* キズアト *












英二とコンビを組み始めて1ヶ月。
それなりに苦労もあったが、
少しずつ形も出来始めてきた。


「お前たち、いいコンビだな。これなら、全国狙えるかもしれないぞ」
「もっちろん!ね、大石♪」
「ああ」

竜崎先生に言われて、英二も上機嫌だ。
初めはあんなに落ち込んでいたのに、
今ではすっかりダブルスが板に付いてきたとでも言うのか。


それに、新しいことがいろいろとわかった。
英二は、優れた動体視力、体の柔軟性、
そして俊敏性。
このいずれもに長けているため、
ネットプレーを得意としていること。
俺は、どちらかというと守るタイプ。
後ろからサポートする形が、向いているようだ。
そういう意味で、俺たちは良いコンビだと先生は言ってくれたのだと思う。
さすが先生は見ているところが違うな、と思った。

だんだんとお互いの得意不得意、
プレーの特性などがわかってきて、
少しずつだけど、慣れてきていたんだ。
お互い一緒に、プレーすることに。
二人が同時に、同じコートに立っていることに。

初めは、ミスを恐れて大胆な動きが出来なかった。
それが、また更にミスに繋がる。
最近はそれも減ってきて、
思い切ったプレーが出来るようになってきていたんだ。


それが、幸いだったのか不幸だったのか。




「大石、任せ…」
「あ」

『パシッ』

俺たちの間を、
ボールが斜めに切り裂くように抜けた。

「ごめん、今のオレが取れたかもしんない」
「いや、オレも初めからもう少し内側に居るべきだったよ」

自分のミスを認めて。
それを、次に繋げる。
こうして、上達していくんだ。

「俺たち、今のパターン弱いな」
「う〜ん…そうかも。よーっし!頑張るぞ!!」

また元気を出して、次に進む。
少しずつ、上を目指していく。

でもそれが、少し空回りしていたのかもしれない。


ラリーの最中、
一つ、高いロブが上がった。


俺が、いけなかったんだ。
俺は後ろに居て、全体が見渡せた。
英二は前に居て、ボールを見上げて。
俺がどこにいるかなんて見えやしなかったんだから。


「オーライ!」
「英二、深追いするな!俺が取る!!」

そう俺は声を出した。
でも、自分でボールを取る気でいた英二は、
気にせずこっちに突っ込んできてしまった。

それに、俺は気付いていなかったんだ。

「えっ…?」
「!」


――0.2秒。

脳に指令が届いてから、体が反応に移すまでの時間だ。

英二が目の前に居ると気付いた時、
俺も自分がボールを取る気で
無我夢中でラケットを振っていた。
その時気付いたのでは、もう遅かった。


『ガツンッ…』


「―――」

手に、ボールより重い何かが当たる感触。
そして、微かに物を切り裂く感触。
それが、一瞬で俺の頭の中を廻った。



「英二!!」

英二は、そのままその場に倒れこんだ。
コートの反対側から竜崎先生も走ってきた。

「英二!大丈夫か!?」
「おおいし…だい、じょぶ……」

英二はゆっくりと体を起こした。
まずは、腕を立てる体制で。
そして、上体をゆっくりと起こした。

「痛…」
「!」

英二の頬に、一本の亀裂。
流れ出る、赤。

「英二!」
「あれ、血、出てる…?」

英二は自分の頬を触ってみて確かめていた。
細い指が、紅に染まる。

「英二…ごめん!!」
「ごめんなんていわないでよ大石」
「――」
「俺たちコンビだろ?失敗は、一人の責任じゃないよ…」

英二はにこっと笑った。
その笑顔が、心に痛かった。

「英二…!」

自分が、英二を傷つけてしまった。
どうしてあの時周りをちゃんと見なかったのか。
もっと早く気付かなかったのか。

「ほれ菊丸、ちょっと保健室に行きなさい!」
「はい…」
「英…」
「気にしないで、大石」

もう一度笑うと、英二は先生に連れられ保健室へと向かった。
英二が帰って来るまでの15分間、
俺は罪悪感と葛藤していた。

全て自分が悪い。
俺があんなことしなければと。

一秒が一時間に感じられ、
一分が無限の時間に感じられた。
でも過ぎてしまうと、
英二が行ったのは数秒前じゃなかったか?
という気分だった。


「大石」
「!」

ベンチに座っていた俺に、英二は声を掛けてきた。
その声に、顔を上げる。

一瞬太陽と重なってわかりにくかったけど、
英二の頬にはなにやらガーゼのようなものが当てられていた。

「英二…」
「ほら、止血してもらったからさ、続きやろ」
「え!?大丈夫なのか?」
「うん!大丈夫大丈夫!!」

英二はいつものように明るかった。
それに、痛さを感じてしまったんだ。

心の奥で、沸々と煮え返る罪悪感。


「大石!行ったよ!」
「――」

『トン、トン…』

ボールが、二度地面で弾んだ。

明らかに、自分で取れた距離。
前に一歩踏み出すだけで。

それなのに、英二に近づくことを拒んだ。

「あ…ごめん…」
「大石…?」

走って近付いてくる英二に、
目を合わせることが出来なかった。

「大石…どうしたの?今の…いつもならちゃんと取れて…」
「ゴメン、次はちゃんと取るよ!」

そう笑って言ったつもりだったけど。
笑えていなかったのかもしれない。
英二は不満そうな顔をしていった。

「怪我のこと、気にしてる…?」
「……」

何も言い返せなかった。
だって、そうに違いないのだから。

「本当に、オレ大丈夫だから!気にしなくていいよ!!」
「うん…ゴメン…」
「おおいし……」

英二は悲しそうな顔した。
その顔をさせているのは自分だと思ったら、
更に心が痛んだ。
もう滅茶苦茶だった。

「…大石!」
「…?」
「今日、あそこいこ!」
「あそこ…?」
「この前…大石が連れて行ってくれたとこ!!」

ああ…あのコンテナの上か。

「…わかった」


結局、その後の練習は中途半端なものにしかならなかった。



とりあえず鍵閉めも終え、
待っていてくれた英二と共に例の場所へ向かった。

…英二の右側に居るのが辛くて、
自然と左側を歩いている自分がいた。

自分が付けた傷。
それが痛々しくてならなかった。


コンテナの上に登ると、
青い空が広がっていた。
少し濃い、深い蒼。
夕日はもう沈み、西の空はうっすらと黄味を帯びている。


「綺麗だね」

それに見惚れていると、
横から英二がオレの顔を覗き込んできた。

「…そうだな」

そう答えたけど、
感情が篭っていないのが自分でもわかった。
すると英二は、俺の正面に回りこんできた。

「…英二?」
「大石っ!元気出してよ!!!」

英二は、俺の眼をまっすぐ見据え言ってきた。
俺は、そのまっすぐな瞳が痛くて、目を逸らしそうになった。
でも、逸らしてはいけない気がした。

「こんな怪我なんてすぐ治るし、
 別に…そんな痛くなかったから!大丈夫!!」

一生懸命励ましてくれてるのがわかった。
あんな出血までして痛くないはずがない。
それなのに、それも痛くないといって。
俺を元気付けてくれているんだ。
なんだか、こんな気持ちで居る自分が恥ずかしくなった。

「今度は俺は励まされる番になっちゃったな」

苦笑いを浮かべると、
対して英二は満面の笑みで言ってきた。

「だって俺たちパートナーじゃん!」
「……そうだな」


空を見上げた。
一番星が、輝いていた。





  ***





次の日の部活。
俺たちは前のように、いや、
前以上の動きが出来るようになっていた。

「大石っ」
「オーケー!」

英二の怪我が気にならないわけじゃなかった。
でも、それのせいで集中力が削がれるようなことは、なかった。
それは英二にも失礼だし。
俺のけじめの問題だな、なによりも。

「今のはいい感じだったな。昨日は不調だったから心配したが。
 …ところで菊丸、怪我の方はどうだ?」
「はい、血は止まりましたよ〜」
「当たり前だ!まだ止まってなかったら出血多量で死んどるわ!」
「げっ!?そうなの!!」

そんなクルクルと表情を変わる英二を見て、
俺は思わずくすっと笑ってしまった。

いつもの英二だ。
必要以上に気にしてるのは、俺だけだな。

そのうちにガーゼなども取られて。
また元の英二に戻るんだ。




  **





怪我から一週間ぐらいの日だろうか。
英二は、ガーゼではなく絆創膏を付けてきた。
まだ完全には治ってないのだけれど、
良くはなっているのだな、と俺は安心した。

しかし、それから10日近く経っても
英二の絆創膏は外されることがなくて。

少し気になって、訊いてみたんだ。

その時は、もうみんなは既に帰った後で。
鍵閉めのために最後まで残らなきゃいけない俺と、
それを待ってた英二。
部室の点検を終えて、
いつもならこのまま二人で部室を出て、鍵を閉めて帰る。
その前に、訊いてみた。


「英二」
「んにゃ?」
「怪我…どうだ?」

英二が一瞬顔をしかめたように見えたのは、
気のせいだったのだろうか…。

「どうってことないよ!だんだん良くなってる」
「まだ完全には治らないのか?」
「え〜…うん。多分…」

英二は言葉を濁した。
その様子が気になった。

でもとりあえず、話を合わせる事にした。
何より、自分が付けた傷だという罪悪感があった。

「そうか…まだ治らないのか。
 結構傷が深かったのか…。ごめん!本当に…」
「んにゃぁ!大石、そんな大袈裟な…」

俺は思いっきり頭を下げると、
英二はなんだかあたふたしてるような感じだった。
えーっととかうーんととかいろいろと唸っている。
すると観念したように、比較的落ち着いた声で言った。

「おおいし…顔上げて…」
「――」

ゆっくり顔を上げると、
英二はなんだか悲しそうな顔をしている気がした。

すると、すぐに表情は崩れて
にゃははー、とか少し照れた笑いをしながら言ってきた。

「ホントは謝るのはオレの方なんにゃ」
「…え?」

一瞬意味がわからなかった。
俺が固まっていると、英二は静かに息を吸ってから言った。

「ゴメン。オレ、さっきウソ吐いた」
「……」
「大石を心配させたくないって思ってたけど、
 どっちにしろ同じみたいだから…ホントのこと、言うね」
「………」

それだけ言うと、
英二は少し下を俯いて。
右手を絆創膏に持っていくと、
ゆっくりと下に引いた。

露わになる、英二の肌。

「……エー、ジ…」

俺は、言葉を失った。

絆創膏が剥がれた先。
英二の頬には、
くっきりと書いたような、深い傷痕。

そこからすぐにでも目を離したかったけど、
なんだか縛られたみたいに視線を他に移すことが出来なくて。
数秒間口を開けたままそこを凝視していた。

「…痕、残っちった」

英二の言葉で、俺は正気に戻り、
英二の顔を見た。
少しはにかんだような、笑いだった。

「英二…!ホントゴメン!!俺…」
「だから、大石は気にしないで!
 大石少し気にしすぎるから、オレ隠してたんだよ」
「あ…」

すると何も出来ることがなくなって。
俺は黙っていた。

そうしたら、英二は新しいものでも見つけたかのように
楽しそうな表情で言ってきた。

「そこで!オレ考えちった♪」
「は…?」

場の雰囲気に合わない英二の明るい声に、
思わず間抜けな顔を出してしまった。
まあ、英二らしいといえばそうなのだが。

「これさ、オレと大石の、二人だけの秘密にしよっ!」
「…?」

行き成り言い出したことが理解できなくて。
少し混乱していると、
英二はゆっくりと繰り返してきた。

「二人だけの、ヒミツ」
「………」

言ってくる英二の眼を、じっと見つめた。
英二は少し笑ってオレの手を取ると、
それを傷の部分に持っていって
手で包むように当てさせた。

「この傷に誓って、二人は必ず全国へ行きます」

英二は、そう言ってにこっと笑った。
オレもそれに笑い返した。

そして手を離すと、
傷に一つ口付けをした。

「この傷に、誓います」

そうすると、英二は少し頬を染めた。
二人顔を見合わせて笑った。





  ***





「エージ先輩の絆創膏の下って何があるんスか?」
「………」

エージの怪我から2ヶ月ほど。
ある日、後輩の一人が聞いてきた。
桃城という子だが、
この前のランキング戦で見事レギュラーになった。
レギュラー同士は共に行動することも多く、
自然と会話を交わすようになってきたのだ。

英二が怪我をしたときのことは詳しく知らないのか。
知らぬが仏とでも言うべきか…。
少し違うか?
とりあえず、俺は少し離れた位置で
その様子を伺っていた。
英二はどんなことを言うのか…。

そしたら、英二の口から出てきた言葉に俺は噴き出しそうになった。

「あのなー桃、実はこれ取ると、オレは
 スーパー菊丸マンに変身するんにゃ!」
「マジっスかぁ!?」

そして更に、本気でかはわからんが驚く桃城。
なんというか、微笑ましい光景だった。

「じゃあ今やってみてくださいよ!」
「いんや。これはとっておきだから全国まで取っとくにゃ」
「え〜いいじゃないですか〜」

そんな会話を俺が笑ってみていると、
ボソッと一人の一年が桃城に言った。

「てめぇそんな話信じるなよ」
「海堂!」

もう一人の一年レギュラー、海堂薫だ。
普段あんまり喋るような子ではないが、
練習はいつも一生懸命な子だ。
桃城とはあまり仲が良くないのか、
いつもケンカばかりしている。
…まあ、逆にそのライバル意識が
お互いをレギュラーまでに盛り立てているような気もするが。

そして今日もまた、ケンカを始めるわけで。
俺はいつも止めに入らされる役なのだが…。

ところで、そんな話信じるな、と言われて。
英二はどうするかと思ったら…。

「よくわかったね、海堂」
「「…は?」」

桃城と海堂の声がそろった。
すると、英二は自慢げに喋り始めた。

「実は、スーパー菊丸マンなんてウソで、
 猫丸という猫になってしまうんにゃ!」
「うぉっ!説得力あるぅ!!」
「…けっ」

また騒ぎ始める英二と桃城を見、
海堂は付き合いきれんとでも言うように離れた場所で素振りを始めた。

なんだかとっても平和な感じがした。


「それでは!練習を再開する!」

手塚の声で、みんなが一箇所に集まって。
練習の内容が指示される。

俺と英二は、今日もダブルスの練習だった。

「大石!」
「ん?」
「頑張ろうね!」
「…ああ!」


全国大会までの、道のりは長い。

でも、誓ったんだ。
必ず辿り着くって―――。






















わーい!(何)
英二バンソコ説その一!
(その二があるのか!?:えぇ、あるんです…)
結構楽しく書けました。

とりあえず英二さんのバンソコの下は傷!
これはひたすらプッシュです。
海堂が保険委員だっていう位。(しつこ)
そして傷をつけたのは大石!
いやぁ、大菊だv(萌)

最後になんだか2年生コンビを出してみた。(当時1年か)
傷がついた理由の裏に
全国への道というテーマが付いてるんでね。
…でも何故2年コンビ?(汗)
う〜ん…。
結局は趣味か!(爆死)
(だって突然荒井さんとか出てきたら引くでしょう?/笑)

とりあえず、バンソコ説。終わり。
コノミン書いてくれぇ!(主張)


2002/09/13