誰もが知ってる童話。


 甘い甘いラブストーリーのように見えて、
 本当はすごく切ないお話。


 愛に溺れたお姫様は、

 幸せを求め、

 全てを捨て。


 最終的には、幸せを手に入れることが出来なかった、
 儚い恋の物語―――。











  * 人魚姫 *












「おはよ〜不二!」
「英二、おはよ」
「ねぇ聞いてよ!今朝姉ちゃんったらさぁ!」
「はいはい」

オレの一日は、ここから始まる。
朝起きて、ご飯食べて、家を飛び出す。
学校に着いたら、即行で教室に行って、
不二に近況報告。
そんなお喋りをしている間に、チャイムが鳴る。
そこから始まる。

その後は授業があって。
休み時間があって。
また授業があって。
そしたら、楽しい楽しい部活の時間。

しかし、最近はその秩序が崩れつつある。


「英二」
「んにゃ?」
「どうして昨日部活休んだの」
「………」

そう。オレは昨日部活を休んだ。
どうしても、居られなかったんだ。
部活という空間に。
圧迫感が一杯で、押し潰されそうだった。

「…お腹が痛かったの」
「本当に?」
「本当だよぉ」
「そう…体には、気を付けてね」
「うん」

オレは返事したけど、
不二が本気で言ってないってことは分かってた。

オレはいっつも元気一杯で、
お腹痛いなんてこと、殆どない。
一回あったのは、賞味期限がかなり過ぎてる大福を食べちゃった時。
精神的なことで腹痛になったこと、今までなかった。

最近悪いものを食べた覚えは無い。
不二はそれを知ってる、
だからオレのことを疑ってるんだ。

本当、なんだけどね…。



…最近、大石のことを考えるとお腹が痛くなる。

なんでだろう。
自分の気持ちが分からない。
何かされた覚えはない。
した覚えもない。

でも、それなのに。
大石のことを考えるだけで、お腹が痛い。

それだけじゃない。
胸が痛い。
呼吸が苦しい。

この気持ちは、なに?
締め付けられるような、
でも微かに心地良いような。

自分の気持ちが分からない。
どうすればいいのかも分からない。

結局、辛くなるのわかってながら、
大石のこと考えちゃうんだ……。



授業中も、ずっと大石のこと考えてた。

ボーっと窓の外を見ながら。

先生に睨まれた気がしたから、ノートを取ってるフリをした。

でも、フリだけ。

本当に書いてたことは、同じ単語の羅列。


 大石大石大石大石大石大石大石大石大石大石
 大石大石大石大石大石大石大石大石大石大石
 大石大石大石大石大石大石大石大石大石大石
 大石大石大石大石大石大石大石大石大石大石
 大石大石大石大石大石大石大石大石大石大石


……クルシイ。

苦しい…ヨ……。


お腹、イタイ………。




「…英二?」
「――」
「どうしたの?顔色悪いけど」

不二に声を掛けられてはっとした。
オレは目を瞑って歯を食い縛ってた。
焦ってなんともないふりをした。

「いや、なんでもにゃいなんでもにゃい…」
「そう?」

不二は一回顔を戻したけど、
数秒後にまた顔をこっちに戻してきて、何かを言った。

「英二、もしかして体調悪いのってほん……っ!」

『ガターン!!』

「何だ!?」
「キャー!菊丸君が倒れた!!」
「オイ、保健委員誰だ!?」

「英二…英二!」
「―――」

オレは、不二が喋ってる言葉を全部聞き終える前に、
意識を失って椅子から落ちた。

みんなが騒いでたのも、保健室に担がれたのも、
なんにも知らない……。





  ***





……あれ?


目が覚めると、オレは保健室の白いベッドの中で寝ていた。
消毒液の独特の匂いが鼻に衝いた。

…そっか、オレそのまま意識失ったんだ。
情けねー……。

「………」

涙がポロポロ出てきた。
お腹は痛いし。苦しいし。
全部、大石の所為だ。
大石の……。

「大石の…バカァ」
「馬鹿で悪かったな」
「!?」

オレは驚いてベッドから飛び起きてカーテンを開けた。
すると、丸い椅子に腕を組んで座ってる大石が居た。

「うそ、誰もいないと思ったのに…」
「誰もいないところで、英二は俺の悪口ばっかり言ってるのか?」
「ち、違うよぉ!!」

オレが必死に否定すると、大石はハハ、と笑った。
まあ、冗談で言ってたって言うのはオレも分かってるけど…。

笑い続ける大石にオレはプゥと頬を膨らました。
そうしたら…びっくりして一回止まった涙が、
安心すると溶け出したみたいにまた出てきた。

「…英二!?」
「大石の…ばかぁ〜」
「ちょ、ちょっと落ち着け、英二!」
「うぅ〜〜〜」

しゃくり上げ始めてしまったオレを、
大石は静かに落ち着くのを待っててくれた。
…やさしい。

オレの涙のワケ。
大石が居てくれて、嬉しかった。
二人で居られるのが、嬉しかった。
嬉しさを感じるほど…怖くなった。

そんな微妙な気持ちで、
自分の考えてることすら分からないまま、オレは泣いた。
その間、大石はオレの頭を撫でてくれた。

「……」
「落ち着いてきた?」
「――」

涙が止まってきた俺に大石は訊いてきた。
オレは素直に頷いた。

「一体何があったんだ、英二。
 聞けば授業中に倒れたって言うじゃないか」
「ん…」

オレは曖昧な返事をして、
そのまま話を逸らした。

「ね、大石。今何時?」
「今?今は…7時ちょっと前ぐらいかな。部活も終わったあとだから」
「保健の先生は?」
「用事があるって帰っちゃった。菊丸君が目が覚めたら
 送っていってあげて下さい、ドア宜しくね〜って鍵まで任されちゃったよ」

そう言って大石は苦笑いして鍵を見せた。
苦笑いする大石に、オレは訊いた。

「ねぇ大石」
「ん?」
「オレたちって…何?」
「――」

唐突な質問に、大石は固まっていた。
オレがじっと大石の顔を見続けると、
軽く笑いながら言ってきた。

「何って言われてもなぁ…人間?」
「そうじゃない!オレ達の…関係!」
「…部活仲間でダブルスのコンビ」
「それだけ!?」

オレが思わず強い口調になると、
大石は黙り込んでいた。
部屋に、静寂が宿った。

オレは、意を決して行動を起こした。
大石の手から鍵を奪い取ると、
部屋の内側から鍵を掛けた。
電気も、消した。
夕闇だけが、オレたちの光源。

「英二!?」
「この質問に答えてもらうまで…オレ今日帰れない」
「……」

心臓がドクドクいった。
苦しい。苦しい。

「オレが今日倒れたの、大石の所為なんだ」
「えっ?」
「大石のこと考えると、お腹は痛くなるし、苦しくなるし。
 泣きそうなくらい辛くなる」
「……」
「それでも考えちゃう。…だって……
 オレ大石のこと好きなんだもん!!!」

思いっきり叫んだ。
再度涙が溢れてきた。


―好き。

そう、好きなんだ。
ずっとモヤモヤしてた気持ち。

オレは大石のこと、好きなんだ――。



「…英二っ…!」
「――」

涙で水浸しの目、開いた。
大石に、抱き締められた。
唇が、合わさった。
そのまま、深く。深く―――。

「んっ…」

舌と舌が絡まり合って。
音がクチュクチュ脳まで響いて。
甘くって、溶けそうで。
幸せで、胸が押し潰されそうだった。

「英二」
「オ…イシ…」

口が離された。
でも、眼は結ばれたように繋がり合って。
目線は逸らさないまま、大石は言ってきた。

「俺も英二のことが…好きだ」
「本当…に?」
「本当だ」

「ダブルスのパートナーとしてじゃなくて?」
「違う」

「友達としてじゃなくて?」
「違う」

大石はオレのことを真っ白いシーツの敷かれたベッドに
押し倒すと、言った。

「英二のこと、愛してる」
「ホントウ…に…?」

返事は、もう一つのキスで返ってきた。
オレの涙は止まらなかった。

大石はオレの制服のボタンに手を掛け、
器用な手付きで外し始めた。
オレはその手を掴んで止めた。

「…エージ?」
「………」
「…嫌なのか?」

オレは首を横に振った。
涙で掠れた声で言った。

「分かってる、大石?」
「――」
「オレ達、男同士だよ…?」
「…分かってる」

その声が、優しくて、でも切なそうで。
オレは胸が押し潰されそうだった。

「許される…ことなの?」

大石は目を伏せて言った。

「許されることなのかは…分からない。
 それでも…俺は英二のことが、好きだから…」
「ぉいし…」
「ずっと悩んでた。俺達は男同士で。でも俺は英二のことが好きで…。
 伝えたいのに、伝えられなかった。でも…」


 フタリ オナジ キモチ ナラ


「…あっ」
「エイジ…」
「オオイシ……ひゃ!」

大石は、オレの服のボタンを外すと同時に、
露になった肌に吸い付いた。

思わず声が零れる。
涙と一緒に。


「おお…いしぃ!!」
「英二…キレイだよ」
「はぁっ…ゃ…」

隅々まで愛撫されて。
全身を愛されて。

それでも、どこか充たされない。


「……あっ!」
「気持ち良い?」
「あっ…あっ!!」

遂に大石の手がオレのモノに伸びてきて。
また、優しい愛撫。

「キモチイイ?」
「んっ、気持ち…イイよっ…!ぁ…」

身体は、満たされる。
でも、心は―――。


「っ痛…!」
「ごめん、少しだけ、我慢して…」
「大石…んっ!」

遂に指が差し込まれて、
中も愛撫される。
少しずつそこは潤ってきて、
卑猥な音を響かせる。

「ハァッ…おお、いし……もう、いいでしょっ…!」
「待って、もう少し…」
「いいから、早く…あぁっ!」

指の本数に比例して、
オレは声を抑えることが出来なくなっていく。
理性という名のリミッターが外されて、
本能が剥き出しになっていく。

欲して、貪って、毒されて。
ただひたすらに、相手を求める。

「大石、お願い……ぁん」
「エージ…」

指が一気に引き抜かれて、
また嫌な音を出した。
暫くすると、カチャカチャと金属音。
そして、一瞬の沈黙。

目を閉じたままだったけど、
オレは入り口に何か熱い物が近付いてくるの気配を感じた。

「挿れるよ?」
「ん…」

大石のモノが当てられて、
体重が掛かってくるのを感じた。
そして、先端が挿入される。

「やっ、あああ!!」
「英二、力、抜いて…」
「む、ムリっ!ひゃぁ、あっ、あっ」

体内に大きな圧力が掛かる。

「オ、イシ…!!」
「…エージ…」

大きな痛みもあるけど、
それ以上に快楽が勝ってて。

繋がっている、気持ち良い、嬉しい。
でも、手に入らない。

「大石、あのっ、あのねっ!」
「ん、何?」
「オレ、前、漢字の…テストで、さ」

場違いな話をしていることは分かった。
でも、確かめたい。
息が途切れ途切れになりながらも、言った。

「“シアワセ”って漢字、書こうとして、一本
 線を、忘れちゃったんだ…」
「…それで?」
「そうしたらさ、どうなったと思う?」
「………」


『“ツライ”って漢字に、なっちゃった…』


「………」
「可笑しいよね?一画間違えただけで
 正反対の意味になっちゃなんてさ…」
「……」
「オレ、今は、間違えてない、よね…?」
「エージ…」
「間違えてないよねっ!?」

涙が溢れた。
視界が霞んだ。
大石の表情が、読み取れない。

「分からない…間違えてるか間違えてないかも、分からないんだ…」
「英二…」
「オーイシっ、助けてよぉ……!」
「っ――」
「あっ、オオ、イシ……!」

大石は何も言わず、ただ腰を動かしてきた。
オレは快楽に身をよじりながら、
もっと深く繋がれるように、足を思いっきり開いて、折り曲げた。

腰を打ち付けられるたびに、
快楽に溺れそうになる。

「大石、ぁっ、キモチイイ…ハァ…やっ!」
「エージ…俺も…」
「オオイシ……!」


―――人魚姫は、声と引き換えに人間の体を手に入れた。

「はぁっ、んっ……!」


愛に生きて、全てを捨てた。


「お、いし…、オレっ…ひぁん!」

「エイジ……っ…」


最終的に、何が残った?


「あっ、あっ、も、ゲンカイ、イク…!」

「っエージ、俺も……!」

「オオイシ…!」



 人魚姫はシアワセを手に入れることができたの――…?





  ***



「………」


目が覚めると、オレはベッドで寝てた。
電気が点いてない真っ暗な部屋。

…オオイシ。

オレのこと、家まで送ってくれたのかな。
また意識失っちゃったの?オレ。
何やってんだろ。

…ヤっちゃったんだよな、オレ。大石と。
すっごく幸せだった。
でも、間違ってない?
本当に本当の幸せを手に入れられたの、オレ達?

……答えが見つからないよ。
見つかるまで、帰らないつもりだったのに。
大石にも考えてもらうつもりだったのに。
くっそぅ…。

「大石の、ばーか…」
「…また言うようだけど、英二はいっつも
 俺の悪口ばっか言ってるのか?」
「!?」


え……?

どうしてぇっ…!?


「大石っ!?」

オレは思わずガバッと起き上がってしまった。
大石は落ち着いた声で訊いてきた。

「英二、いつから目覚めてた?」
「…今覚めたとこ」
「そっか…」

訳が分からなかった。
何で大石がいるの?
何で何で何で?

「……訳が分からないってトコ?」
「…うん」
「実はさ…」

暗くてよく分からなかったけど、
大石も起き上がった音がした。
俺は黙って話を聞いた。

「どうやら、電気消して鍵締めてたから
 誰も居ないと勘違いされて、閉じ込められちゃったみたいで…」
「…はぁっ!?」

オレは開いた口が塞がらなかった。
だって……ねぇ?

「実は、終わったあとはもう8時ちょっと過ぎで、
 ああ急いで帰らなきゃと思って…後始末して、身支度整えて、
 英二は起こしちゃ可哀想だと思って、負ぶって…下駄箱まで行ったんだ」
「……」
「そうしたら、昇降口の鍵が開かなくってさ。焦ったよ」
「…それじゃあ」
「うん。結局戻ってきたんだ。ここは保健室」
「ウソぉっ!?」

オレはパニックになった。
ここは学校?保健室?

…確かに冷静になってみれば、
消毒液の匂いがする気がした。

マジで?マジで?マジで???

「いや、でも警報機に引っ掛からなくて良かった」
「大石…意外と呑気だね」
「そうか?」
「うん」

「「………ははっ!」」


オレ達は、顔を見合わせて笑った。
何だかよく分からないけど、くすぐったい気持ちがした。
不思議な感情。
嫌な感じはしない。
いや、むしろ幸せだった。

……シアワセ?


「にゃはは…は………っ」
「…英二?」
「…ひっく…う、…っく。うぅ〜…」
「英二、泣いてるのか!?」
「っく…おおいしぃ〜…」

また涙が出てきた。
情けねぇー…今日何回目だろ。

「英二、どうして…。俺なんか悪いことしたか!?」
「違う、違うの…、オレ……」

もう本人以外誰にも聞かれないと分かって、
息を一つ大きく吸ってから、オレは思いっきり叫んだ。

「大石のコト、好きだぁぁぁぁっ!」

いい終わった後、また涙が出た。
でも気持ちはすっきりしていた。


「俺も、好きだよ」

そう言って、大石がオレのベッドに移って来たのがわかった。
ベッドが二人分の重みで、ギシリと軋む。
大石の手がオレを探った。
そして触れ合って、確認すると、
寄り掛けるように抱き締められた。

「大石」
「ん?」
「オレ…幸せだよ」
「…うん」

伝わってくる体温が、
温かくって、温かくって、
すっごく安心した。

オレ、本当にシアワセだ……。



  ***




―――人魚姫は、幸せを手に入れることが出来たのか。


王子様と愛し合うことが出来たら、全ては幸せに終わったんだ。

泡にならず、風にもならず。

いつまでも幸せに暮らしていくことが出来たはず。


…目が覚めたら、君が居たから。

独りじゃ、ない。

愛執に囚われ死ぬこともない。


お互いの気持ちが同じなら、

いつまでもいつまでも、一緒にいることが出来るんだ…。






  * * *








 ――こうして、王子様の愛を手に入れたお姫様は、

   いつまでも幸せに暮らしましたとさ。




      例え、神が許さぬ恋だとしても――――。






















めでたしめでたし、で終わらないのがなんともねぇ。(ふふ)
ダークと見せかけてハッピーエンド、
と見せかけてやっぱりダークくさいという…。
ひねりを加えてみた。ねじりハチマキっ!(?)

何気に気に入ってたりします。
童話をパラレルでやるより
こういう風にやった方が好きかなぁ…とか思ってみた。
人魚姫、大好きです。
はっきりと内容覚えていないのですが。(ぇ

その後二人はどうなったのでしょう、
というのは皆さんのご想像にお任せです……†


2002/11/03