事の始まりは、いつも突然で。

先のことなんて、わかるはずもないのだけれど。




どんなものでも終わってしまったら、

風のように跡すら残さず消え入ってしまうものなのだろうか…。



鳥のように、翼をはやして

自由に飛ぶことは出来ないのだろうか―――。











  * 翼になって *

 〜when the boy became an angel〜












今日も俺たち青学テニス部は、この青い空の下、練習をしている。

大会が近付いてきているためか、レギュラーもそうでないものも
少し張り詰めた空気を漂わせている。
それはそれで適度な緊張感があり、心地良い。


「これからはレギュラーを二つに分けて練習をする。
 不二・河村と大石・菊丸はAコートでダブルスの練習。残りは…」

手塚の声で、皆は一度手を止め、次の指示を待つ。
次がダブルスの練習だとわかると、英二はこっちに走り寄って来て言った。

「よぉし!大石、頑張ろうね!」
「ああ」

英二の無邪気な笑顔。
それに俺は微笑み返した。
緊迫した空気の中、少し和める空間だった。

英二は、いつでも俺に安らぎをくれたんだ。
そして、きっとこれからも……。




「なんじゃら、ほいっと!」
「甘いよ…」

今日も、英二は絶好調だな。
読みが冴えてる。
対する不二も読みの鋭さでは引けを取らない。
みんな、大会に向けていいコンディションに仕上げてきてるな…。

不二の打ち返した打球が、英二の横を抜けた…
かに思えたが、英二は体を器用に捻り返すようにして飛び、そのボールを捉えた。

「ほいほいっと……!」
「…英二?」

しかし、打ち返す際に宙を舞った瞬間、英二の顔に明らかに苦痛の表情が浮かんだ。
そしてそのまま、
英二は地面に倒れこんだ。

突然の事だったんだ。


「英二っ!?」

俺は急いで英二に駆け寄った。
不二とタカさんもプレーの途中だがネットのこっちへ来た。

英二をそっと抱きかかえた。
顔は苦痛に歪み、目からは涙が零れていた。
息も荒く、嫌な汗を掻いていた。
いくら運動していたとはいえ、在り得ないほどに鼓動が速かった。
速い上に、一回一回が波を打つように激しかった。

「英二!?大丈夫か!?!?」
「ハァ、おおい、し……苦し…。ハァ…心臓が…痛ぃ……」
「英二!しっかりしろ!!」

腕の中で、英二は苦しそうにしていた。
ポロシャツの胸の前をギュッと掴み、体を縮込ませていた。

「ンっ!ゲホッゴホっ!!」
「英二!!」
「僕、竜崎先生呼んで来る!」

苦しそうに咳き込む英二を見て、不二が何処かへ走っていった。


その日の部活は急遽中止となった。
英二が倒れてから15分ほど、竜崎先生が呼んでくれたのか救急車のサイレンが聞こえた。

その間、俺は何度も英二を呼びかけたが、返事は返ってこなくて。
ただ、荒い息だけが耳に届いてきた。

竜崎先生は部活が終わってみんなが帰るまでいなくてはいけないらしく、
俺が付き添いで行くことになった。
みんながざわつきながら片付けをしている状況を背中に、
俺と英二は救急車に乗った。

救急車に乗るのは初めてだったが、
そんなことなんて考えている暇もなかった。
車内でもひたすら苦しそうにする英二に、
俺は励ましの声をかけることしか出来なかった…。








「心臓機能障害ですね」

俺は医者の言葉に固まった。
心臓、機能障害…!?

「倒れる瞬間までは元気に走り回ってたんですよ!?」
「突発性というのも最近では例が挙がってるんだよ」
「そんな…!」

思わず叫び声になってしまう。
信じられなかった…信じたくなかった、そんなこと。

「英二は…またテニスができるようになりますか!?
 ずっと、頑張ってきたんです…全国を目標に…」

握り拳をぎゅっと握った。
それが、少し震えているのが自分でもわかった。

医者は、間を置くと溜め息をついた。
悲しそうな顔で、少し俯き加減で言った。

「テニスは愚か…正直な話、命さえも危うい状況だ」
「そ…んな……」

命さえも、危うい…?
それってつまり、英二が……死ぬ…!?
そんなこと…考えられない!!

「突発性の割りに結構重度のものでね…非常に厳しい状態だよ」
「どうにかならないんですか!?」
「できる限りのことはするよ。それが私たちの役目だ」

俺は絶望感の中に、微かな希望を抱いた。

「お願いします…!」

深く頭を下げてから、その部屋を後にした。







『ガチャッ』

「…大石」
「……英二」

病室に入ると、英二はベッドの上に座っていた。
結構ゆったりとした、一人部屋だった。

「どうだって?オレの体」

英二は無邪気な顔で訊いて来た。
さっきは…発作のようなものだったのだろうか。
今はなんともないようで、いつもの笑顔だった。

その顔を見ると、どうしても俺は本当のことを言えなかった。
自分も微笑み返して、言った。
…それが本当の笑顔になっていたかは、わからないけれど。

「…大したことないって。すぐに治るさ」
「ウソツキ」
「……」

ぎこちのない顔だったのか、と俺は一瞬焦った。
言葉が終わるか否かというところで、英二はすぐに切り返してきたんだ。
そう思っていると、英二は言った。

「いいんだよ、大石。オレ、もうさっき聞いたんだ…」
「英二…」

俺は何も言えなかった。
自然と、表情もまた固くなってしまう。

「オレ、死ぬのかな…」

そういったときの英二の顔が、
笑顔には違いないのだけれど、とても淋しそうで。

「……英二…!」

俺は気付くと英二を強く抱き締めていた。

これ以上力を入れたら、砕け散ってしまうのではないかと思った。
それほどに、その時の英二は、淋しそうで、消えてしまいそうだったんだ…。

「オオイシ…」
「エイジ…!」

英二の声は涙声だった。
抱き締めていて顔は見えなかったけど、
きっと…涙を流しているのだろう、というのがわかった。
それを聞いて俺もまた、涙が溢れてきた。

「英二…大丈夫だから。また一緒に…全国目指そう!」
「大石…」

英二も俺の背中に腕を回してきた。
お互いを抱き締めたまま、俺たちは暫らく泣いていた。







一緒に全国目指そう。

そうは誓ったものの、英二の病態は悪くなる一方で。
俺はほとんど毎日お見舞いに行ったけど、その度に衰弱していく英二を見るだけだった。

話を聞くと…発作のために一日三回はナースコールをしているらしい。
そんなに…酷い状況なのか…。


面会時間もだんだん限られるようになってきて、
部活帰りに行ったのでは英二の顔すら見れなかったこともあった。
一回部活を休んでお見舞いに行ったけど、
大会が近いんだからそんなことしなくていいよ、と英二は言った。


でもな、英二…。
お前がいないと、俺は部活に出ても何も出来ないんだ…。

いや、出来ないといっても本当に何も出来ないわけじゃない。
ダブルスのパートナーには桃が入ることになったし。
副部長としての仕事もいろいろとあるし。

でも…英二がいないと、ダメなんだ。
いつでも隣にいるのが当たり前だったから。
離れてしまうと、落ち着かない。
練習にも、自然と身が入らなくなってしまう。

…何度手塚に走らされたかわからない。
それでも、走っている間も、頭から離れない。

『お前らしくもない。次の大会に菊丸は出られないだろうが、
 今は桃城と力を合わせる事に気持ちを集中しろ。』
手塚はそういったよ。

“次の大会には”出られないだろうが、か…。
その次はまた英二と一緒に試合が出来るんだったら…俺もこんな気持ちじゃないさ。

…実は、他の部員には英二の病態は伝えられていない。
俺は竜崎先生には伝えたが、騒ぎを招くから他の部員に教えるのは
とりあえず大会が終わってから、と言った。
もし他の部員に訊かれたら、軽い肺炎だとでも言っておけ、と言われた。


英二……お前は今どうしてる?
俺と同じように、青い空を見ているか?

上を見上げて歩けば、涙は零れないから…。
…そんな歌があった気がするな。





いよいよ大会前日。
突然のメンバーの入れ替えなどでごった返していた青学テニス部だったが、
前日には最終調整に入ることが出来た。
疲れが溜まらないように、ということで早く切り上げられた。

…今から行けば面会時間には十分間に合う。
俺はそう思いながら帰りの準備をしていた。

「大石先輩、今日もエージ先輩のところ行くんスか?」
「そうだけど…どうかしたか?」
「伝えておいてください。お大事にって」
「…ああ、わかったよ。伝えておく」

帰り際に、桃が言ってきた。
俺は笑顔で返した。
そのまま、何も知らずに皆帰っていった。
…少し人を騙しているような、罪悪感が身を包んだ。

部活の荷物も持ったまま、俺は英二の病院へ直行した。


――今日も空が青かった。






部屋について、ノックをした。
でも、返事が来なかった。

「英二…?」

ドアをそっと開ける。
でも、布団はもぬけのからで誰もいなかった。
部屋中をぐるりと見て回ったけど、やはりいなかった。

どこに、いったんだ…?

俺は病院中を走り回った。
とりあえず、心当たりのある場所全て。

トイレ。
玄関。
待合室。
電話。

でも、どこにもいなかった。
看護婦さんにも聞いたけど、見なかったという…。


英二の部屋がある階は、最上階。
いつもはエレベーターで来ていて、ここが一番上だった。

でも、何故かその階にいるのに、上に登る階段があった。

「……屋上…?」


金属製の重いドアをそっと開ける。
鍵は掛かっていない。
キィ、と少し軋む音がした。

ドアを開けると、一気に世界が開けた気がした。
薄暗い病院内とは対照的で、
開放的な、広い空が眼に入った。
太陽の光が眩しかった。

少し薄目になって、見た先には……。

「英二…!」
「大石…」

英二はこっちをチラッと見ると、また空に顔を向けた。
屋上のフェンスに掴まって、どこか遠くを見ているようだった。

「ねぇ…ここから飛び降りたらさ、どうなるかな…」
「英二!!」

俺は急いで英二に駆け寄ろうとした。
…こんな状況だ。自殺でも図られたら……!
と思った矢先、英二は喋りだしたので俺は脚を止めた。

「誤解しないで。別に飛び降り自殺しようなんて思ってるわけじゃないから」
「……」

英二はこっちを向き直った。
視線は足元に向けていたけど。

少し間を置くと、英二は笑顔になり、
顔を上げて両手を広げて喋りだした。


「なんかさ、両手を広げたら大きな翼がはえて、
 この大空だって飛べそうな気がするんだ…!」

「英…二……」


白いパジャマが、風になびいていた。

…その瞬間、俺が見たものは幻だったのか。
いや、幻に違いない。
でも確かに見えたんだ。

英二の背中に、大きな、大きな翼がはえていたのを……。


「…なんてね」

また英二は俯き加減になって、言った。
その顔は微かに笑っていたけど、
でもやはり悲しそうで。

俺は荷物もその場に捨てて英二に走り寄ると、
肩を掴むと同時に唇を合わせた。

ほんの一瞬の短いものだった。
本当はもう少しそうしていたかった。
でも、英二の体のことを考えるとそうもいかなかった。

唇を離した瞬間、英二の顔を見ると雫が溜まっていた。
真珠のように輝いていた。
本当に、綺麗だった。

俺は英二を抱き締めた。

「英二…!きっと、翼だってはえるよ!空も飛べるよ!
 …絶対に……!」
「大石…」

英二は俺の背中に腕を回してぎゅっと力を入れると、
消えそうに細くて小さな声で言ってきた。

「ごめんね、大石…一緒に、全国……」
「ごめんなんて言うな!まだ…次があるだろ…」

この前は自分であんなこと考えておきながら。
でも、やっぱり信じてみたいんだよ、俺としても。

「うん…そうだね」

英二はそういって俺の体からそっと離れた。

「そうなると…いいね……!」
「英二…!!」

英二の言葉は、最後のほうは涙で歪んでいた。
涙はポロポロと流れ始めていた。

微かな希望でもあればいい。
それに縋り付くことが出来るから。
でもその微かな希望さえも、届かなくなってしまったら……。


俺は英二をまた抱き締めた。

壊れてしまいそうな、細い体。

淋しそうな、啜り泣く声。

消えてしまいそうな、温もり…。



そのまま俺たちは抱き合ったまま泣いた。
どれほどそうしていたかわからない。

漸く落ち着いたころ、空は、夕陽でオレンジ色に染まっていた。
面会時間はもう過ぎていたことがわかり、
急いで病室に戻ることになった。

最後に、もう一度だけ、キスを落とした。



それが、本当に最後だったんだ……。









その夜、英二は今まで中で一番酷い発作が起きたという。

夜中には毎晩ナースコールがあったが、
何故かその夜だけは無かったらしい。

いつもならとっくにナースコールが来ている時間…。
調子が良いのだったらいいけれど…と思いつつも、
何か嫌な予感がして看護婦さんが部屋を覗きに行ったところ、
目に入ったのは、床に倒れて苦しんでいる英二。

ナースコールのボタンを押す余裕も無く、
苦しくてもがいた挙げ句ベッドから落ち、
そのまま床に倒れていたのでは、とのことだった。
もう少し早く気付いていれば、とその看護婦さんは泣いていた…。

英二は急いで集中治療室に運ばれたものの、結局成す術は無く、
明け方には息を引き取ったらしい……。






そのことは、朝出掛ける直前にうちに電話が掛かってきて知った。
なんでも、英二はあらかじめ、オレに何かあった時は、と
看護婦さんに俺の電話番号を教えておいてくれたらしい。

本当はすぐにでも病院に駆け付けたかった。
電話の段階では、朝英二が息を引き取った、ということしか教えてもらえなかった。
詳しい話を聞きたかった。
でも、聞いたのはそのまま出掛けて家に帰って、病院に行き直してからだ。
…そう、大会が終わった後だ…。


俺と桃が組んだダブルス1は、負けた。
6−2だった。
…自分が不調だったから負けた、みたいな言い方になってしまうけど、
俺は実力の半分も出せていなかった。
それは自分でわかった。
桃はよくやっていた。
はっきり言って、点のほとんどは桃一人が取ったといってよかった。
本当に申し訳ない…。

急増コンビの割にはよくやっていた、と皆は言ってくれたが、
手塚だけは表情が違った。
シングルス3で海堂が戦っている最中、
俺は手塚に連れ出された。
手塚が、試合中に抜けるなど、俺の記憶の限りでは始めてのことだった。

最近のお前はおかしい。菊丸に何かあったんじゃないか、と…。
何も無い、と俺は言った。
手塚は人に言いふらすようなタイプじゃないし、精神的に強いから
教えても平気か、とも思った。
でも、自分でもはっきりとわかっていないのに、
人になんていいたくなかった…。

そうか、と手塚は言ったけど、
勘付かれていたのかな…。

結局青学はダブルス一勝一敗、
シングルス二勝一敗で決勝進出した。






  ***






「………」


俺は、看護婦さんや担当のお医者さんの話を聞いた後、屋上に来た。
昨日英二がそうしていたように、
フェンスに掴まり空を見てみた。

今日も、昨日と変わらず空は青い。
何も、変わっていやしない…。

人一人の命が失われようと、
世界は変わらず回り続ける。
そういうものだ……。


ただ、昨日ここで見たものは、
感じたものは、嘘ではない。
幻でもない。
確かに英二はここにいたんだ。
そう思うと、涙を堪えきれなかった…。






(大石…!)

「―――」


一瞬、声が聞こえた気がした。

空を見上げると、白い服を着て翼のはえた英二が、
微笑みかけているように思えた。
まるで、昨日ここであった事のように…。



「……」


英二は、天使になったんだ。

両手を広げて、大きな翼で。
いつまでもこの大空を飛び回っている気がする。









 でも






 それよりも







 俺の心の中には






  『…大石!』













 昨日目の前で笑っていた英二の残像が

 頭の中に焼き付いて離れない―――。






















ほいさぁ!
翼になってという文字を10秒程見つめていたら、
突然浮かんだネタ。
このネタを思いつく前からあたしは“翼になって”という文字を見ると
涙していた…。何故だろう。
なんか英二さん!切ないよ!!
まだ歌詞は全然知らないけど…サビの部分をちょっとだけ
(ほんとちょっと。1フレーズ)聞いたので、なんか…それでしゅびびっ!と。
それでイメージがちょっと掴めて、
んで翼になって、を見てたら…ああ閃いた、見たいな。(謎)

青い空にこだわってみた。(こういうのにこだわりいれるのスキ。月とか)
何度も青い空を見てるのは、涙が零れないように〜なんです。実は。
そして、英二さんがいなくなる前の最後の別れの時、夕暮れなんです。
でも、また次の日は青に戻ってると。
なのに、英二はいない…と。せっつにゃ〜い!(じたばた)

英二さん殺しちゃった。ゴメンね〜><;;
あなたに恨みはありませんことよ。 (何)
しかしホントに突発性心臓機能障害など存在するのか不明。(爆死)

一部分だけ漫画化。
全部書く気力と画力は無かった。(涙)

これってダークなんでしょうか?
終わり方…死につつもハッピーか?と思わせて
やっぱダークかも〜みたいな。(微妙)

一日で書いた…。
頑張った、オレ。
一夜越しだけどな!(ぉ


2002/08/25