こっちの5時。
向こうの12時。

7時間差の同じ時。
違う時間で、同じ瞬間。

ある日の電話のことだった…。











  * seven hour delay *












学校帰り。
何故、あたしはこんなにも走っているのか。

相手のことを思いやってか。
自然と足が逸るのか。
徒歩30分の距離、10分ちょっとで走りきった。
重い荷物も気にならない。
それより、一刻も、早く。
そのことだけを考えて、走った。

いつもなら、授業が終わると友達とのお喋り。
ゆっくり帰りの準備をして、
のんびり歩いて帰って来る。

今日は、違う。
授業が終わった瞬間、あたしは教室に居なかった。
「今日急ぐから」
ただそう一言残して、あたしは走った。


道を歩く人々が、とてもゆっくりに見える。
逸る気持ちがそう思わせるのか、
本当にゆっくり歩いているのか。
考える余裕も無く、走った。


7時間遅れのこっちでは、
何もかもが、遅く感じて。

あなたと同じ時を過ごしたい。
近くに居て、同じものを感じたい。

叶わないとは、わかっていても。
少しだけでも近付きたい――。



家に帰ると、真っ先に電話を掴む。
ただ今4時半。
そっちは11時半。


思えば、今まで何故電話というものをしなかったのか。
今の世の中は便利なもので、
メールなんて早くてお手軽なものがある。
それだけで、ずっと用を済ませていた。

7時間差に、遠慮してたのかもしれない。


--

とある日のメール。

久しぶりに声が聞きたい、っていったら、
電話があるだろって返って来て。
学校帰ってきたら5時だよ?そっちでいったら真夜中じゃん?っていったら、
いいよ、それぐらいまでは起きてるからって返された。

『明日、掛けておいでよ。待ってるから』

瞬間、舞い上がりそうになった。

すっごい浮かれて、
走れば4時ちょっと過ぎには着くから!っていった。
あたしは、シュウの声が聞けるってだけで、幸せだった。

そしたら、シュウが一言。

『悪いな、走らせちゃって』


なんだか、泣きそうになった。
あたしは、シュウの声が聞けるなら、そんなのどうってことなかった。
なのに、いつでもあたしのことを気遣ってくれるシュウ。
久しぶりにシュウの優しさを感じて、
すっごくすっごく嬉しかった。

--



押し慣れた電話番号。
市外局番やらなにやら押さないといけないことに、
なんだか少し距離を感じた。
何故かすごく緊張してて、指が震えた。
電話が呼び出し音を鳴らしている間、
あたしは5回深呼吸をした。



『もしもし?』

その一言で、もう、あたしは既に泣いていた。

「しゅ…う……」

なんでだろう。

話したいこと、たくさんあったはず。
シュウの声、たくさん聞きたかったのに。
全部、涙に消えてしまった。

?』

電話越しに聞こえる声。

もう、溢れてきた涙は止まることが無く。
頬を伝って雫は垂れる。
気付けば肩で息をするようになっていて、
もう何がなんだかわからなかった。

ただ、受話器だけは離さなかった。
耳に、ずっとシュウの心配そうな声が届いていた。
それを聞くと余計に涙が溢れた。
わかっていたけど、少しでも多く声が聞きたかったんだ。


いつからこんなに弱くなってしまったんだろう。

前は当たり前だったこと。
同じ場所に居て、顔見合わせて、会話して。
今は、同じ場所に居られない。
顔も見られない。
ただ、この機械を通して声を聞く。
それだけのこと。

それだけのことで、涙が止まらないなんて。
それだけだから、止まらないの?

冷静になると、馬鹿じみたこと。
ただの電話で、言葉なんて一言しか交わしてなくて。
苦しいわけでも、悲しいわけでもない。
じゃあ嬉し涙かというと、それとも違う気がして。
何故かはわからないのに、こんなにも涙が溢れるなんて。


『…大丈夫か?』
「…っく……シュウ…ごめ…」

5分近くたって、あたしは漸く喋れた。
といっても、言葉になってなかったけど。

『大丈夫だから、落ち着け』

電話越しに聞こえるシュウの声は、
いつもと少し違う感じがした。


…わかった。
この涙のわけが。

声が聞けて、嬉しかった。
これが一つ。
一ヶ月ぶりの声が、懐かしかった。
これが二つ。
顔を見れないのが、哀しかった。
これが三つ。
どうでもいいから、淋しかった。
これが四つ。
よくわからないけど、感動した。
これで五つ。

その全ての感情が渦巻いて。
心の中から涙が出てきた。


それともう一つ。

…久しぶりに感じたシュウの優しさが、
痛かったんだ。

7時間差を忘れさせてくれると同時に、
電話を切る瞬間が怖くなったんだ。


あたしはひたすらに大泣きした。
はっきり言って、ぜんぜん会話できなかった。
でも、シュウと電話で繋がってるってこと、
すごく嬉しかった。
でも同時に、悲しかった。

…どれくらい泣き続けたかわからない。
漸くそれが治まった頃。


「シュウ…あ、あのね…」
『ん?どうした』
「…ダイスキ」
『俺もだよ』

とりあえず、伝えたいことは、伝えた。
それで満足。

『そろそろ電話代もまずいだろ、切った方がいいんじゃないか』
「あ、そうだね」

本当は電話代も気にせず話したかったけど。
そうもいかないんだよね…。

『また、今度な』
「ん。また…」

『…ピッ』

「………」

電話を切ると、また涙が溢れてきた。

自分はシュウがホントに好きなんだって、実感した。
久しぶりに離せた嬉しさと同時に、
直接会えない悲しさに包まれた。

「シュウ……」


――幸せだけど、痛いんだ……。






















あれ?(滝汗)
このシリーズいっつもハッピーだったのに。
ちょびーっと暗くなっちったね。
自分の心境が反響してるからでしょうか。(汗)

う〜ん。マズイ。
悲恋のようで、悲恋じゃないベンベン。(帰れ)

なんかこのシリーズめっちゃ実話混じりなので
痛いんですけど。(苦笑)
まあいいや。夢見させてもらったぜ。ちゃっ☆(謎)


2002/09/08