


誰だよ、ったく…。


気を取り直してエージのほうを向き直す。

…エージは向き直らない。

それどころか、その者に憶えがあるのか、
“…え?”と思わず声を漏らしていた。


オレはエージと突然やってきた男の顔を見比べた。

何がなんだかわからなかった。

混乱していると、エージが涙ながらに叫んだ。


「秀ちゃん!」

「英二…!」


二人は、お互いの名前を高々と呼び上げていた。

周りのざわつく声が聞こえる。


シュウチャン?


もう、なんなんだよ…。

全く意味が分からねぇ。

思わず、立ち尽くす。


数秒後、はっとしてエージのほうへ向き直す。

でも、エージがこっちを向くことはなくて。


「…えい…じ……」


息切れしながらも、“秀ちゃん”と呼ばれた男は、
こっちに近付いてきた。

始めは、一歩一歩確実に。

でも、だんだん走り出して――。

そのまま、エージの腕を掴んで、
もと来た道を戻ろうとしていた。


「エージ!?」


反射的に、エージの男に掴まれてる反対の手―つまり左手―を掴む。

しかし、その手はするりとすり抜けてしまった。

その際に、さっきはめたばかりの指輪が、床に落ちた。


――――チリン…。


その音は、耳から離れなかった。

ただ一言、遠くなりそうな意識の中、言った。


『サヨナラ』


狂いそうになる頭を、必死に繋ぎとめてくれる言葉でもあった。


もう、何も考えたくねぇよ。

半分、放心しかけていた。

そんなオレに、後ろから神父さんが話し掛けてきた。


「青年よ、追わないのですか?」

「だって、オレ…」


半ば投げやりに言った。

すると…。


「神は誰にでも平等です」

その言葉になんとなくはっとして、
神父さんのほうを向く。


「幸せなことがあれば、不幸もある。
 また、その逆もしかり」

「―――」

「結局、人というものは最後には
 それぞれの幸せを掴み取れるものなのですから」


その言葉は、妙に心に響いた。


「諦めなければ、ね」

「…オレ…」

「行かないのですか?」

「オレ…ちょっと行ってきます!」

「それがいいだろう。
 神は、いつでも貴方の行いを見ていますよ」


そこまでの言葉を聞いて、
オレは開け放たれたままのドアを駆け出した。

だから、神父さんの最後の一言は聞こえていない。


 「努力すれば、当初の目的は叶えられずとも、
  必ず、何か見返りが来るものです。
  結果的にそのほうが幸せになれることだって、
  人生の上では沢山ありますから…」




 ***




「あ〜あ…」


思わず呟く。無意識に。

だって…。


「………」


ゆっくりと、街の広場の噴水の横に腰を下ろす。

視線が痛い。

そりゃそうよね。日曜の真昼にウェディングドレス着て
一人で泣いてる人がいれば、誰でも見るわよね…。


足元を見る。

さっきまで真っ白で綺麗だったドレスも、
随分汚くなってしまった。


「…バカ」


そう言うと、余計に涙が出てきた気がした。



 ***



「あ〜あ…」


思わず呟く。無意識に。

だって…。

あれから随分と探したのに、全然見当たらねぇ。


もっと遠くに行っちまったのか?

方向が違ったのか?


「…やってらんねーな、やってらんねーよ」


そう呟いたとき、街の広場っぽいのが見えた。


「…あっ…!」


思わず、小声ながらも叫んでしまった。

ウェディング姿の人が見えたんだ。

エージ…?

でも、独りだ。

どうして…。


少し駆け寄る。

でも、そこに居たのは…。


「人違い、か」


浅く溜め息を吐く。

足元にあった石を何気なく蹴る。


…あ、ヤベ。当たっちまった。

しかも、例の人に…。


その子は、ゆっくりとこっちを向いた。

そしてオレの姿を見るなり、突然立ち上がった。


「しゅうい!…ちろ…さん………じゃないか…」


なんだぁ?

シュウチャンの次はシュウイチロウサンか?

なんか今日は“しゅう”って名前に縁がある。

…同一人物?

それはない、よな。


結局、その女の子はオレの顔を確認して
人違いだと気付いたらしく、またゆっくりと腰を下ろした。

よく見ると、いや、実は一目見たときから思っていたけど。


…恐ろしいくらいに整った顔。

エージの明るめの色とは正反対の、深い漆黒の髪。

吸い込まれそうになる切れ長の眼。

考え方によっては無愛想にも見えるけど、何か気になる寂しげな表情。

不覚にも、一瞬魅了させられていた。


動かぬ…というより動けぬまま、数秒が過ぎる。

そして、オレは漸くその闇のように深い瞳から
雫が溢れ出んとしていたことに気付いた。


あ、目が合った。

…こういうときってどうすりゃいいんだ?

ああ、くそう。


「い、いい天気ですね!」


………。

バカだった。

返事は愚か、笑顔すら返ってこない。

それどころか、視線を逸らされる。

…はずしたね、こりゃ。

女ってのは分かんねーな、分かんねーよ。


でも、視線を逸らしたのは、泣いてるのを隠すためだったのかもしれない、
と後から思った。


瞼を伏せると、雫が流れた。

その伏せた睫毛があまりに長くて、びっくりした。


…本当は、そのまま気にせず行くことも出来た。

でも、放っておくことが出来なかった。

……なんだか、その人の表情が、
捨てられた子猫みたいに見えて…。


「隣、いいですか?」


気付けば、また声を掛けていた。

ゆっくりと頷かれたので、横に腰を掛けた。


…オレ何してんだろ。

これって、ナンパ状態じゃねぇ!?

でもさ…傷を舐めあうっちゃーなんだけど、
なんか、…オレ自身もさ、
傷を癒しあう相手が欲しかったっつーか…。

心を紛らわすために、話し相手が欲しかったんだな、きっと。


「…で、どうして泣いてるんですか?」


唐突に訊いてみた。

だって、気になるしよ…。

オレってデリカシーねぇなぁ、とか自分で苦笑いしてみた。


何も言ってくれないかな?と思ったけど、
数秒後にゆっくりと口を動かしだした。


「…あの…秀一郎さん、私の夫、
 になるはずだった人なんですけど…」


涙を拭ってから続けた。


「式の途中で“俺はここには居られない”って…」

「……」

「今はきっと、自分が本当に愛している人へ…」

「…」


オレは、何も優しい言葉なんて掛けてやれなかった。

ただ、涙を拭う横顔を呆然と見つめていた。


「そういう貴方は?」

「え?」

「どうしてここに?」

「あっ…」


そりゃそうだよな。

向こうからすれば、こっちもよっぽどな不審人物な訳だ。


「オレも…嫁さんに逃げられちまった、ってやつかな」

「あ、すみません。変なこと聞いて…」

「いや、いーってことよ。お互い様だし。
 …それに、どっちにしろあんな状態で結婚なんかしても…先は知れてるし」

「……」

「たまんねぇな」


頭の後ろで手を組んで、そのまま倒れこみたい気分だったけど、
後ろにあるのは噴水ということを思い出して止めた。


「……」


ぼーっと空を眺めてみる。

雲はオレ達の気持ちなんかお構い無しに、
形を変えながらゆっくりと右から左に流れていく。

…運命には逆らえねぇってか。


暖かい春の陽気に、心地良い風が頬に当たった。

風に吹かれて、木の葉たちがサワサワと揺れた。

その音に耳を澄ませて目を閉じると、
さっきまであったことが嘘かのように心が落ち着いた。

もう…諦めついたってことかな。

あって間もなかったし。

好きだったっていう気持ちに間違いはない。けど…
もともと簡単に諦めがつくぐらいの気持ちだったってことか…。


やりきれねぇな。


「…あの」

「?」

「そういえば、名前…」

「ああ、お互い名乗ってなかったな。
 オレは、桃城武っていいます」

「越前リョーマです」

「ま、ここで同じような状況であったのも何かも縁だ!
 …よろしくな」

「こちらこそ」




 ***




その後、私達はお互いの思い出話をした。

どちらからというわけでもないけど、
今はただ、一人で居たくなかったから。

二人で居られるのが嬉しかった…のかな。

そのまま、時が経つのも忘れて話していた。


気付いたら、秀一郎さんのことは吹っ切れていた気がする。

あの優しい笑顔を思い出すと、
一瞬物悲しくなるけれど、
武さんの笑顔は、その気持ちを吹き飛ばしてくれた。

だから、私も笑った。

本当は、笑うのはあまり得意じゃないけれど。

目の前で笑顔を見せてくれる人に、元気をくれる人に、
応えなきゃいけない気がした。

向こうも悲しい気持ちのはずだから、
こっちも支えになってあげたかった…。



「あれっ!もうこんな時間か!」


時計を見上げた武さんが言った。

確かに、時間はもう既に6時を過ぎている。


「んじゃ、そろそろお開きかね」


『ズキン』


「っ……」


その言葉を聞いた瞬間、心臓が詰まるような感触がした。

別れ際に、体が拒否反応を起こしているのか。

ただ単に一人になるのが寂しいのか。

目の前にいるこの人物と、別れるのが嫌だったのか…。


ワカラナイ。


沈みそうになる太陽が武さんに重なって。
わびしさが、妙なほどに溢れてきた。


どうして、今日はじめてあった人にここまで
感情的になってるのか、自分でも不思議。

…悔しいけど、泣きそう。

何で一日に何回も泣かなきゃいけないの。


悔しいから、目に溜まった涙を瞬きで誤魔化してみる。

でも、その行為は溜まりに溜まった涙を耐えるところか、
目から押し出すことになってしまった。


「ぅ……」


ヤバイ。

涙って、一滴でも出ちゃうと、もう止まらない。

最後ぐらい、笑顔で終わりたいのに…。


「どうした?…あ……」


武さんにも気付かれちゃったよ。

厄介なことになったな。


なんて、こんなこと冷静に考えてるうちにも、
涙はどんどん溢れてくる。

だってさ、何だかんだいって、やっぱ、
寂しいんだもん。


「……」


武さんも黙り込む。

そりゃそうよね。いきなり泣き出したら戸惑うわよね。


腕で涙を拭っていった。


「ごめ…なさい」

「いや…」


ちょっと声が掠れた。

もうイヤ。

何でこんな目に合わなきゃいけないの。

必ず別れがある出会いなら、
逢いたくなかった…。

それでも、運命なんて、こんなもの。


「サヨナラ…!」


出来るだけの笑顔をして言った。

でも、その笑顔がぎこちなかったのか、
武さんは困った風な顔をした。


…もうダメ。耐え切れない。

これ以上涙は隠せなかった。

振り返って、走り出そうとした。

そしたら…。


「――――」


後ろから、強く強く抱き締められた。

温かかった。

耳元から、声が聞こえてきた。


「無理すんなよ…。俺が居るからさ。
 泣きたいときは傍にいてやるから!
 いつでも一緒に居てやるから!
 だから…一人で泣くようなことだけはするなよ、リョーマ…!」

「……っ!」


…ゲームオーバー。


涙は、止まることなく延々と流れ続けた。

一度出たら、もう止まらない。

でも、武さんが正面から抱き留めてくれた。

涙は出たけど、悲しくはなかった。

夕日は完全に沈んでいて、一番星が見えた――…。




 ***




その後、オレ達はお互いの連絡先を教えて別れた。

そのときは、まさかこの物語の真相がこんなものだとは思って居なかった。


――あの日から二週間後。

4つの家族が集まって、一斉の話し合い。

そう。丁度4つの家族。


オレ、リョーマ、エージ、秀一郎サン。


…まったく、皮肉なもんだなぁ。

駆け落ちして、その残りでまたくっ付くなんて。

秀一郎サンも罪な男だよな。こんな可愛い嫁さん捨てるなんて。

……エージも可愛いけどよ。

ま、それがあったからこそ今のオレ達があるわけで。


リョーマのほうを見ると、オレ達4人の関わり合いを
飲み込めたらしく、苦笑いを浮かべていた。

向こうの二人は、うちら二人がこんな関係になってるなんて知る由もなし。

初対面だとでも思ったんじゃねぇのか、きっと。


オレとリョーマは、顔を見合わせては笑った。




…まさか、こんな展開になるとは思って居なかったけど。

それでも、オレ達は自分の“シアワセ”を掴めたようだ。


――運命。


その一言で片付いてしまうのかもしれない。

それでも、親が敷いたレールの上なんかじゃなく、
自分達で切り開いた道で――。



オレとリョーマは、あの後何回もデートをした。

そうして、よりお互いのことを深く知ることが出来た。

それからだよな、結婚は。

もう、あんな大惨事は繰り返さない。


……そう心に誓ったはずなのに。

出来ちゃった婚なんてな。

あの二人には言えねぇな、言えねぇよ。

結婚の知らせは、もっと後にしとくか。

そうじゃなきゃ、面目なくて合わせる顔もねぇや。


ま、幸せなら、それでいいのかもな、なんて思ってみたりして。

人生なんてそんなもんじゃねぇ?

少なくとも、オレはそう思う。

だって、そうだろう?


な、リョーマ…。






















花嫁物語第二弾!
風の行方の桃リョサイドです。
こんなことがあっていいの!?
と思うかもしれませんが、まぁ恋愛ドラマだとでも思ってください。(ぉ

出来ちゃった婚…。(微笑)
ほら、桃ちゃん手出すの早そうだし;?(爆:フォローになってません)
逆に大菊のほうは秀さんが躊躇しちゃって進展しなさそう…なかなか。
ま、愛があればよし!
いつか菊が誘うしな!うん。(←ぇ)
その辺も…書きたいな。(うわっ!)
…えー……。
続編が裏々に向かってたらスミマセム。m( _ _;)m←土下座

第三弾…。海堂の話にするか、
それとも先に裏々の続編書いてたりして…。(えへv/マテコラ)


2002/11/10