* 月の終わり *

-the end of the moon- part.2












「―――」

ボーっと空を見上げると、
雲はオレの都合なんてお構いなしに流れていく。
そして、昼間の細くて白い月が見えた。

……大石。

月を見ると、思い出す。
いつも後ろからオレをサポートしてくれた、最高のパートナー。
繰り出される技、ムーンボレー。
でもそれは、もう見ることは出来ない。

「……」


空を見てて良かった。
溢れてきた涙が、零れ落ちることはなかったから。
ただ、目の上に溜まって、目の前が霞んだ。
だから、暫くそこに人が立っていることには気付かなかった。
瞬きを2、3回繰り返した後、漸くその存在を確認した。

「……桃」
「ちわっス」

「どうしてここに?」
「もう式場にみんなは集まってるのに、エージ先輩だけいなかったから…」

桃はオレの横によじ登りながら言った。

「大石先輩との思い出の場所っていったら、ここかなって…」
「…」

そう、ここはコンテナの上。
大石と何度も反省会をした場所。
ここで俺たちは相手のいいところ、悪いところを言い合い、
お互いを高めていった。
オレには、とても思い入れの深い場所。

そして、今日は……。


「いいんスか、エージ先輩。まだ行かなくて…」
「ん……」

オレは曖昧にはぐらかした。

今日は…大石の葬儀が行われるんだ。
でも、行く気になれなかった。
行きたくなかった。
式に出てしまったら、大石が死んだってことを認めるみたいで嫌だった。

そりゃさ、オレだってわかってるけど。
もう大石には会えないって。
でも、そう思いたくなかった。
だから、オレはここにいる。
式会場には足を向かわせなかった。
出掛けるとき、一応黒い礼服を着てきたけど。
本当は、これを着ていることさえも嫌なことだった。

…こんな考えはオレの自己満足を満たすためかな?
ちゃんと大石の魂を見送ってあげた方が、いいのかな?

でも…オレはそんなの嫌だった。

「エージ先輩…」

動こうとしないオレを見て、桃は溜め息混じりに言った。


ゴメンね、桃。
ゴメンネ、大石。

オレ、きっと本当は行かなきゃいけないんだね。
でも、どうしてもここに居たいんだ。
ここにいるときは、いつも必ず大石と一緒だったから。
ここにいれば、大石と会える気がして。
ここに座ってれば、後ろから“英二”って、
名前を呼んでくれるんじゃないかって。

…在り得ないこと。わかってる。
希望なんて無いのに、オレはあきらめる事が出来ずにいる。

「エージ先輩、そろそろ行かないと始まっちゃうっスよ?」

心配そうな顔でこっちを覗き込んでくる桃。
でも、オレは意識して目を合わさないようにした。

「ごめん桃、オレ行かない」
「行かないって…エージ先輩!」
「ゴメン…。でも、もう少し大石と一緒にいたいんだ…」
「……」

桃は一瞬黙り込んでから、
真剣な表情になって重々しく言った。

「…本気っスか?」

オレは無言で頷いた。
そうしたら、桃も諦めて行くだろうと思った。

でもそうじゃなかった。


「まだ大石先輩のこと忘れられないんスね」
「…桃?」
「オレが…忘れさせてあげましょうか」
「桃!…んっ…」


驚いた。

まさかそんなことされるとは、思いもしなかったから。
力で頭を押さえられ、強引に唇を奪われた。

「やめっ……」

止めようと思って口を開いたら、
今度はその好きに舌を入れられる。
口内で舌と唾液が混ざり合う。

「んっ…ふ……」

無情にも、零れてしまう甘い声。
口を離すと、二人の間に銀色の糸が伝う。

「はぁっ…」

苦しくって、息が切れる。
乱れた呼吸を必死に立て直す。

「どう…して…」

口から出た声は涙声だった。

そういえばオレ、さっきまで泣いてたんだ。
…心の中では、この数日間涙は一度も止まっていない。


「オレ…エージ先輩のこと好きなんスよ」
「!」

桃が言った。
オレはただ驚くだけだった。
もう、わけがわからなかった。

「大石先輩のこと思い続けても…幸せにはなれませんよ。
 オレは…必ずエージ先輩のこと幸せにします」

そういって、強く抱き締められた。
…すごく落ち着いた。だって…。

―温かかったんだ。

人間って、こんなに温かいものだっけ?
久しぶりに感じた、温もり。

…そうだ。

いくら頭の中でどんなことを考えても、
身を任せた気分になって自分を弄んでみても。
人と人がいないと、“人間の温もり”は感じることは出来ない。
暫く、独りだったから。
この瞬間にとても安心してしまったんだ…。

そんなことを考えて納得していると、
桃は俺の服のボタンに手を掛けた。

「も、桃!?」
「どうですか、このまま。屋外プレイってのもいいっスね。青姦ってやつっスか?」
「待っ……」


一瞬、身を任せてしまおうかとも思った。
だけど、心に残る突っ掛かり。
僅かに取り巻く罪悪感。

やっぱり…オレは……忘れられないよ。


「や…やめて!!」

思いっきり叫んだ。
桃の体をドンと押してしまった。
すぐに離れないといけない気がしたから。
大石が見てる気がしたから。

桃はオレの目から流れている涙に気付いたのか、
はっとして申し訳なさそうな顔をした。

「すいません、オレ…」
「ううん、オレもゴメン。でも…」

やっぱり大石のこと忘れられないや、って伝えた。

「もう少しだけ、ここにいさせて…」

そしたら、桃は一瞬悲しそうな顔をして、立ち上がった。

「じゃあエージ先輩…オレ、行きますから」
「うん、ゴメンね…」
「…失礼します」

桃は軽く頭を下げると、ヒラリと飛び降りて走っていった。
オレはまた空を見上げて、呟いた。

「これでよかったのかな?大石…」

……。

「オレにはよくわからないよ…」

……。

「黙ってちゃわかんないじゃん。
 返事…しろよ!!」

声の限り叫んだ。
涙が溢れ出てきた。

二度と声は聞けない。わかってたけど。


優しく呼ばれる声も。
いつも励ましてくれた温かい笑顔も。
支えてくれたたくましい腕も。
悲しいときに貸してくれた広い胸も。

ついこの間まで当たり前だったことが、
こんなにも儚いものだったなんて。

「チクショウ…」


もう二度と一緒に反省会できないコンテナの上、
二粒の雫が零れた。



ゆっくり見上げると、
いつの間にか月は西の空に傾いてきていた―――。

























はい。
第2パートは桃さんに任せてみました。
…青姦期待しました?すみません。(爆)

さて。この話は月が非常に重要な役割を果たしてます。
月の満ち欠けとともに替わっていく英二さんの心境…。
その辺にも注目してやってください。


2002/08/16